第9話 二代目

 ラヴィポッドはクレイゴーレムがストーンゴーレムに進化したことを踏まえ、石板のマナ文字が示す意味を考えていた。


「線が火と石と氷に分かれてたのに、『銅』って書いてあるだけになってる……」


 マテリアルという文字から三つに枝分かれしてしていた図が変化し、今はマテリアルという文字の右下に「銅」とだけ書かれていた。


「今度は銅をたくさん吸収すれば進化するってことだよね……」


 記されたものを一定量吸収することで、吸収したものに応じたゴーレムに変化する。そういうことなのだろうと推測し、その変化をラヴィポッドは進化と呼んだ。


「クレイゴーレムからストーンゴーレムになって強くなったのに、もっともっと凄くなっちゃうじゃん!」


 ゴーレムの次なる進化を想像しワクワクが止まらない。ゴウワンと互角だったクレイゴーレム。ストーンゴーレムへ進化を遂げることで飛躍的に強くなりゴウワンを圧倒して見せた。進化する度に強くなっていくのだとすれば、最終的にはどれだけ強くなってしまうのか。


「銅たくさん集めなきゃ! クレイゴーレムが火と氷吸収したら別のゴーレムに進化しそうだし、そっちも試さないとだ! ギンガの灰たくさんあってよかった~。楽しくなってきましたな!」


 新たな目標を見つけ小躍りする。


「二体目のクレイゴーレム作っちゃお~。鞄下ろしてー」


 小躍りを継続したままストーンゴーレムに預けていた鞄を漁る。ストーンゴーレムは指で鞄を持ったまま戦闘していたため、中身がぐちゃぐちゃに荒れていた。しかしご機嫌なラヴィポッドはそんなこと気にもしていないらしく、ギンガの灰が入った瓶を取り出した。


「んしょ、っと」


 ストーンゴーレムの手のひらで作業することにし、サラサラのギンガの灰を半分ほど出す。魔術で少量の水を生成し、下手くそな鼻唄交じりにぐにゃぐにゃ捏ねていく。


「お次はマナ結晶、を……持ってきてないや」


 人型に成型したところで次のステップへ。そう思ったがマナ結晶を持っていないことに気づく。


「その辺に落ちてないかな」


 ラヴィポッドが辺りを見回す。そんな都合の良いことが、


「……あるじゃん」


 あった。クレイゴーレムが暴れたことによってゴブリンの死体がちらほら。ゴブリンたちもマナ結晶を持っているため、幾らでも調達できる。


「いいマナ結晶使った方が強いゴーレムになりそうだよね。一番強そうなのは……」


 倒れているゴブリンの中から装備の質が高いゴブリン、体格の良いゴブリンを探し、最も強そうなゴブリンを選抜する。


「このゴブリンにしよ」


 クレイゴーレムがボーリングのように吹き飛ばした内の一体。


「どうやって脱がすんだろこれ」


 悪戦苦闘しながら鎧を脱がし、ナイフを持ち出す。しかし、


「やだなぁ……」


 母に鹿や兎の解体を嫌々やらされた時のことを思い出す。泣きながら内臓を取った時の感触は今でも忘れられない。なんとか慣れて一人でも解体できるようになったが、先ほどまで言葉を話していた人型の生き物の腹を裂くというのは気が引ける。


「ラヴィポッドちゃん、村の人たち見つけたよ……な、なにしてるの?」


 そこへハニが帰ってきた。捕らえられていた人たちを解放した後、状況説明などもしていたため別れてからそれなりの時間が経過している。


 ハニはなんとか皆を落ち着かせることができ肩の力を抜いていたが、ゴブリンの死体の側でしゃがむラヴィポッドを見てギョッと顔を引き攣らせる。追剥にしか見えない。事実だが。


「ちょうどいいとこに! このゴブリンからマナ結晶ほじくってくれませんか!」


 ラヴィポッドは救世主に出会ったかのように頬を綻ばせ、やりたくないことを擦り付ける。


「えっと……嫌だけど、一応なんで?」


「ゴーレム錬成に必要なんです!」


 急な頼みに消極的なハニ。それはもう嫌そうに顔を顰めていたが、土属性を使える魔術師として、ゴーレム錬成と聞いては興味を抱かずにはいられない。


(あー、ゴーレム錬成ってマナ結晶使うんだっけ)


