新米貴族、エリザートと登校

 カーテンを開け、窓を開ける。


 清々しい朝、ぐっと伸びをして空を見上げる。青く高く抜けた空は見てるだけで開放感があり、心が広がるような思いをする。


「おーい、本当にぐっすり寝やがってー」


 背中に軽くパンチされて振り返ると、既に制服に着替え、歯をしゃこしゃこ磨きながら不機嫌そうな顔をしているナツがいた。


「朝早いな」


「貴族令嬢はお洒落に時間がかかるもんなの」


「そうなんだ。俺も登校準備しよ」


 俺も部屋から出て階下に降りる。


 はーあ、とあくび。


 寝ぼけまなこをこすりながら、洗面所のドアを開ける。


「あっ……」


 そう短い声を出したのは、金髪のエルフみたいな美少女。目に入ったのは、白い桃のようなお尻と、苺大福のような胸、ほっそりと柔らかい開花間際の蕾のような魅力が溢れる裸体。つやつやの肌から湯気を立てていて、流石は貴族だ、朝風呂なんて優雅なもんだよ、と顔を洗って洗面所を出る。


 キャーっ、という叫び声を聞かなかったことにして、そそくさ、と制服に着替える。そして逃げるように家から出た。


 大通りに出て、学園への道を歩く。急いで出たせいで、登校する学生のために早く開ける店すら、まだ開いていない時間。このまま学校に行ってもいいが、朝一で教室にいるのは気合が入っているやつと思われそうで何かやだ。


 まあでも行くしかないか。やることないし。そう歩き始める。


 この街は貴族区、平民区、商業区に分かれているが、その大きさにはばらつきがある。城郭都市であるこの街を円とすると、時計回りに、貴族区が40度、平民区が80度、商業区が120度、残りが学園の敷地だ。


 平民区が学園の対角に存在するため、貴族区の生徒は区の分け目となる大通りを通らず、区の中を通学路としたほうが学園に近くなる。俺のような大通りに面する位置に住んでいない限りだ。


 まあ長々と何故こんなことを思ったかというと、俺の通学路である大通りに、貴族区中央に住まうエリザートはいない筈なのである。


「おはよう、偶然だなあ」


 尻尾を振る子犬みたいな感じのエリザートに思う。


 ……そんな偶然ある?


 ここに居るはずがないのは略。こんな時間にいるはずがないのを追加。


「もしかして、待ち伏せてました?」


「そ、そんな筈ないだろう」


 顔を真っ赤にして照れるエリザート。超絶美女の照れ顔に、この世の生物で一番可愛いんじゃないか、と思ったけれど、騙されてはいけない。


 この人、ストーカーだ……。


「ねえ、そのぅ、今から学園に行くよな?」


「まあ……」


「もし良かったら、一緒に登校してくれる?」


 上目遣いで恐る恐るといった感じ。断られるのが怖くて怖くて仕方ない、だけど隣を歩きたくて勇気を振り絞った、そんな感じ。口調も少女のように幼くなっていて、胸がきゅうとする可愛さがあるけれど、騙されはいけない。


 この人、ストーカーだ……。


「ええ、もちろんですよ」


 お一人で登校してください、と言いたいのは言いたいけれど、相手は大貴族。この先はわからないが、現時点において超権力者。ここで無碍にして、恨まれては困る。


「本当か!? あはっ、嬉しいな……」


 心底嬉しそうにハニかんだエリザート。ここにも悶えそうな可愛さがあるけれど、騙されてはいけない。


「ナツさんって美少女と同部屋だから、私なんか見向きもされなくなると思ってた」


 この人、ストーカーだ……。


 どうしよう、通学路を待ち伏せされていたのも、きっと大貴族パワーで俺のことを色々調べたから出来たのだろう、怖い。


 けど、まあ流石に大丈夫か。


 俺が平民上がりの貴族である以上、素性を調べずに大貴族が一緒にいるなんてことのほうが不自然。通学路での待ち伏せも、ワンちゃん会えないかな〜、と前を通りがかる程度の感じで、絶対に会ってやる、という気概は感じないし、危害を加えられるわけではない。


 好感度についても、好印象を与えたのは昨日一日だけのこと。これから何もしなければ、盛り上がった気持ちも自然と冷めるだろう。


 ならいい。失礼がないくらいに普通に接そう。


「エリザート様、では参りましょうか」


「ええ」


 2人揃って大通りを歩く。


 エリザートは赤い顔を隠すように少し俯きながら、俺の半歩後ろをついてくる。そんな彼女からは、林檎のような初々しく甘い空気が醸し出されていて、なんだかこっちまでドキドキしてきた。ごめん、朝の金髪美少女。君の裸体より、ストーカーの年増のほうがドキドキする。なんて馬鹿な謝罪を心のなかでする。


「君は、普通科、なんだよな?」


「はい、そうですね」


「今から剣術科に転入してこないか? 君の実力ならきっと一位を取れるぞ」


「あははー、そーですね。でも、えっと、何だっけ……そう。貴族というあらゆる決断を下す立場なんだから、聞いたらわかる程度に知識は蓄えておきなさ……蓄えておこうと思って」


「君は格好いいな。得意分野に縋るのでなく、及ばない分野に挑戦していく。きっとそれが君の強さの秘訣なんだろう」


「いや全然そんなんじゃないです」


「謙遜しなくて良い。私の夫……ではなく、君は本当に格好いいな」


「あはは……。エリザート様は、剣術科ですよね?」


「ああ。君がいないから、きっと一位を取るよ。うふふ、いつぶりだろうか、好きな剣で一位を取るのが嬉しく感じるなんて」


「それはまあ、普通にそれは良かったです」


 経緯、理由、事情を考えなければ、好きなことで喜べるようになったのはシンプルに俺も嬉しい。


「ああ。早く実力試験が来て欲しいくらいだ。でもその前に、イベントが一つ二つ……あ」


「どうかしました?」


「試験の前に、あるイベントがあるのを思い出してな」


「何です、それ?」


「来週、入学者の懇親のために夜会が開かれるんだよ。美味しいものを食べたり、誘ったパートナーとダンスをする、そんな催しさ」


 ……何?


「えっとそれって、誰を誘ってもいいのですか?」


「ああ! もちろんだとも!」


「なるほど、いいこと聞きました! ありがとうございます! 学校についたので、また!」


「うん。仕方ないなあ、私が一緒に……え?」


 俺はせかせかと教室に向けて足を運ぶ。


 婚活チャンスきたあ! ここでパートナーと踊り距離を詰め、結婚まで持ってく!


 まずは来週に向けてのパートナー探しだ! ナツを待ち、良さげな令嬢を吐かせてやる! 

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