新米貴族、お助けキャラを得る

 ナツを追い出してから、時間が経ち……リビングのテーブル上には、オニオンスープとカレイを包んだパイが並んでいた。


「こ、これ、食べていいやつ?」


 ナツが尋ねてきたので、そんなに変か? と作った料理に目を向ける。


 こんがりとつやっつや、水飴でコーティングされているかのように綺麗な焼き色のついたパイ。スープも香り高く、食欲をそそられないわけではないと思う。だとすると、懸念しているのは、毒だったり、材料費だったり、か。


「材料は店でもらった使いかけの材料と譲ってもらったクズ肉、加えて調味料。卵は新しいものを使ったけど、材料費はそれほどかかってないよ。毒を懸念しているなら、俺が毒味……」


「だ、だめだって!!」


 ナツは口を挟むと、フォークとナイフを手に持った。


「ね、ねえ、早く食べていい?」


 雰囲気から懸念していたのではないとわかる。金ないって言ってたし、まともな料理が食べられることに驚いていたんだと思う。


「いいよ」


 と言う前にナツは、パイをナイフで切り、フォークで口に運んだ。


「ふわわわわ〜」


 目をとろんとさせて、実に幸せそうな顔になった。どうやら口にあったみたい。


「ふわふわ食感の魚とじゃがいも、バター薫るパイのサクサク感。少しの酸味の美味しいソースが混ざって、それでほんの少し香草の爽やかさもあって……ねえねえ、こ、これ、なに?」


「カレイとジャガイモのパイ包み。ソースは、安ワインと香草と調味料で作った。その感じ臭みとかもなさそうで良かった」


「美味しい。パイ生地の作り方、焼き加減からして、相当の腕だね。名のある料理人にも劣らないんじゃない?」


「まあズルしてるからな。パイ生地を冷やすのに氷魔法を使ったんだよ」


「氷魔法って、氷を飛ばして攻撃する魔法のことだよね?」


「そうそ。ま、水魔法の延長みたいなもんで、魔力による形状変化を使えば、霧状にして冷気だけを伝えられる。それを、バターを溶かさないようにだったり、生地をへたらせないようにだったり、水分調節だったりに使ったんだよ」


そう言うと、ナツの目の奥が一瞬鋭く光った。だが、気の所為だったようで、ほへえ、と間抜けな声をナツは出した。


「じゃあこのスープは? 口の中にふわーって幸せが広がるみたいで美味しい。なに、このスープ?」


「くず野菜と牛の尾のスープだよ」


「牛の尾!?」


「肉屋で余っている牛の尾を仕入れて、丁寧に下処理し臭みをとったんだよ。牛の尾を煮込んで旨味たっぷりのスープに、野菜の旨味を加えれれば、相乗効果で口の中いっぱいに旨味が広がるスープになんだよ」


「ほへえ〜、料理人にでもなったら?」


「なれたらとっくになってるよ」


 と、スープを啜る。うん、旨い。我ながら、戦場で炊事を買って出ていただけあるな、と満足する。


「あ、そっか。メカブって、貴族の当主なんだ。忘れてた。そりゃまあ地位を捨てて料理人なんて出来ないよねえ」


「そうだ。お前より、何倍も偉いんだ敬え」


「あっはは! 偉かったら、私と同室になんてなってないよ〜」


「ぐうの音もでない」


 この家を決めたのは文官かもしれないが、部屋割りを決めたのはこの家を管理する国。つまりはそういう評価なのだ。


「やー、美味しかったよ〜。また作ってくれる?」


 食べ終わるとナツは満足そうに聞いてきた。


「無理。めんどい」


「そんなこと言わないでぇ〜。洗い物するから〜」


「洗い物くらい自分でするからいい」


「えー、あ、じゃあ女の子とか紹介してあげよっか?」


 ぴくん、と耳が動く。するとナツは口をωにしてニマニマした。


「あれれ〜、興味あるんだぁ〜メカブ? 男の子だね〜?」


「ある。めっちゃある。有能な令嬢を紹介してくれ」


「うわぁ〜、さいてー。あ、でもそっかぁ。メカブ、平民だったから貴族に伝手とか何もないもんね。貴族としては死活問題か」


 ……こいつ、意外に察しがいい。


 典型的なバカだと思っていたけれど、認識を改める。戦場ではこういう察しがいいやつは危なかった。気づかないはずのところで気づいていて、それをおくびにも出さない。罠を掛けてるはずが、いつしか掛けられる側に回っていることも多々あった。そんな今までの教訓から、警戒すべきだ、と気を張る。


 ……が、別に権力的には、俺と同じ雑魚オブ雑魚。能力も俺と同じ普通科Cクラスの雑魚なので、気にする必要もないな、と気を緩める。


「ん? どうかした、メカブ?」


「いや何でも。それより、有能な令嬢を紹介してくれ」


「せっかちだね。うーん、有能って言うなら、ブラックキャット公爵家のエリザ……」


「その人はいい」


「ええ……。まあでも、戦争が終わって軍縮はきっと進むだろうし、騎士にも暇は出されるだろうから、騎士の親玉の家は面倒そうか。じゃあ他には……」


 うん、やっぱりこいつ胸に脳の栄養を吸われた雑魚ではあるが、バカではない。しかも、すっと貴族子女の名前が出たところをみるに、それなりの事情通だ。


 こいつ、案外使えるぞ。


 今日のエリザートのような失敗を繰り返さないためにも、事前情報を手に入れるのは必須。なのに貴族事情に疎く、伝手も交友関係もなく情報を得る手段がない。


 そんな問題を、こいつ1人いれば解決できる。


「待って、ナツ」


「うん?」


「取引をしよう。飯を作る代わりに、今後も俺に情報をくれ」


「え、いいけど?」


 意外にもすんなり受け入れられたので、わんちゃん条件を追加してやろう、と続ける。


「あと結婚したら、旦那さんを俺に紹介してくれ」


「図々しー。それは無理ー」


「なんでだよ、紹介くらい良いだろ」


「無理無理。私、結婚出来ないし」


「どして?」


「私は男爵家の八女。持参金が用意出来ないからね」


「あー、たしか、貴族って嫁入りするには土地とか権利とか、お金とか持ってくんだっけ?」


「そうそ。んで、姉もいーっぱいいるから私まで回ってこないの。私、17なのに、まだ婚約決まってない姉さん3人の順番待ちしてるから、もう望み薄かなって。だから1人で身を立てようと学園に通ってるわけだし」


 飄々と言うナツが、めっちゃくちゃ気にしてた誰かさんと対象的に見えた。


「ふーん、その割には気にしてないじゃん」


「まあねー。私は恋とかそういうのはわかんないからさ。話を聞いてるのは楽しいけど、いざ自分がってなると想像できないし」


「そっ。なら都合がいいわ」


「うん? どうして?」


「いや同じ部屋に暮らす上で、意識されないで済むから楽だなって」


「自意識過剰か?」


「そういう世界で生きてきたんだよ。宿舎にいりゃあ性別問わず、そういう関係になる奴はそこそこいた。戰場ではよく聞く話だ」


「あー、なるほど。私も聞いたことある」


「そうそ、だから安心したって話」


「わかったけど、なーんか癪だなあ。そっちこそ、私見てえっちなことしようとしないでね」


「するかいな。それが理由で有能な伴侶候補に振られたら、俺には冗談抜きの死が待ってるんだぞ」


「……何か可哀想だね」


 憐れみの目を向けられて悔しかったが、言い返す言葉は見あたらなかった。

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