Act.9 ~全て整った、さあ発射の合図を~
『足立課長、お話したい事があります。二月×日十九時、みなとみらい駅にある喫茶**にてお待ちしています』
『分かった』
数日後、順調に回復した事で桜子は予定通り、退院した。連絡先を交換した事によって退院日を知った遥は体調も緩和見て、優弥との
「…大丈夫?体調でも悪い?」
「あー、何でもない。気にしないで」
護が心配をする。遥自身、今日の約束は断ろうと思っていた。だが現に遥は護と共にいる。突然、告げられた真実の一部。この様な日に一人で過ごした所で余計な事を考えて、仕舞には抱えきれずに耐えられなくなる。誰かと一緒に居られれば気が紛れる。ただ、その相手が護だった。それだけ。遥は自分に言い聞かせ、遥は護との密会を楽しんだ。
*◇*◇*◇*
「いらっしゃいませ、お一人様ですか」
「いや、待ち合わせの予定なんだが」
「承っております、ご案内しますね」
時刻は十九時前。桜子は学生の頃、優弥と二人で通った喫茶店に居る。護は残業で遅くなると伝えられている桜子。本当は残業をしておらず、遥と会っている事を知っている。病室での会話。遥の嘘も偽りもない内容は絡まっていた糸のいくつかが解けた瞬間だった。
夕方から本降りになった雨は喫茶店の窓を軽く叩いている。その音さえも懐かしいと感じ、紅茶を飲む。暫くして優弥が店を訪れた。優弥は分かっていた。今日、この場に遥が居ない事を。何故か。それは指定された喫茶店が桜子との思い出の場所だからだ。学生時代、桜子に別れを告げて以来、訪れる事が無かった店。店員に案内されると予想通り、桜子が座っていた。
「やっぱりお前だったか、桜子」
「遥さんではないと知っていたんですね。すみません、騙すような事をして。でも、もう一度、もう一度だけ優弥先輩に会って、話したかったので…。遥さんにお願いをしました」
「…会ってどうする、お前と俺は恋人でも友人でもない。なんの関係もない。いや違うか、唯一の関係性は社長令息の妻、落合桜子だったな」
殺伐とした空間の中で会話を始める二人。お互いが距離を取ろうとしているが故に発生する空気。交際していた事を知らない人間からしてみれば険悪の仲と見られてもおかしくない。実際、九割方、当たっているからだ。約十年、言葉を交わさずにいたのは遥たちだけではない。桜子と優弥も同じだ。しかも二人に関しては遥たち以上に複雑な関係となってしまっている。
「尖った言い方をするんですね、でも元恋人であることは覆すことのできない真実」
「…今更、元カノに会った所で何か変わるわけでもないだろ」
「変わります。今、こうして会っているそれだけも前に進めるので」
「だとしても…だ。何に悩んでいるか、分からんが相談する相手が違うんじゃないのか」
「間違っていません、これは優弥先輩も知っておくべき事の一つでもあるのだから」
優弥の話し方を「尖っている」と表現する桜子。自暴自棄になる手前。桜子の悪癖の一つでもある。同時に優弥の「相談する相手が違う」という意見に一理あると思ってしまう。だがここで折れてはいけない。少なくとも遥の立ち位置だけでも伝えなければいけない。その為に用意させた場なのだから。桜子は持てる勇気を振り絞り、伝えた。遥が何故、プロジェクトチームに抜擢されたのかを。
話が終り、珈琲を飲み終えた優弥は二人分の代金を置いて静かに店を後にした。店を出た優弥が傘もささず帰る姿を見送った桜子も帰ろうとするが、足に力が入らず立てなくなっていた。それだけ緊張していたと言う事だ。それが解けるまで桜子は暫く喫茶店にいる事にした。今、思う事は『今日の行動が少しでも役に立って欲しい』だ。
*◇*◇*◇*
「遥先輩、風邪ですか?」
「愛梨、ごめんね…。うつさない様に気を付ける」
「それはいいんですが無理はしないでください」
翌週、遥は風邪をひいていた。土日を休息に使用したが微熱は残ったまま。桜子との約束以来、きちんとした睡眠が取れていなかったのが風邪という形で表に出てきた。迂闊だったと後悔する。愛梨が心配する中、今日だけでも乗り切ろうと決意を固めるも無意味に終わった。だが昼を過ぎた辺りで熱がぶり返した。帰宅能力がなくなる前に帰るべきだと言う愛梨の意見に賛同をして早退した。一人きりの寝室。両親が亡くなった日の事を思い出す。雨は降っていないがあの日も遥は風邪をひき、一人で寝ていた。『目が覚めても何も起きませんように』そう願いながら眠りについた。