 ハニも一度ゴーレム錬成を試みたことがあり、その時に用意したことを思い出す。


「そうなんだ……自分でやらない理由は?」


「……は、ハニさんのお願い聞いたんですから、やってくれても」


 都合の悪い質問には答えず、もにょもにょと呟くラヴィポッド。


「はぁ。まあいいけどさ」


 ハニとしてはそう言われると弱い。「ラヴィポッドの母であるマフェッドの行き先を教えること」を交換条件に村人を救出してもらった。対価が釣り合っていない自覚と、強引に首根っこ掴んで連れてきた罪悪感がある。


「ほら、貸して」


「さすが美人さんですね! お願いします!」


 鬱陶しいおべっかに眉をピクつかせながらハニがナイフを受け取り、作業に取り掛かる。


「ゴブリンのマナ結晶ってどこにあるの?」


「人族と同じで心臓の近くではないでしょうか?」


 どちらもゴブリンの内臓がどのような構造なのか把握していない。


 ラヴィポッドはゴブリンから目を逸らしてそれっぽいことを言ってみる。


 ハニがチラリと横目でその様子を窺い、不満そうにゴブリンの胸部を裂いた。心臓に近い位置を探り、それらしきものを取り出す。


 ゴブリンの服で血を拭い、取り出したものがマナ結晶だったことを確認してラヴィポッドに渡す。


「ありがとうございます!」


 ラヴィポッドはマナ結晶を受け取ると、いそいそとギンガの灰製の土人形に埋め込んだ。


「これであとは血とマナだけ……」


 ゴーレム錬成に必要なものは四つ。土人形、マナ結晶、術者の血液、術者のマナ。


 一年前、自身の血液を採取するために葛藤したことを思い出す。


「どうしたの?」


 固まって動かなくなったラヴィポッドを心配して、ハニが顔を覗き込む。酷く青褪めた顔を見て、何を躊躇っているのか察した。


「ふーん、なるほどねー」


 すると悪い笑みを浮かべラヴィポッドの手を掴む。


「な、なにを……」


「血採るの手伝ってあげる」


 この世の終わりのような表情をしたラヴィポッドに無慈悲なお手伝い宣言がなされる。


 ゴブリンの臓器を摘出させられた恨み。ハニのささやかな仕返しが始まった。ラヴィポッドのぎゅっと握りこんだ指を解き、親指を伸ばさせる。


「あ、あああ……」


 親指の腹にナイフが近づき、ラヴィポッドの顔面が蒼白になる。


 そして皮膚を破る寸前、ハニが止まった。


「そういえばこのナイフ、ゴブリンの血付いてるよね。刺したらだめじゃん」


 別の血が混ざるのは不吉なことだと言われている。病気でも発症してしまえば一大事だ。


 ではどうしようかと考えて、ラヴィポッドが静かになっていることに気づく。なんだか押えている体も重くなった。ふと顔を見ると、


「……気絶してる」


 白目を剥いて気絶していた。少し血を採るだけのことがどれほど怖かったのだろうか。一方ではやけに強力な個体の混ざったゴブリンの集団を退ける程の術者だというのに。


「こんなに実力と精神がアンバランスなことあるんだ」


 頬をテシテシ叩いてみても、引っ張ってみても意識を取り戻さない。


「今のうちに済ませといてやるか」


 情けなく気絶する顔を見てハニが微笑む。気を失っている間に怖いことは終わらせた方がラヴィポッドにとっても有難いだろう。


 髪を耳にかけ、ラヴィポッドの親指の腹を噛む。なるべく薄く、大きな傷にならない様に歯を食い込ませた。小さな傷口からじわりと血が滲んだのを確認して顔を離す。指の先で口を拭って、土人形を拾った。


「この土なんなんだろ……なんか高そう」


 ハニには土の細かな見分けなどつかない。けれど漠然と、ギンガの灰と普通の土との違いを感じ取っていた。神聖な気配とでもいえばよいのだろうか。値が張る一品のような気がして、素手で触っているのが申し訳ない。


