第18話 ダルムの頼み

 ラヴィポッドとユーエスは復興作業を手伝っていた。

 黒スーツのマフィア──スモーブローファミリーの姿もある。


 ゴーレムを出せば作業効率が格段に上がるが、街中なので自重している。


 そんな中、ラヴィポッドが意外な活躍を見せていた。


 大工の指示に従い、土魔術で建物を補強していく。

 土魔術で坂を作り、瓦礫を滑らせて一か所に集めるのもラヴィポッドの役目だ。


「だーはっは! 嬢ちゃんウチで働かねえか」


「あ、ありがとうございます。でも王都に用事があるので……」


「じゃあ仕方ねえな。気が変わったらいつでも来いよ!」


 上機嫌な職人に絡まれながら作業を進める。


 予定していた作業が想定よりも遥かに早く進んだ。


 余った時間でウサクル鍛冶工房に立ち寄り、銅を受け取る。


「また来てくださいねー!」


 うさぎの店員に見送られてその場を後にした。




 領主の屋敷に戻るとハニが魔術師の指導を、アロシカはダルムの指導を受けていた。


 面倒くさそうに木剣を振っていたアロシカだったが、帰ってきたラヴィポッドを見ると姿勢を正し、真剣に素振りを始める。


 アロシカの変化に目聡く気付いたダルム。

 顎を擦りながら「ははーん」とニヤける。


「一丁前にカッコつけてんのか青臭坊主」


「そんなんじゃねえよ!」


 否定しているが、訓練に臨む温度感の違いは一目瞭然。

 どう考えてもラヴィポッドを意識していた。


「そうか。ならこれからもその調子で励め」


 アロシカは「ふん」と鼻を鳴らして素振りを続けた。


 ダルムは満足そうにその様子を見て、ラヴィポッドに声をかける。


「以前言っていた頼みの件で話がある」


 ラヴィポッドとユーエスは顔を見合わせ、ダルムの後に続いた。




「頼みたいことというのは……最近発見された汚染地帯の調査だ」


 執務室に着くなり椅子に腰かけたダルムが早速話を切り出した。


「温泉地帯?」


「汚染地帯。簡単に言えば、多くの動植物に悪影響を及ぼす空気が満ちた場所だ。それが拡大し続けている」


 聞きなれない単語に首を傾げるラヴィポッドだったが、その詳細を聞いて顔色が悪くなっていく。


「そ、それって、危ない場所なんじゃ……」


「汚染された空気──瘴気と呼んでいるが、少量なら吸い込んでも問題ない」


「た、たくさん吸い込んだら?」


「死ぬ」


「ひぃぃ!?」


 部屋を出ていこうとしたラヴィポッドがユーエスに捕まる。


「あくまで推測だがな。今のところあの汚染地帯の瘴気で人族が死んだ例はない」


 そう補足されても全く安心できない。


(絶対に断らないと……)


 震えるラヴィポッドは何とかして頼みを断れないかと思案を巡らす。


「な、なんでわたしに頼むんですか……?」


 ラヴィポッドの知らぬところではあるが、ダルムはラヴィポッドに配慮している。

 種族、地域のパワーバランスを崩しかねないゴーレム錬成を成し遂げたものであり、大恩ある土の精霊王の盟友でもあるから。


 にもかかわらず危険な地域に向かえと頼むのだから、それなりの理由がある筈。


「ゴーレムだ」


「ゴーレム?」


 返ってきたのは簡潔な言葉。


「生物ではなく、動く物質であるゴーレムなら瘴気の影響を受けない可能性が高い。そこで、瘴気の中心に向かい原因を調べてほしい」


「ご、ゴーレムが大丈夫でもわたしはついていけません」


「俺も初めはそう思って瘴気の影響を受けた植物の採取だけ頼むつもりだったんだが、フレイムゴーレムの実物を見て考えが変わった。瘴気は熱や冷気に弱いことが分かっていてな、恐らくあの熱なら周囲の瘴気を無効化できる。フレイムゴーレムの主であるお前さんは熱の影響を殆ど受けないから、近くにフレイムゴーレムを飛ばしとけば瘴気の中でも探索できると踏んだ」


「な、なるほど……」


 まずい。

 納得してしまった。

 これはラヴィポッドにしか出来ないことだ。


 ラヴィポッドが冷や汗を浮かべ、視線を彷徨わせながら何か言い返せないかと考える。

 すると引っ掛かることがあった。


「わたしフレイムゴーレムの影響を受けないんですか?」


 ラヴィポッドは出来ることならフレイムゴーレムにも頬ずりしてやりたいと思っている。

 溢れんばかりに湧き上がる愛情をぶつけてやりたいと常日頃から思っている。

 けれどそれは叶っていない。

 熱いから。

 そんなことをすれば大火傷を負ってしまうからだ。


「お前さん、フレイムゴーレムの近くにいても平気そうに見えたが……違うのか?」


 今度はダルムが怪訝そうに視線を向ける。


 ユーエスとの戦闘で放った土の弾丸を連射する魔術。

 あの時、ラヴィポッドはフレイムゴーレムの腕の中にいた。

 離れたところにいたダルムでさえ、肌が焼けるようにヒリつく業火の中に。

 フレイムゴーレムが主に対して影響を弱めるように火力を調節しているか、魔術的な繋がりのある主に対してはそもそも影響が少なくなるのか。

 ダルムはそう考えていたのだが。


(そういえば当たり屋の人たちめちゃんこ熱そうにしてたけど、大袈裟に熱そうな振りしてるんだと思ってた……)


