新米貴族、絡まれる

 声をかけられてダンスをやめる。シャーロットは苦い顔を浮かべたが、すぐに取り繕った笑顔を見せた。


「これはピャウ様、私共に何か御用でも?」


「いえいえ。取っ組み合いの喧嘩をしているように見えましたので、お止めしようかと」


 ピャウと呼ばれた女子生徒は、三日月のように歪んだ目元、薄ら笑いの口元をしていて、俺たちを嘲っていることがわかる。下手くそなダンスを取っ組み合いの喧嘩と揶揄したのだろう。さすが貴族、悪口にセンスを感じる。


「それはそれはお気遣いどうもありがとうございます。ですが、そのようなことは一切ないので、ご安心を」


「あらそうですの? では、一体何を?」


 わかって聞いてるだろ、このタコ。と言いたげに、シャーロットはこめかみに怒りマークを浮かべた。


「だ、ダンスを教えてましたの」


「ええ!? あれがダンス!? オホホ、ご冗談を」


「冗談ではありませんわ」


 シャーロットは笑顔を浮かべたままだが、苛立っていることは見て取れる。逆にピャウ令嬢は、上機嫌になっていくところをみるに、どうやら仲はよろしくないみたい。それか仲が良すぎるかだが、まあ前者だろう。


「あらあらまあまあ、それは大変な失礼を。何せ取っ組み合いにしか見えなかったものですから」


「そうですか、それではまた」


 とシャーロットが帰らせようとしたが、ピャウは帰る素振りなく俺の方を向いた。


「ええ。あ、そちらの方、ご挨拶が遅れました。私、ピャウ・ソラウと申します」


「ああどうもご丁寧に。メカブ・ケイブと申します」


「その名前……あらあらあらあら、成り上がり者の方ではありませんか? うふふ、シャーロットさんはこの方とダンスを? くふふ」


「そうよ。それが何?」


「いえいえ。実にお似合いだと思いまして」


「え、それ本当。ねえ、お似合いだって。結婚してよ」


「いや普通に無理だけど」


 そんなやり取りは予想外だったのか、ピャウは面食らっていた。だが、すぐに、こほん、と咳払いをして、高慢な笑みを浮かべる。


「まあ仲のよろしいことで! もしかしてお二方は夜会のパートナーなのかしら?」


「違いますけれど」


「あはっ、やっぱり成り上がりものといえど、演劇専攻のビリとは踊りたくはないものねえ」


 ギリッと歯を噛みしめる音がシャーロットから聞こえた。今までは余裕があったシャーロットだが、笑顔が崩れている。


「あら? その様子では知らなかったのかしら? 知ってます? 最初の授業での、この子の評価?」


 別に興味がないので聞きはしなかったが、構わずピャウは語った。


「君は華がない。女優として致命的な欠点だ。それがシャーロットさんの評価ですの。夜会でパートナーになれば、隅に追いやられること間違いなしですわ」


 何も言い返さず、黙っているシャーロット。事情は全く知らないが、どうやらそれは本当のことらしい。悔しげに俯いてるところを見るに、よほど堪えていることがわかる。


 まあシャーロットの事情は全く知らないけど、ここまで言われておいて黙っていられない。女の子が悲しむ姿を黙って見過ごすわけにはいかない。


 ……なんて意思は俺にはない。


 でも黙っているわけにはいかないんだよなあ。


 俺は中庭の奥の物陰に目を向ける。


 そこにいるのは、エリザート。こっちの事情なんて露知らず、『ダンスにどうして私を誘わないの? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?なんで? なんで? なんで?なんで? なんで? なんで?』という目を向けてくるエリザート。


 やばい……。俺はエリザートを夜会のパートナーに選ぶつもりはないのに、仲間になりたそうな目でこちらを見ている……。


 きっとこの後、俺が誘わなかったら、誘われるよな……。誘われてしまえば、弱小貴族である俺が断れない。「ああ? てめえ? 私に色目使っておいてパートナーになりたくないってどういうつもり? 三公パワーで潰すぞ?」ってなったら終わる。


 うん、先にパートナー作っておこう。


 ふぅ、と息をついて、俺は声を張った。


「何か勘違いしてませんか?」


「勘違い?」


「ええ。俺はこのシャーロットとパートナーになりたいがため、今ダンスを教えていただいているのです」


「はあ? 貴方、本気ですの?」


「勿論」


 ピャウは面白くないようで、眉根を寄せる。


「そうですわよね、貴方みたいな成り上がりものからしたら、シャーロットさんのような方でも貴族ですものね? 平民とパートナーになることを思えば、まだマシですものね?」


「別に地位なんかで見てません。彼女は素晴らしい魅力に溢れています。きっと夜会で彼女は、皆の憧憬の眼差しを一身に受けるでしょう。ですから俺は、そんな彼女にあやかるべく、パートナーになりたいのです」


「ぐっ……はん! 身分の低い方は目も痩せてるのね! 夜会で誰にも見られずに恥をかいて、後悔するがいいですわ! 大口を叩いたこと、私覚えておりますので!」


 ずかずか、と怒り心頭といった感じで帰っていくピャウ令嬢。顰蹙を買って面倒なことになったな、ということより、俺はエリザートが、『メカブくんかっこいいよぉ……流石私の未来の旦那様』とホクホクした感じで帰っていったことに胸を撫で下ろした。大貴族との面倒ごとより、小貴族とのわちゃわちゃの方がマシなのだ。


「あ、あの、メカブ?」


「何?」


「いいの? あんなに大口を叩いて……っていうより、ありがとうが正しいわよね」


「気にしなくていいよ」


「ううん。私を庇ってくれて嬉しかった」


 頬を染め、心底嬉しそうに笑うシャーロットは、たんぽぽのように可憐だった。別に庇ったわけじゃないが、どうやら恩を感じてくれているみたいなので、本当のことは黙っておく。


「こうなったら頑張ってダンスの練習するぞ」


「ええ、そうね!」


「やってやらなきゃ、シャーロットは馬鹿にされるぞ、あの、ピャウに!」


 と、シャーロットを焚き付ける。華がないシャーロットをパートナーにすることになったわけだが、当初の目的、夜会での地位改善は諦めていない。ほぼほぼ不可能であっても、足掻けるだけ足掻くべきだ。


「ええ! やってやろうじゃない! ピャウの鼻を明かしてやるわ!」


 こうして俺の夜会のパートナーは決まったのだった。

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