新米貴族と子爵令嬢シャーローット
「あんた、ダンス本当に下手ね!」
「うるさいな、やったことないから仕方ないだろ。大体から、このダンスであってんのかよ。誰も見向きもしてないぞ」
「あってるわよ! あんたが下手で子供のお遊びにしか見られてないだけだわ!」
放課後の中庭、各校舎が分かれるちょうど中央、とそこそこに人通りが多い場所だけれど、誰も俺たちのことを見もしない。
はあ。っぱこいつを信じるんじゃなかった……。
こうなったわけ、それはセリーヌ嬢に振られた休み時間まで遡る。
***
「てんめえこら! 何晒してくれとんじゃコラ!」
「私が晒したのは裸体だわ!」
「上手いこと言うな」
「でしょ」
ちょっと怒りが収まった。
が、あくまでちょっとなので、眼の前の金髪美少女、子爵令嬢シャーロットを続いて責める。シェアハウスしている同居人、ファーストコンタクトが裸であったシャーロットを責める。
「お前は今、大変なことをしたんだ」
「大変なこと? 何よ?」
「俺とセリーヌ嬢が結婚する未来を奪ったんだ」
「はあ? 何? あんたセリーヌさんと良い感じだったわけ?」
「良い感じになる予定だったわけだ」
「予定? じゃあ仲が良かったわけじゃないの?」
「ああ。ついさっき会ったばかりだ」
「……言ってる意味がよくわかんない。さっき会ったばかりの人と結婚する未来を私が奪ったってこと?」
「そういうこと」
「なら安心しなさい。元々、結婚できなかったから」
そんなことより、とシャーロットは詰め寄ってくる。
「私の裸を見ておいて謝罪も何もないってどういうことなのよ! まだ誰にも見せたことなかったのに!」
「そりゃ俺は悪くないからだ。朝、顔を洗いに行ったら、風呂から出たお前がいただけ。どこが悪いって言うんだよ?」
「……たしかに」
こいつ、ツンツンしてる割に押しに弱いぞ。俺は加害者ではないが、彼女は被害者だ。裸を見たことはともかく、面倒くさくて謝罪も弁解もせず逃げた俺には少々の否があり、責める権利がある。
「だろ?」
「うん……いや違うわ! 確かに貴方は悪くないかもしれないけれど、お互いの不注意によって起きた事故! 貴方も何はどうあれ裸を見たのだから、お互いに謝りましょうよ!」
「それはごめん」
「こちらこそ不注意だったわ。ごめんなさい」
「問題が解決したな」
「……ええ。釈然としないけれど」
「じゃあ今度はこっちの問題を解決してもらおう」
「何よ?」
「俺の結婚相手がいなくなった問題だよ」
「はあ? そもそも結婚相手じゃなかったでしょうが」
「いんや、あれから結ばれる可能性はあった。そのこと自体をお前は否定できるか?」
「うーん、まあ可能性は極薄いでしょうけど、あったかもしれないとは思うわ……」
「ならお前が奪ったことにはなるだろ?」
「なる、わね」
「そうだ。どう落とし前つけてくれるんだ?」
問いかけると、シャーロットはうーんと唸ったあと、あ、と思い出したかのように言った。
「じゃあ私が結婚してあげるわ」
「……はあ?」
「何よ? 不満なわけ? こんなに可愛い女の子が言ってるのに?」
見た目だけで言えばそうだろう。シャーロットはエルフのように人間離れした麗しい容姿をしている。雰囲気も……いや雰囲気は普通。これだけ顔も髪も芸術品のように美しいのに、木っ端感というか小並感というか、一般人Aみたいな普通の雰囲気だ。おそらく、制服の着こなしも、髪型も、ありふれたものであるせいだろう。それか、生来の凡人なのか。
ともあれ、顔が良かろうと悪かろうとナシには変わりない。
俺は顔なじみの文官から教えられた情報を思い出す。
シャーロット・デュノール。子爵家三女、年齢二十歳。芸術科。家柄はギリ中流だけれども、これといって特に目立つ特産はない弱小貴族。本人自体も、とりわけ特徴がない。