 当たり屋とは、少しぶつかっただけでも大袈裟に喚き散らかして因縁を吹っかけてくるものだと聞いていたから。


 しかし、もしかするとフレイムゴーレムは本当に熱かったのかも知れない。


(わたしも熱いけど、他の人はもっと熱いのかな……)


 ダルムの話と照らし合わせると、その可能性が高い。

 ラヴィポッドの体感的には普通の火か、それより少し温度が低い程度。

 けれど実際は近づこうものなら肺が焼ける程の灼熱地獄を生み出している。


 そこまで考えてラヴィポッドがハッと思いつく。


「あ、あの時は必死だったので我慢してたんです! 後少しで焼け焦げるところだったんですから!」


 ラヴィポッドも他と同じようにフレイムゴーレムの火を熱く感じると思わせれば、計画を変更してくれるのではないかと。


 ダルムの目がスッと細められる。


 口笛を吹きながら目を逸らすラヴィポッド。

 苦手なのか音は出ていない。


「嘘だったら……わかるな?」


 ダルムは具体的にどうするとは言わない。


 ラヴィポッドがゴクリと唾を飲んだ。

 極度の怖がりには効果的だ。

 勝手に最悪なパターンを想像するのだから。


「あ、熱いけど、直接触らなければ大丈夫な気もしてきました……」


「そうか。問題ないようで何よりだ。出発は一週間後」


 結局断り切れず、ラヴィポッドの汚染地帯行きが確定する。


「ユーエス、お前ならフレイムゴーレムの近くでも動けるな?」


「まあなんとか」


 水の魔術に長けたユーエスなら熱への対策も可能なのだろう。


「なら二人に任せる。念の為瘴気の外に騎士を三十名待機させておくから、上手く使え」


「了解です」


「……」


 項垂れるラヴィポッド。

 もう逃げられないとわかってはいるが嫌なものは嫌だった。


 しょんぼりとした様子を見兼ねたダルムが口を開く。


「そう恐れることはない。ゴーレムもいてそいつもいる。むしろ王城の次に安全なくらいだ」


 ユーエスを顎でしゃくる。

 ユーエスは九英傑と呼ばれるニムイディット王国有数の実力者。

 更にゴーレムが二体に、ラヴィポッド自身の魔術の腕も高い。

 ダルムは動くことが出来ないが、待機させる三十名も騎士の中から取り分け優秀な者を選んだ。


 現状ドリサが用意できる最高戦力。

 過剰と言って良い人選だった。

 それだけ汚染地帯を放置したくないということ。

 まだドリサへの実害はないが、汚染が拡大してからでは取り返しがつかない可能性がある。


「もちろんタダでとは言わん。報酬を出そう。何か希望はあるか?」


「ちょ、調査の不参加を前払いで……」


「面白い冗談だ」


 ダルムが笑うが、その目は笑っていない。


 ラヴィポッドのお願いは呆気なく却下されてしまった。


「じゃ、じゃあお母さんの場所が知りたいです……」


「ああ、母親を探して旅をしているんだったな」


 ダルムはラヴィポッドの事情には詳しい。

 初対面でゴーレムについて尋ねた折、不要なことまで散々語って聞かされたから。


「調べておこう。母親の名は?」


「マフェッドです」


「特徴はあるか?」


「ぎ、銀色の髪でおっぱいがデッカいです」


「……そうか」


 ダルムがなんとも言えない表情になる。


「魔術の腕はどうだ? お前さんくらいできるのか?」


「お母さんの方が上手です」


「何故それを言わん」


 胸の大きさなどより余程重要だ。

 ラヴィポッドより優れた魔術師なら目立たない筈がない。

「銀髪の凄腕魔術師」で探れば、何かしら情報を掴めるかもしれない。


 それから。


 ダルムとユーエスで汚染地帯調査の擦り合わせを行う。

 ラヴィポッドには何を言っているかさっぱり分からない。


 ダルムとユーエスの話が終わり、大通りで買い物をすることになった。

 ラヴィポッドの準備のためだ。


 自前のバックパックは大きすぎるので、程よい大きさのものを。

 用心のため護身用の短剣と、剣帯のついたベルト。

 怪我をした時のための応急セット。

 ラヴィポッドがいつの間にか店員に渡していた野菜ジュース。


 その他諸々。

 必要なものと夜食を買い、調査に備えた。




 夜になり、風呂上がりで髪が濡れたままのラヴィポッドは新しく買ったバックパックに荷物を詰めていた。


 コンコンと、ドアがノックされて顔を上げる。


「……」


 ジッとドアを見つめて思うことは一つ。


 ……出たくない。


 訪問者はラヴィポッドではなくユーエスに用事があってきたのだろう。

 しかし今ユーエスは風呂に入っている。

 話したこともない相手を迎えるなど、人見知りとしては是非とも遠慮したいところ。