 傷口を挟んで力を加える。そうして搾った血液を土人形に垂らした。


「んー……」


 これくらい垂らせば十分かな、と思ったところでラヴィポッドが目を覚ます。


「あ、起きた。もう終わったよ」


 ラヴィポッドが重い瞼を持ち上げ、半開きでぼーっとハニを見つめる。寝起きで思考が鈍り、なんの話をしているのか理解するのに時間がかかった。


 そして自分の指を見る。ポタポタと垂れる血液を見て震えだし、再び気絶した。


「おいー、寝ないで」


 強めに揺する。解放した村人たちを待たせているのだ。今頃、身ぐるみ剥がされていた村人たちはゴブリンの家から衣服などを見繕っている筈なので、そこまで急ぐ必要はない。かといって寝ている場合でもない。


「ゴーレム錬成見せてくれるんでしょ?」


 むにゃむにゃと寝ぼけていたラヴィポッドだったが、ゴーレムと聞いてクワッと目を開く。


「そうでした! あとはマナを込めるだけです!」


 ハニは張り切って土人形にマナを込めるラヴィポッドの変わり身の早さに驚いていた。


「なんか怖いよ……」


 その呟きが届くことはなかった。


 ラヴィポッドは必要分のマナを込めると土人形から距離をとる。


 その様子に怪訝な目を向けるハニのすぐ後ろで土人形から煙が上がり、巨大化し始めた。


「やばいやばいやっばい!」


 ハニが大慌てでラヴィポッドの近くまで逃げる。


「教えてくれてもよくない!?」


 逃げるのが遅れれば潰れていたかもしれない。ハニの非難も空しく、ラヴィポッドは二代目クレイゴーレムの誕生に夢中で話を聞いていない。


 ラヴィポッドがクレイゴーレムの側に歩み寄ると、クレイゴーレムの腹から伸びた紐のようなものを引っ張りブチッと引き抜いた。


 紐は両端を絡ませて纏まっていき、光に包まれる。光が収まるとラヴィポッドの手には石板が乗っていた。マナでクレイゴーレムと書いてある。


「おはよう!」


 巨大化を終えたクレイゴーレムにラヴィポッドが声をかけると、目をチカチカ点滅させて返事をした。


「本当にあのやり方でゴーレムって錬成できるんだ」


 ハニは一部始終を見て意外そうに目を丸くする。自分で試した際はなんの反応も得られず、それは多くの人族も同様。「失われた魔術」と呼ばれるまでになったのだから、そもそも魔術書に記載された内容が誤っているものだとばかり思っていた。ラヴィポッドがゴーレム錬成を成功させたのは、何か特殊な錬成法を確立できたからなのだと。しかしどうやらそうではないらしい。


「ねえ、錬成に使った土ってどこにあったの?」


 となれば錬成時、ラヴィポッドとハニで違ったのは使っている土だ。ハニがゴーレムを錬成する鍵はそこにあると考えた。込めたマナの質や、特殊な血筋の血液でないと錬成できない場合はお手上げだが。


「ジョノムがくれました!」


 ゴーレムに関する話は聞こえるようだ。


「ジョノムさんって?」


「モグピ族の王様らしいです」


「はあ!?」


 ハニが声を荒げる。


(モグピ族って土の精霊様だよね。ってことはジョノムさんって精霊王……)


