第54話 モブ兵士、待ち伏せする
あれから俺は、再び繁華街を訪れていた。目的は、グレーテルについての聞き込みである。
事件の捜査に関して、グレーテルはずっと協力的だった。捜査を妨害するようになったのは、最近のこと。今日から数えて、ちょうど十日前からだ。
その日に何か起きたのだ。おそらく、この繁華街で。
「――――というわけで、何かグレーテルについて知っていることはありませんか?」
キャバクラ〝トロピカル〟の店長に、俺はそう問いかけた。
「昨日慌てて帰ったと思ったら、急になんなの?」
開店準備中に押しかけてしまったせいか、店長は不機嫌そうにしている。非常識な行為だと自覚しているが、こっちも切羽詰まっているため、ここで退くわけにはいかない。
「すみません……。なんでもいいんです。十日前、グレーテルの様子に何かおかしいところはありませんでしたか?」
「おかしいところも何も……彼女が初めてうちの店に来たのが、その十日前だよ。前の彼女を知らないんだし、おかしいところなんて分かるはずないっしょ?」
「入店したのが十日前……?」
「ここで働かせてほしいって飛び込んできてさ。見た目がサイコーだったから、そのまま雇ったわけ。そんで初日は、深夜まで働いてくれてたよ」
「……間違いありませんか?」
「あんな逸材、滅多にお目にかかれないからね。よーく覚えてるよ」
俺は店長の情報をメモに書き写した。働き始めたのは、十日前の夕方以降。何かあったとしたら、その前ということになる。
「ご協力、ありがとうございました」
「あ、協力した代わりにさ、またあの子たち呼んでくれない?」
「あはは、お断りします」
そう言い切って、俺はキャバクラをあとにした。
それから俺は、精巧に描いてもらったグレーテルの似顔絵を元に、繁華街中の人に聞き込みを行った。たった十日でグレーテルは繁華街の有名人になっていたようで、彼女の目撃証言は山ほど集まった。しかし、肝心の十日前の情報については、ほとんど得られなかった。
「はぁ……」
休憩がてらベンチに腰掛けた俺は、深くため息をついた。捜査を始めてから、早数時間。キャバクラ以降、聞き込みに進展はなく、次に行くべき場所の見当すらついていない。やはり、さすがにひとりでの捜査には無茶があったようだ。
……とはいえ、諦めるわけにはいかない。なんとしてもグレーテルに関わる情報を手に入れて、真犯人に繋がる根拠を掴まなければ、エルダさんの危機を救うことができない。
「……休んでる場合じゃねぇな」
俺は気合いを入れ直し、ベンチから立ち上がる。タイムリミットは、明日の団長会議まで。休むのは、そのあとだってできる。
「ん? ああ、この子なら、前に大通りを歩いてるのを見たわよ?」
繁華街にある宿屋で聞き込みをしていると、宿の女将さんがそう答えた。
「いつ頃だったかなぁ……ああ、そうだ。確か十日前だね」
「十日前……! それは間違いありませんか⁉」
「う、うん……。こっそりキャバクラに通ってた旦那を、家から叩き出した日だから、間違いないよ」
念願の、十日前の情報だ。俺は思わず前のめりになりながら、女将さんに先を促す。
「時間帯は……そうさねぇ、旦那が帰ってきたときだから、夜の十二時くらいだよ」
「……え?」
女将さんの証言を聞いて、思わずメモを取っていた手が止まる。
夜の十二時。それは、グレーテルがキャバクラで働いているはずの時間帯だ。
「場所は……この辺りですか?」
「そうそう。そこいらをトボトボ歩いてたんだよ」
そう言って、女将さんは人気が増えてきた大通りを指差した。
――――どういうことだ……?
店長と女将さんの話がどちらも真実なら、グレーテルが同じ時間に二人存在することになってしまう。分身? いや、グレーテルにそんな能力がないことは、設定資料集に目を通している俺が一番よく分かっている。そうなると、考えられることはひとつ。
「……彼女を目撃したとき、何か他に気づいたことはありませんか?」
「気づいたことねぇ……。んー、特に変わったことはなかったと思うけど」
「そうですか……」
「あっ!」
「な、何か思い出しましたか⁉」
「うんうん、思い出したよ。その似顔絵よりも、本物のほうがよっぽど可愛かったね!」
「え……」
俺が困惑していると、女将さんは豪快に笑い始めた。
「説教中に旦那が見惚れちまってね。ますますあたしが怒っちまったんだよ。でもまあ……あんだけ美人だったら、見惚れるのも仕方ないかもねぇ。髪も綺麗な
「っ⁉」
決定的な矛盾を孕んだ言葉に、俺は食いついた。
「青髪、それは確かですね?」
「え? あ、ああ……確かに青髪だったけど……」
「ありがとうございました、女将さん。おかげでなんとかなりそうです」
「……?」
女将さんに深々と頭を下げた俺は、すぐにこの場をあとにした。
まさかこんな有益な情報が手に入るなんて、俺は本当に運がいい。せっかくの情報を確かなものとするために、俺は再び〝ユートピア〟へと向かった。
◇◆◇
その日の夜。俺は騎士団本部の屋根の上で、息をひそめていた。
俺が〝ユートピア〟で確認したことは、十二時の段階で、グレーテルが店を離れた瞬間があったかどうか。初勤務の際、〝ユートピア〟はトラブルに対応できるよう、必ずボーイがそばにいるらしい。そのボーイが言うには、グレーテルが店を離れた瞬間はなかったとのこと。これで、宿の女将さんの証言は確かなものとなった。
そして、俺の予想が正しければ――――。
「……当たりか」
遥か遠くから、騎士団本部に向かって何かが飛来した。それは俺のいる屋根に着地すると、
「やっぱり、現れると思ったよ」
俺が姿を晒すと、飛んできた何者かはビクッと驚いた様子を見せた。ローブのフードを深くかぶっているせいで、顔つきは分からない。しかし、俺はこいつが何者なのか、概ね予想がついていた。
ずっと気になっていたことがある。
何故、彼女にグレーテルなんて片割れの名前をつけたのか。知っての通り〝グレーテル〟という名前は、かの有名な童話に出てくる兄妹の、妹の名前である。その名をつけるからには、何か明確な理由があるはず。
そう思った考察班は、兄のほうも存在するのではないかと噂していた。
しかし、本編中に兄は登場せず、結局グレーテルは呆気なく退場してしまった。誰もがスッキリしない結末だった。ただ、そこに隠された〝裏設定〟があったとしたら……。
「……何故、僕が来ることが分かった」
フードを取ると、そこにはグレーテルと同じ顔があった。違うのは、すべてを憎むような鋭い視線と、深い青色の髪だけ。
「さあね……話し合いに応じてくれるなら、教えてやってもいいけど」
「答える気がないならいい。ここで死ね……!」
跳びかかってくる魔族に対し、俺は剣を抜いた。
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