第34話 セファリタ
「ゴーレム、か……」
ゴーレムについて語るなり活き活きし始めたラヴィポッドの話を聞き終え、ギルドマスターのゼルドが深いため息を吐く。
その顔には疲労の色がありありと表れていた。
一方で感想を聞きたいラヴィポッドは「すごいでしょう」と言わんばかりの得意気な表情で二人をチラチラと見ている。
ゼルドもゴーレムという自動人形の存在は知っている。
土元素の最上位に位置する魔術。
魔術自体は耳にしたことのある者も多い。
古代から受け継がれ、魔術書にはっきりと記載があるためだ。
しかし誰一人としてゴーレムを錬成できたものはおらず、やがてその魔術を探求する者は嘲笑されるようになった。
そんなロマンとも与太話ともとれる魔術を、目の前のちんちくりんな少女が成功させたとは。
百歩譲ってそれだけならまだいい。
問題なのはゴーレムの性能だ。
家屋を容易く吹き飛ばす巨体。
極めつけは起動しているだけで周囲が氷漬けになる災害レベルの力。
そしてこれを従えているのが少女であるという点。
ゴーレムの力を欲する勢力にとって、術者が子どもというのは好都合だろう。
どう考えても争いの火種でしかない。
「この嬢ちゃんは歩く可燃性固体か何かか? とんでもないものを拾ってきてくれたな、セファリタ」
「も、申し訳ありません……」
気まずそうに頭を下げるセファリタ。
ゼルドもセファリタも、ラヴィポッドが巨大生物発生について何か知っているとは思っていた。
だがまさか熟達した土魔術師本人だなんて、ましてや巨大生物を作った本人だなんて思ってもみない。
ホイッスルにしても、計画実行のタイミングを知らせる合図か何かだと疑っていたに過ぎない。
その笛一つで三体のゴーレムを同時起動させていたとは……
「他にゴーレムのことを把握している者は?」
これが最も重要なことだ。
ゴーレムとそれを従える少女。
それらの存在をどこまで秘匿すべきか。
「モグピ族のみんなとゴブリンとドリサのみんなです!」
ゼルドの眉がピクリと動く。
「精霊様に、魔族にも知られているか……ドリサのみんなとは具体的に誰を指している?」
「騎士団のみんなとスモーブローファミリーのみんなです!」
「ダルムは口止めしなかったのか?」
ラヴィポッドはおや?
とゼルドを見る。
「ダルムさんとお友達なんですか?」
「その響きはむず痒いからやめてくれ。同じ戦場で戦った、というだけだ。で? 何か言われなかったか?」
照れ隠しなのか少し荒っぽい喋り方になったゼルド。
調子に乗っていたラヴィポッドが行儀よくソファに座り直した。
「あ、あんまり街中でゴーレム出さないようにとブリザードゴーレムは力が必要な時以外出さないようにって言われました」
「そうか……」
ゼルドが目を閉じて考え込む。
「騎士団全員に見せてるなら、隠し通すのは諦めたか。広めることもしないが隠しもしない。まあ、そうするしかなかったんだろうが……」
ジトッとした眼差しがラヴィポッドに向けられる。
セファリタもゼルドの考えを察したようで呆れ交じりに口を開く。
「口止めしたところで隠し通せるような子には見えませんもんね。現にコーハンに来た初日に問題を起こしてますし……」
ラヴィポッドにどれだけ言って聞かせたところで襤褸を出すのは目に見えている。
混乱を避けるなら監禁ないし始末するべきだが……
「……ダルムとは上手くやっていたのか?」
ゼルドとしては、ダルムがラヴィポッドを野放しにしている理由が気になる。
彼がこんな混乱の種をドリサから出すとは思えなかった。
「こ、これ貰いました……」
ラヴィポッドがテーブルに足を乗せる。
「いい度胸だ。俺はダルムほど嬢ちゃんに甘くないぞ」
突然の無礼な態度。
ゼルドの眉間に皺が寄る。
「ひぃ!? こ、これですこれ!」