次の日、目を覚ました遥。時刻は昼前。きちんと睡眠を取ったからだろう、熱も下がり明日からは出勤できると判断した。同時に保険をかけ、今日の休みを昨日のうちに連絡していた事に安堵する。ふと、スマートフォンに視線を送ると愛梨から心配の連絡が入っていた。偽る事なく今の状態を記し送信をして、休日に出来なかった片付けや掃除をする事にした。
掃除の途中、インターフォンの呼び鈴がなる。『こんな平日の昼間に誰だろう』と不思議に感じつつ、呼び鈴に応対した。それは咲だった。昨日、愛梨が店を訪れた際、遥が風邪で寝込んでいる事を聞いた咲は心配をして尋ねたと説明。咲の言葉に『心配してくれる誰かが居る』。それが酷く嬉しいと感じた。
「愛梨に話を聞いた時は肝を冷やしたけど、元気そうで良かった」
「ご心配をかけました、半日寝たらこの通り。ありがとう」
「でも遥が風邪をひくなんて珍しい、そんなに仕事が忙しかった?」
「…実は」
遥は咲を招き入れた。心配をする咲に元気になったと身振り手振りを使用して表現した。咲は出された紅茶を飲みながら風邪の原因を聞く。話すべきか悩む遥。だが抱えきれない程、膨れ上がった悩みは現に風邪という形を経て表に出ている。この悩みを話すのは咲が適任だと直感した。理由は探しても見つからない。だが遥は直感と咲を信じて悩みの種である桜子と自分が置かれている立ち位置を話し始めた。
「そんな事が…。それで遥はどうしたい。今のまま落合は桜子さんと、遥は足立さんとの関係のままがいい?」
「どうしたい、なんて。護と桜子さんは現に結婚しているわけだし、今更、私がどうこう出来る時点は疾うに過ぎているんだよ。それに私は別に護と関係を戻したいなんて…」
「嘘。遥は嘘を付いている。足立さんと桜子さんの関係を知り得た事で二人は元の関係に戻って欲しい。あわよくば遥も落合とって思ってる。じゃなきゃ悩む必要なんてない。違う?」
「…厚かましいよね、本当に」
「ねえ、遥。それが遥の望みなら叶えてあげる。私の願いは本当の意味で遥が幸せになる事。それに十年前、遥の両親が起こした事故の被害者が落合だったって言ったらどうする?落合が記憶を無くしたのはあの事故が原因だって、言ったら遥はどうする?」
「待って、なんで咲が両親の事故の事を知っているの。確かに咲と再会した時、少し話したけど咲は知り過ぎているよ。それに護が記憶を無くした原因だって、確かに事故だって、十年前のあの日、護のお母さんから聞いたけど…。でもその事故が…、両親が引き起こした事故だなんて…。ごめん咲。私、咲が怖いよ。一体何を隠しているの」
「…親友に隠し事はしたくないけど悪い、これだけはまだ言えない。でも、これだけは覚えていて。私が何者であっても遥の味方である事は変わらない。それに大丈夫。全部、終わるから」
「ううん、大丈夫。でも咲も約束して。話せる時が来たら、ちゃんと全部、話して。お願い」
話を聞いた咲は遥の気持ちを確かめる様に質問をする。それはまるで誘導尋問の様。それ程までに咲は親身になって遥の話を聞き、疑問に感じた事を一つ一つ質問をして解いていく。当の遥は誘導されている自覚などない。聞かれた事をただ、答えているだけ。
この会話で咲は何かを探している。そして答えが見つかった時、咲は行動に出た。言葉と言う方法で。高校生の時に出会い、共に過ごしたのは半年という短い間。でもその半年は咲にとって人生を左右させた。十年後に再会をしたが一年は経過していない。そして咲の話を聞いている途中で遥は一つの違和感に気付く。それは両親が起こした事故の詳細を知り過ぎていると言う事だ。遥でさえショックのあまり、未だ記憶が混濁していると言うのに。遥は咲に恐怖を感じる。冷や汗をかき、生唾を飲み込む。親友だけは疑いたくは無い。その意志を知った咲は「全て話す」と約束を交わした。
遥の部屋を出た咲は一度立ち止まり「勿論、話すよ」と呟き、続けて『誰が一番の悪党かを全部、片づけたら』と強く思い真剣な眼差しで決心をする。今が計画を実行する時だと。咲は自身のスマートフォンをズボンのポケットから取り出し、父親に電話をした。覚悟を決めた声色に父親は今まで噛ませていたストッパーを外した。拳銃に一つずつ丁寧に、鉛玉を詰める様に揃えた資料。後は誤作動しないように慎重に行動するだけ。さあ、発射の合図だ。
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