 息を殺して様子を窺っていると、ノックのリズムが速くなった。

 鼓動が急かされて緊張が高まっていく。


 そうこうしていると訪問者は痺れを切らしたのか声を上げた。


「ユーエスー?」


 聞き覚えのある声に、ラヴィポッドの耳がピクリと反応する。

 足音を立てぬようゆっくり近づき、ドアを少しだけ開けて僅かな隙間から覗き込む。

 ラヴィポッドが予想した通りの人物、ルムアナと目が合った。

 何やら取っ手のついた白い箱を持っている。


「あらお風呂上り?」


「は、はい」


 ルムアナは濡れそぼった髪を見て、何故ユーエスが出て来ないのか察する。


「じゃあユーエスもお風呂に入っているのかしら。明日調査に行くって聞いたから少し話したかったんだけれど」


「そ、そうなんですよ。どんまいでーす。それでは……」


 話はついたとばかりにラヴィポッドがドアを閉めようとする。


 ルムアナは閉まる寸前にドアを掴んで何とか阻止した。


「な、ん、で、閉めるの、よ……!」


 ギリギリと力を込めてドアを抉じ開ける。


「ひっ!?」


 ラヴィポッドは怖かったので何となく抵抗するが、腕力で叶う筈もなく。

 ドアは開かれ、ドアノブにぶら下がった状態で部屋の外に引き摺り出された。


「失礼するわね」


 引き攣った笑顔のルムアナに、コクコクと頷く。


 そうして部屋に入ったルムアナはリビングを見て立ち止まった。

 より正確には、テーブルにびっしりと並べられた惣菜やお菓子を見て立ち止まった。


「あなたたち、夕べ食堂にいたわよね……」


「今日のグラタン美味かったですね」


「ええ、とても」


 メニューもしっかり合っている。

 好きにしたら良いとも思うけれど健康面が心配だ。


「程々にしなさいね」


「もしかして……食べたいんですか?」


「結構よ」


 そう言いながらもルムアナはお菓子を摘み、ラヴィポッドは荷造りを再開した。

 要らないものまで詰め込んでバックパックがパンパンになっていく。


「数日の遠征にこんなの要らないでしょ」


「ああ……!」


 ルムアナがガラクタを取り上げる。


 家から持ってきたおもちゃだ。

 名残惜しそうな手が虚空を彷徨う。


「えーっと……あんまりいじめないでね」


 不意に聞こえたユーエスの声に、ルムアナは慌てて手を引っ込める。

 いじめっ子だと思われるだなんて心外も良いところ。

 何としても訂正しておきたい。


「ちがっ、この子が何でも詰め込むか、ら……」


 しかし否定の言葉を最後まで紡げなかった。

 憧れの人の、上半身裸の姿が目に入ったから。


「ッ!?」


(な、なんでこの子もいるのに服着てから出てこないのよ……!)


 騎士たちと一緒に訓練しているため夏場など、男性陣の上半身を目にする機会はあった。

 けれど風呂上りで相手の部屋ともなると話は変わる。


 火照った体。

 ほんのり上気した頬。

 部屋着。

 筋肉質な鼠径部のライン。


(ふ、ふしだらだわ……)


 ルムアナの顔がのぼせたように赤らんでいく。


「?」


 ユーエスは然して気にする様子もなく、座ってお菓子を食べる。


「挨拶に来てくれたの?」


「え、ええ」


 明日からの調査について聞いたのだろうと悟り、ユーエスの胸の内に温かいものが点る。


「調査には参加できないけれど、無事を祈っているわ」


 ルムアナはそう言ってテーブルの上の料理を端に寄せてスペースを作り、白い箱を置いた。


「最近流行っているスウィーツだそうよ」


 箱の中から取り出したのはアーモンド風味のダックワーズ生地にホイップクリームを乗せ、その周囲にマロンペーストとクリームを混ぜたものを細長く絞って盛り付けたもの。

 モンブランだ。

 頂上には栗がちょこんと乗っている。


 初めて見るお菓子に興味津々のラヴィポッド。

 モンブランをまじまじと見つめながら口を開く。


「の、脳みそみたいですね」


「凡そ最低の例えね」


「食べてもいいですか?」


「どうぞ」


 スンスンと匂いを確かめ、フォークで切る。

 切っているのか分からないくらい柔らかな感触が味への期待を高める。

 口に運ぶと、滑らかな舌触りに乗って栗とクリーム、ラム酒、バターが混ざった濃厚な味わいが広がった。


 ラヴィポッドは口の中に広がる幸せを体現するように浮かび上がり、うっとりとした表情で宙を漂う。


「どうなっているのよ……」


「美味しいもの食べるとこうなるんだよね……」


 ルムアナとユーエスは呆れつつ、明日の調査についての話や雑談をして過ごした。

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