ラヴィポッドが必死に指で示すのは、足首に巻かれたドリサ家との繋がりを示すドッグタグ。
「ああ? ……嬢ちゃんドリサで何をした? あともうわかったから足は降ろせ」
言われた通りテーブルから足を降ろす。
「き、騎士さんを助けたからくれたんだと思います」
「それだけでこれを渡すとは思えないが……まあいい」
『騎士さん』がユーエスのことだと知らなければ、この反応は間違っていない。
ゼルドはラヴィポッドがドッグタグを渡された理由について思案を巡らせる。
「いや、待て。モグピ族と言っていたな? 嬢ちゃんの知っているモグピ族とダルムが会ったりはしたか?」
ドリサ領は土精霊のモグピ族に大恩があったことを思い出す。
モグピ族がラヴィポッドの処遇について口を出せば、ダルムが手を出さなかったことにも納得がいく。
「へ? わ、わかんないです……」
少なくともラヴィポッドは見ていない。
何でこんなことを聞いてくるのか。
むむっと顎に手を当てて考えていると、モグピ族に貰ったものを見せた時のことを思い出した。
「そ、そういえばこれ見せました」
ラヴィポッドが袖を捲り、左腕を掲げて決めポーズをとった。
モグピ族との盟友の証たる腕輪がキラーンと煌めく。
「っ、これだ……!」
ゼルドは土元素の紋章が刻まれた腕輪を前にして頭を抱えた。
ダルムがラヴィポッドを始末する等、厳しい判断を下さなかった理由がわかった。
精霊を敬い共に生きる人族として、これほど扱いに困るものはない。
「か、顔が怖いおじさんはこれ見たら頭痛くなるんですか?」
ぽかんとするラヴィポッド。
ゼルドには怒る気力もなかった。
◇
『話はこっちでしとく。窃盗についても何かわかり次第連絡を入れよう。嬢ちゃんはもう好きにしててくれ』
諦観に満ちたゼルドの言葉を最後に、執務室を出たラヴィポッドとセファリタ。
そのまま傭兵ギルドを出たところで、セファリタはぽつんと立つラヴィポッドを見下ろして口を開く。
「うちに来るか?」
ラヴィポッドはセファリタを見上げ、顔を逸らした。
しかし少し視線を彷徨わせてから俯いて呟く。
「……い、行きたいです」
今は宿を取る金もない。
コーハンに知人もいないラヴィポッドが野宿を回避するにはお言葉に甘えるしかなかった。
「……夕飯でも買っていこうか」
「いいですね!」
ラヴィポッドの不安そうな様子を見て取ったセファリタ。
少しでも気が紛れたら良いかと提案してみたが効果は覿面。
トボトボとした足取りが一転、陽気なステップに変わった。
セファリタが軽い気持ちで提案したことを後悔するのは、大量の買い物袋を持たされてからだった。
◇
すっかり日も暮れた頃。
玄関に入り、セファリタが大量の買い物袋を置いた。
続くラヴィポッドは両手で一つの買い物袋を抱えており、セファリタが閉める扉に追いかけられながら玄関に駆け込んだ。
一旦買い物袋を置き、しゃがんで脱いだ靴を揃えていると、
「へ?」
紫の光が見えて顔を上げる。
光の出所はどうやらセファリタの鎧のようだった。
何事かと驚くのも束の間、鎧が紫色の光となって散った。
鎧自体が魔術による産物だったのだろうか。
確かに言えるのは、普通の鎧ではなかったということ。
鎧に包まれていたセファリタの姿が露になる。
正面から見るとふんわりとウェーブがかったボブヘアに見えるが、後ろでは長髪を低い位置で一つに括っている。
夜の帳が下りたような深い黒髪には暗い紫が混ざっていた。
ややつり目がちな双眸は意志の強さを感じさせる。
通った高い鼻筋に、薄めの唇。
それらがバランス良く纏まっており、街を歩けば男性のみならず女性も振り返るであろう典麗な顔立ちをしていた。
服を首の後ろで引っ掛けるようなホルターネックのトップスは髪色に近い暗い紫。
鎖骨や肩を大きく露出したデザインだが、背中の露出は控えめ。
豊かな胸の下にはクジラの尾びれをモチーフにしたファスナーが揺れていた。