 人族の大半は火水土風の四元素に適性をもって生まれることから、これらの元素精霊を特に神聖視している。その王様ともなれば、人族にとっては神の如き存在だ。


 驚くハニを他所に、ラヴィポッドはクレイゴーレムの肩や手に乗って指示を聞いてくれるか確かめている。


「よし、二代目もいい感じ!」


 満足のいく出来栄えのようで、口角が上がり柔らかい頬はもっちりと膨らんでいた。二代目の錬成が終われば気になるのは、


「あ、あの……約束! お母さんどこ行ったんですかー」


 母マフェッドの行き先。ラヴィポッドはゴーレムの上から細い声を張った。


「王都に行くって言ってたよー」


「王都……ってどっちですか?」


「私たちの村から東へ道なりに行って、幾つか街や村を超えたところにあるはず。実際に行ったことはないけど」


「なるほど。ありがとうございます。東に向かって」


 王都まではかなり遠いようだ。そうとわかるとラヴィポッドはすぐさまゴーレム二体を伴って行動を開始する。


「ちょ、ちょっと待って!」


 慌ててハニが呼び止めた。


「どうしたんですか?」


 ラヴィポッドはくりくりした目をぱちつかせる。


「私たちが向かうドリサも東に行ったところだからさ、一緒に行かない?」


 ドリサ。ドリサ辺境伯が収める王国西端の街だ。ハニはゴブリンの活性化と村が被害にあったことを知らせ、村人たちの庇護を求めるためドリサへ向かう腹積もりであった。受け入れてくれるかは不明だが、魔族の情報は領主にとっても有益。悪いようにはされないだろう。


「で、でもたくさん人いるんですよね? わたし一人で行くので大丈夫です。遅くなっちゃいますし……」


 大勢での移動。人見知りとしては勘弁してもらいたい。それに休みなくゴーレムに乗って移動する場合に比べて、村人たちの休憩を待ちながらだと時間がかかる。


「ま、まあゴーレムに乗って走るよりは遅いかもしれないけど、一人だと迷っちゃうかもしれないよ?」


 むむ、っとラヴィポッドが考えだした。


 ハニはその姿をじっと見つめて良い返事を祈る。


(ドリサまでラヴィポッドちゃんが護衛してくれたら安全性も確保できるし、疲れてる皆の心も楽になる……)


 二体のゴーレムがいれば、獣や賊の襲撃を受けても難なく退けられるだろう。それに強そうなゴーレムが味方にいてくれるだけで村人の安心感に繋がる。ゴブリンに攫われ心身共に疲弊している村人たちの不安を少しでも取り除きたい。


 悩んでいたラヴィポッドが口を開く。


「わ、わかりました」


「ほんと! ありがとう、よろしくお願いね」


 ラヴィポッドの決め手は「一人だと迷ってしまうかもしれない」と言われたこと。気の弱いラヴィポッドに不安を煽ったのが効果的だった。


 そしてストーンゴーレムにハニを乗せて、二人は村人のもとへ向かった。


 ◇


 ゴブリンの集落から奪った衣服を身に纏い肩を寄せ合う二、三十人の女たちと、一人居心地悪そうな男。解放された村人たちは、ドシドシと思い足音を響かせて近づく二体のゴーレムの威容に言葉を失っていた。


「ハニです! 心強い助っ人を連れてきました!」


 警戒している村人たちを安心させるよう、遠目から声をかける。


「は、ハニちゃんなの!?」


 女の一人がハニに気づくも、事態をすんなり飲み込めるはずもなく。ゴーレムへの警戒心は解けない。しかし逃げ切ることもできないと判断して、その場でハニを迎えた。


 間近まで迫った石の巨人と土の巨人。女は少し距離をとってハニを見上げる。


 ハニは軽快な身のこなしでストーンゴーレムの肩から飛び降りて状況を伝えた。


 巨人はゴーレムといって、魔術で作り出されたものであるということ。術者はクレイゴーレムの肩の上にいるラヴィポッドという少女で、味方であるということ。そして村人を解放できたのはラヴィポッドのおかげであるということ。


 解放した際に大まかな説明はされていたが、改めて詳しい事情を聞いた村人たち。ラヴィポッドへ口々にお礼の言葉を述べる。


「こ、困ってる人がいたら助けるのは当たり前ですよ。へへ」


 満更でもなさそうな様子。ラヴィポッドが若干気持ち悪い笑いをする。


 「逃げる気満々だったよね」と冷ややかな目を向けていたハニ。頃合いを見て皆の注意を引くよう手を叩く。


「……ということなのでドリサまではこのゴーレムが守ってくれます。道中の安全は気にしなくていいですよ」


 それからゴブリンの集落を漁り、食料の備蓄などをまとめてゴーレムに持たせた一行はドリサへ向かった。


 しばらく歩いていると、幾つもの小さな背中が見えてきた。先に逃げていたアロシカ率いる子どもたちだ。立ち止まっているが休憩という訳ではないのだろう。ザワザワと物々しい雰囲気を感じ取り、村人たちが顔を見合わせた。

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