うん、ナシだ。
「不満も、不満。大ナシだ」
「何でよ、結婚してよ」
「家柄、能力的に足りない」
「あんた選り好み出来る立場じゃないでしょうが」
「それはお互い様じゃない? 俺みたいな成り上がりものと結婚しようなんて、どう考えても正気じゃないぞ」
「自分で言うんだ。まあでも、正気じゃないのはそうかもね。何せ、私も二十になっちゃって、結婚できるかできないかの瀬戸際にいるし」
大体貴族は十五までに婚約、十五を迎えたときに結婚する。だから二十は瀬戸際に感じるらしい。平民上がりの俺には、その感覚がわからないけど。
「はあ〜。どうしてこうなっちゃったんだろう、結婚した〜い」
「そういう話は来てないの?」
「もう今はめっきり」
「昔はあったんだ?」
「あったけど、良い相手を狙いすぎたのが良くなかった……」
自業自得、とは言いたいけれど、シャーロットは平民でなく貴族。相手選びは少しでも良い条件を引き出すことが、お家の存続につながる。雇う家臣を路頭に迷わせないためにも、妥協は出来なかったのだろう。
「ああ本当、お母様とお祖母様を信じて、待たなければ良かった」
「結婚を引き止められて、出来なかったのか。可哀想に」
「いや、ぜんぜん違うわ」
「じゃ、何?」
「お母様もお祖母様もボン・キュッ・ボンでグラマラスなの。成長を信じた私が愚かだったわ」
「何? グラマラスになったら、引く手数多だと思ったの?」
「ええ。実際、モテるでしょ」
「……実際モテるけど、愚かだねえ」
やっぱ、こいつ自業自得で良い気がする。
呆れがくると、一気に時間を無駄にしたことを自覚する。もはやこいつから得られるものなんて何もない、とまで思って、俺は帰ることに決める。
「もういいや。特に何もしなくていいや」
「そう? 本当に良いの? あんなに怒ってたのに?」
「うん。セリーヌ嬢と結婚まで行かなくとも、ダンスで目立って立場を改善しようと思ってたけど、まあそれは仕方ない。別の方法で何とかするよ」
「後味悪い言い方するわね。ダンスで良いなら教えてあげるわよ」
「え、それは頼むわ。そういや俺、踊ったことないし」
「頼むんかい」
***
という会話があって、現在ダンスの練習中。やっぱりこいつを信じるんじゃなかった、と溜息をつく。
「ほら、嘆いていても仕方ないでしょう。今はまだ下手なだけなんだから」
「あんまり下手とか言うな。俺は褒められて伸びるタイプなんだから」
そう、と呟くと、繋いでいた手を離したシャーロットは慈母のような笑みをみせる。
「よしよし、偉いね、頑張ってて。きっと上手くなるから、もう少しだけ私と頑張ろうね」
と言って、背伸びをして頭を撫でてくる。
小さいはずのシャーロットが大きく見え、温かいものに包まれたような安心感に落ち着く。母はもういないが、母がいたらこんな感じだろう、と思う。
「ああもう撫でなくてもいいよ、ちょっとやる気出た」
「ええ……もうちょっと」
「何でシャーロットが名残惜しそうなんだよ」
「仕方ないじゃない。先祖代々グラマラス育てあげた強い女性ホルモンが、私は母性に変換されてるの。発情期の性欲くらい、私は母性が強いの」
「堂々と良くわからないこと言うな」
「私も良くわからない。ま、それより続けましょう」
そういうシャーロットと練習を再開すると、しばらくして嘲笑が近づいてきた。
「あらあらあらあら、これはこれは、演劇を専攻する同士、シャーロットさんではありませんか?」
シャーロットは露骨に嫌な顔を浮かべて呟いた。
「ピャウ子爵令嬢……」
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