新米貴族と夜会のパートナー


 梳かした髪をさらりと揺らし、丸メガネををくいと上げる。本に目を向けたまま足音静かに泰然と歩く。


「おっ、と」


 俺はこけそうになったフリをして、本を手からこぼれ落とす。本は廊下を滑り、女の子の足元で止まった。


「はい、落としましたよ」


 拾ってくれた女の子はニコリと笑った。


「すいません、ありがとうございます」


「いえ。気になさらず。これ、ベルリック先生の新作ですよね? お好きなんですか?」


「はい。その、貴方も?」


「ええ! 深い情緒を美しい文章で綴られていて好きなんです!」


「わかりますか!?」


「もちろん! 貴方が氷の薔薇を薪にすると言うのなら?」


「白鳥の湖を鳩で埋め尽くしましょう」


「凄い凄い凄い! 同士ですね!」


 俺の目の前で手を叩いて喜んでいるのは、星のように眩しい紫髪の美少女、セリーヌ嬢である。


 ふふん、上手く行った。


 あのあとナツから、セリーヌ嬢についての話をさらに引き出した。彼女がクールで大人しい文学系男子を好み、ベルリックという小説家を好んでいるという話を聞いた俺は、文学系男子に扮し、ベルリック著の本を拾ってもらうという一連のプランを立てた。


 そして実行、成功。第一印象は完璧。


 一節を問いかけられて答えられたのも良かった。ちなみに小説の内容を知っていたのは、俺が従軍神父から勉強していた習慣で今も読書を続けていて、ベルリックの本も嗜んでいたからである。ただ、セリーヌ嬢は深い情緒を美しい文章で綴られているところを好んでいるが、深い情緒がわからない俺はギャグ小説として好んでいる。白鳥の湖を鳩で埋め尽くしましょう、ってなんだよ。生態破壊だし、思想も情景もやばすぎ。最悪すぎて笑う。


「ええそうですね。同士が見つかって嬉しく思います」


「はい! あ、貴方のお名前は?」


「メカブ・ケイブと申します」


「あ! 叙爵された貴族の! お勤めご苦労様でした!」


 俺を蔑まないどころか労われて、目の前が霞む。


 ええ子や……結婚して。


 もう指輪の値段まで頭の中でシミュレート出来たが、まだまだ早い。


 まずは親しくなって、パートナーに誘うところからだ。


「ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」


「あ、はい。私、セリーヌ・ミレドと申します」


「やはり、セリーヌさんでしたか」


「やはり? 一体、どういうことです?」


「劇場の星の名を冠する方は、こういう美しい方だろうな、と思っていましたので、やはりそうだった、と合点がいったのです」


「え!? そ、そんな、恥ずかしいです」


 自分でも吐き気がするきっしょい台詞ではあるが、顔を赤くするセリーヌさんを見て満足する。


 ナツから聞いた話では、くっさいかんじのほうがタイプらしい。演劇に日頃親しんでるからこそ、現実でそういう存在に憧れを抱いたのだという。っつか、あいつ知り過ぎじゃない? こっわ。


 まあナツはどうでもいい。事情はどうあれ俺に欲しい情報さえくれればいいのだ。


「そう言われましても本心ですので」


「もう、からかうのはよしてください!」


「からかってませんよ。それとも……」


 と顎に指を添える。


「からかわれていた方が……好みですか?」


 顔をぽーっと赤くするセリーヌさんに勝利を確信する。


「なんて、ね。それではセリーヌさん、また」


「お、お待ち下さい! ま、また会えますよね?」


 内心ニヤリとほくそ笑む。


 強く押した後は、あっさりと迅速に退く。戰場で混乱を与える手段の一つ。どうやら上手く刺さったようだ。


「どうでしょう。私は、普通科。芸術科の方とはお会いできないかもしれませんね」


「え、じゃあ何でこんなとこで、本読みながら歩いてたの?」


「気まぐれな風に誘われて、ね」


「凄い、ベルリックの小説の一節だわ」


 どうやら誤魔化せたみたい。俺がわざわざセリーヌ嬢目当てに来てたのは誤魔化せたみたい。


「ええ、では万一再び会うことができましたら……と、言いましても、きっと夜会で会うことができるでしょうね」


「夜会……あ。そ、その!!」


「何ですか?」


「や、夜会のパートナーはもういらっしゃるのでしょうか?」


 心のなかでグッと拳を握る。


 もう二度と会えない風を吹かして、夜会の存在を仄めかす。すると、ちょっと気になってきてるセリーヌ嬢は、誘ってくれるはず。そんなプランも実行、成功。あとは誘いに応じるだけだ。


「いませんが?」


「で、でしたら、その、私と……」


「ああ! 覗き魔!!」


 無粋な声が聞こえてみると、金髪のロリガキがこっちを指さしてきていた。


「あんた、朝私から逃げたわね!」


 無視しようとしたが、詰め寄られて出来なくなる。


「逃げてない。俺は何もしてない」


「くっ、このぅ! 私の裸体をぎとついた目で見たくせに〜!」


「の、覗き? 裸体? ぎとついた?」


 青い顔になったセリーヌ嬢に弁解する。


「ち、違います!」


「何が違うのよ! 事実じゃない!」


「……あはは〜、怖いし、めんど。もう関わることはないと思うけれど、メカブくんそれじゃあね〜」


 すっと逃げていったセリーヌさんに、待って、と手を伸ばすけれど、視界の外へ消えて行ってしまった。


 ……終わった。あの様子じゃあもう無理っぽい。


 俺は金髪のロリガキに激情の目を向ける。


「てんめえこら! 何晒してくれとんじゃコラ!」


「私が晒したのは裸体だわ!」


「上手いこと言うな」


「でしょ」


 ちょっと怒りが収まった。




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