ぽんこつサキュバス娘、最愛の恋人に会いに人間界に戻ってきたら、うっかり50年経ってた?!
よながねね
第1話 リリアナの目覚め
「ふぁ……?」
目覚めると、魔界の奥深くにいた。
あくびと共に起き上がり、寝ぼけ眼で辺りを見回す。
菫色の空には赫い月が輝き、銀の雲が薄くたなびいていた。地面と思っていたものは大きな魔界樹の根であったらしい。見上げれば、魔素を蓄えた巨木は頂が霞む程に伸び、ところどころに暢気な顔をした飛竜たちが巣を作っている。
(私、なんでこんなところに……)
頭が重たくて、眠る前の出来事をまったく思い出せない。
ぼんやりしたままウエストポーチに手を入れる。手鏡を取り出し、自分の姿を映してみた。
漆黒の巻き角と桃色の長髪、蝙蝠羽と細い尻尾。瞳はルビーのように煌めき、血色も良し。我ながらたわわな肢体も健康そのものだ。
前髪が少し跳ねている事に気がついて、櫛で軽く整える。
「よしっ」
妙にお腹が減っていることと、ビスチェワンピースが傷んでいることは気になるものの、私ことリリアナ・フルールベルはいつも通り可愛く元気である。
「ん~?」
(なるほど、わからない……)
空腹に加え、寝起き特有の低血圧のせいだろうか。思考はすぐに止まってしまう。
仕方なく、暫くボーッと景色を眺めて、眠気が晴れるのを待った。
腹の虫がキュルルと鳴いて、ふと、焼き立てのお菓子が恋しくなる。
「……あっ!」
やがてピンと閃いた。
(――そうだ! 私、エターナを摘みに来たんだわ)
五十年に一度だけ魔界の深層で咲く花、エターナ。
その白い花弁は光を帯びて輝き、「永遠の恋人」という花言葉を持つ。
魔界に伝わる古い伝説によれば、魔族が人間の恋人にエターナを贈ったことで、長命種と短命種の寿命の差を越え、一生を共に過ごせたらしい。
無論、ただのお伽話だろう。けれど、私にとっては特別な意味がある。
なぜなら、私の恋人、オーウェン・トッドは人間なのだ。
そして、私は魔族。それもサキュバスと俗称される、強力な淫魔の一族である。
オーウェンと私が恋に落ちたのは、つい十年ほど前のこと。
かつて私は吸精姫リリアナという異名で人間界に名を轟かせていた。
人を殺めた事こそないけれど、稀代のパティシエから高名なシェフまで、気に入った人間は男女問わず籠絡し、思うがままに奉仕させてきた。
オーウェンとの出会いは、当時駆け出し冒険者だった齢十六の彼が、無謀にも私の討伐依頼を引き受けたことがきっかけである。
森奥の荒城で私たちは出会い、戦った。
そしてその戦いの最中に恋に落ち、交わった。本能としか言い表しようのない激しい衝動の中で、お互いが種族を越えた運命のつがいだと悟ったのだ。
(あの時、オーウェンが持ってきたお手製スコーンの美味しさったら!)
オーウェンいわく「妙に料理関係者ばかり襲っているなと思って、試しに罠を仕掛けてみたんだ。見事に引っ掛かって驚いた」との事らしいが、その夜以来、私たちは唯一にして絶対的最愛の恋人同士である。
いずれ寿命の違いが二人を分かつとも、私は永遠にオーウェンだけを愛する――その誓いのため、エターナを摘みに魔界まで来たのだった。
黒翼を広げ、乱流を巻き起こし、魔素に満ちた空気を切り裂き飛翔する。
魔界樹の上から周囲を見回すと、樹海の向こう、西の方角の崖上で、エターナの花々が輝いているのが見えた。
「見つけたわ! やったぁ――!」
つい嬉しくなって大声が溢れた。近くを飛んでいた飛竜がギョッとする。
私はくるりと旋回して羽ばたきに勢いをつけると、銀の雲を突き抜けて群生へと急いだ。
大好きな、大好きなオーウェン。
艶やかな黒の長髪、鳶色の鋭い眼差し、少年時代からぐんと成長して逞しくなった体つき。長い指、低い声。
剣技に長けて、お料理上手。恋を教えてくれた人。
閨では意地悪だけど、それも含めて全部まるっと大好き。
花束を持ち帰る私を、きっと笑顔で迎えてくれるだろう――――。
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