右腕は肘から手先まで黒と紫の鎧を纏ったまま。
左腕は、肩に切り込みが入った左半分だけのアウターに袖を通している。
デニム地の黒いショートパンツは丈が短く、健康的で張りのある太ももが覗いていた。
クールな中に色気が混在した美人。
そんな印象を受ける女性だった。
セファリタがショートブーツを脱ぎ、屈んで揃える。
するとセファリタを見ていたラヴィポッドの目の前に大きなお尻が。
ぶつかれば小柄なラヴィポッドなど弾き返されるだろう。
「ひぃ!」
そう考えるとなんだかお尻が怖くなってきた。
震えていると、上から垂れる太い尻尾に搦め捕られそうになってヒョイッと避ける。
セファリタは尻に怯えるラヴィポッドなぞ露知らず、買い物袋を持ってリビングへ。
ラヴィポッドも両手で一つだけ買い物袋を抱えて続いた。
揺れる尻尾をビクビクと目で追いながら。
セファリタがこれから食べる分の食事をテーブルに並べ、残りを冷蔵庫に仕舞っていく。
対してラヴィポッドは仕舞われた食事をジャンプして冷蔵庫から取り出し、いそいそとテーブルへ運ぶ。
「……おい、そんなに食えないだろ。痛むから冷蔵庫に戻せ」
身長差の所為で気づくのが遅れたセファリタ。
いらん食い意地を張るなと注意する。
しかしラヴィポッドは食事を守るように体を広げて立ち塞がった。
首を横に振って抵抗の意思を示す。
気弱なラヴィポッドにしては珍しく頑なな態度。
折れたセファリタがため息を吐く。
「なら早く夕食を済ませるぞ。残ったものはすぐ片付けるからな」
ラヴィポッドはコクコクと頷き、行儀よく座る。
セファリタも体面に座り、
「「いただきます」」
手を合わせて食事を取り始めた。
それから十数分後。
テーブルに所狭しと並べられた数日分はあった食事が、綺麗さっぱり平らげられていた。
ラヴィポッドは丸々と膨らんだお腹を撫でて満面の笑みを浮かべている。
一方。
「こ、これがあと何日続くんだ……」
現実から目を逸らすようテーブルに肘をつき顔を両手で押さえるセファリタ。
肩が僅かに震えている。
「自分の食費は自分で賄わせなければ……」
傭兵としては優秀であり、収入もそれなりにはある。
それでも到底許容できない出費だった。
手を退かし、表情を引き締める。
「誰が犯人だろうと必ず、金を取り戻す……!」
可及的速やかにラヴィポッドの金を取り戻す。
盗人がどこの誰だろうと関係ない。
相手が返還に応じぬのなら、力尽くで。
そう強く決意するのだった。
◇
風呂を済ませ、パジャマに着替えた二人。
セファリタが布団に入ろうとしていると、
「て、手は脱がないんですか?」
右腕に鎧を纏ったまま寝るのか、とラヴィポッドが問う。
セファリタは今気づいたように「ああ……」と右腕を押さえ、
「見苦しい傷跡が残っていてな。見たいか?」
と悪戯っぽく笑った。
「い、いえ……」
自分の体から血が出ているのを見ただけで気絶するラヴィポッド。
痛そうなものを進んで見たいとは思わない。
セファリタの悪い表情からも、これ以上立ち入ると不味いことになる予感がした。
大人しくバックパックから自分の毛布を取り出し、両手で抱えてベッドに持っていく。
ユーエスの時はベッドを独占したが、今回は自然と二人ともベッドで眠ることになった。
人見知りなラヴィポッドはセファリタに背を向けて。
尻尾があるので仰向けでは寝苦しいセファリタは、ラヴィポッドに体を向けて横向きで。
セファリタは銀色のもさもさ頭を見てふっと笑みを零し、その跳ねた毛先を人差し指でくるくると弄ぶ。
「おやすみ」
「お、おやすみなさい」
変わった一日だったな、とラヴィポッドとの出会いを思い返しながら眠りについた。
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