第49話 騎士団長、説教をする

 できる限り魔力を消し、俺とエルダさんはひたすら待機する。

 そして、張り込みを始めてから、三時間ほどが経った頃――――。

 俺とエルダさんの肩が、同時にピクリと跳ねる。一瞬。ほんの一瞬だが、グレーテルの魔力を感知した。


「シルヴァ、今……」


「はい、感じました」


 俺は夜空に目を凝らす。すると、騎士団の窓からグレーテルが飛び立つ瞬間を捉えることができた。


「グレーテル……何をする気だ……!」


 エルダさんが、グレーテルを追って走り出す。


――――この方向は……歓楽街か。


 奥歯を噛み締め、俺はエルダさんと共に走る。頭の中に、最悪の事態が浮かぶ。やはり、ゲーム本編通りにシナリオは進んでいるのだろうか。だとすれば、グレーテルは――――。


「クソッ……!」


 グレーテルに気づかれないよう、俺はとにかく走った。

 歓楽街の外れに下り立ったグレーテルは、裏路地から奥へと進んでいく。


「一体どこへ行くつもりだ、グレーテル……!」


 あとを追ってみると、路地裏を歩くグレーテルの前から、酔っ払った男が歩いてきた。

 俺とエルダさんに緊張が走る。こんな絶好のチャンス……グレーテルが犯人なら、必ず男を襲うはず。俺はそっと剣の柄を握りしめ、いつでも抜けるよう準備を整えた。


「よぉ、グレーテルちゃん! 今日も出勤・・か?」


――――ん?


 どういうわけか、酔っ払いのほうがグレーテルに声をかけた。俺たちが驚いていると、グレーテルは慣れた様子で挨拶を返す。


「うん! これから出勤だよ!」


「そうかそうか! あー、残念……もう今日はしこたま飲んじまったあとでなぁ……」


「また明日来てよ! 明日も出勤するつもりだし!」


「明日も⁉ ここ最近ずっと出勤じゃないか……体は大丈夫?」


「大丈夫大丈夫! これでも体力には自信があるの!」


「そうか……じゃあ、明日も奮発しちゃおうかなー!」


「うん! 待ってるね!」


 そう言って、二人は別れた。出勤とは、果たしてなんの話だろう。話の内容によると、ここ最近ずっと騎士団を抜け出しているようだけど――――。


「……追うぞ、シルヴァ」


「はい……」


 俺たちは、引き続きグレーテルを追うことにした。

 やがてグレーテルがたどり着いたのは、煌びやかな光を放つ巨大な建物だった。

 ここには、何度か揉め事の仲裁のために来たことがある。女性と楽しく喋りながら、酒を飲むこの場所の名は――――。


「ここは……キャバクラ・・・・・ではないか」


 そう、夜の街ではお馴染みの、あのキャバクラである。

 ゲーム制作陣の趣味で、ブレイブ・オブ・アスタリスクの世界にはキャバクラが存在する。入店することは可能だが、本編に関わる要素はほとんどない。主人公であるアレンが学生のため、キャバ嬢との会話を楽しむことしかできない。いわゆる、おまけ要素のひとつだ。


「何故グレーテルがこんなところに……」


「……行ってみましょう、騎士団長」


「そ、そうだな……」


 さっきの出勤という言葉がそのままの意味だとすれば、グレーテルはここで働いているということになるが、果たして本当に――――。


「ようこそゼレンシア王国の〝ユートピア〟へ! お二人で……す……」


 店に入ると、キラキラとした赤いドレスを着たグレーテルが俺たちを出迎えた。

 いた。なんか、普通にいた。


「な、何をやってるのだ……グレーテル……」


「あ、え、その……これは……」


 髪が逆立つほど怒りに打ち震えているエルダさんを見て、グレーテルは慌て始める。

 おっと、こいつは衝撃に注意したほうがよさそうだ。


「……グレーテルッ! 貴様! そこへなおれ! 脱走したことに関しての説教だ!」


「ご、ごめんなさぁぁぁい!」


 店内に、エルダさんの怒声と、グレーテルの謝罪が響き渡った。

 店側も客側も困惑する中、俺は困惑と安堵から、深いため息をついた。


◇◆◇


「事件の捜査がしたかった?」


「うん……」


 俺の問いに、グレーテルはひとつ頷いた。

 ここはキャバクラ〝ユートピア〟の控室。騎士団長であるエルダさんが店長と話をして、話し合いの場として使わせてもらうことになった。店側にも色々迷惑をかけてしまったわけだし、あとでちゃんと謝罪しないとな……。


「最近ずっとみんなの足を引っ張ってるし……少しでも貢献しないとって。ほら、事件って歓楽街で起きるでしょ? だから、歓楽街で働いたら、色々情報が入ってくるかなって……」


「その姿勢が悪いわけじゃないけどさ……。一応、あんたにも俺たちにも、立場っていうもんがあるわけで……」


「ううっ……ごめんなさい」


 ずいぶん素直な謝罪だ。本当に反省はしているらしい。


「グレーテル。貴様はどうやって騎士団本部から抜け出した」


「えっと……最初に見張りの騎士さんと仲良くなってさ。そしたら、お酒があれば見逃すって、騎士さんが言ってくれたんだよね。だから今日みたいに出勤した日は、高いお酒を持って帰ってあげるの」


「……そいつは左遷だな」


 エルダさんの口から、恐ろしい言葉が聞こえてきた。まあ、当然の処遇だけど。


「言いつけを破って、本当にごめんなさい」


 そう言って、グレーテルは改めて頭を下げた。

 この反省は、果たして本心なのだろうか。そもそもここに通っていたのは本当に調査のためか? 何を取っても疑わしく感じてしまう。すべてはおそらく、グレーテルが黒幕という事前知識のせいだ。


「……どうしますか、騎士団長」


 故に俺は、エルダさんに問う。俺自身、やはりグレーテルを信じたいという気持ちが強いのだ。知識と感情がせめぎ合い、とてもまともな判断が下せそうにない。卑怯とは思いつつ、ここは上司の判断に頼るほかなかった。


「……とにかく、こういうことは二度としないでくれ」


 エルダさんは、諦めたようにそう言った。


「貴様なりの協力の仕方だったのかもしれんが、これは余計なお世話というやつだ。貴様に勝手な行動をされるだけで、現場が混乱するんだ。きつい言い方になるが……余計なことをするな。私とて、貴様を罰したくはない」


「……うん、分かった」


 グレーテルが頷く。元々、エルダさん以外の騎士は、グレーテルの存在を肯定していない。このことが明るみになれば、エルダさんは第二以降の騎士団長から糾弾されてしまう。エルダさんは騎士団を追われ、グレーテルは首を刎ねられるだろう。そんな最悪の結果を避けるためにも、グレーテルには大人しくしていてもらわねば困るのだ。


「……では、今日は騎士団本部へ帰ろう。このことは、ここにいる者だけの話とする。決して口外するなよ。……あとで見張りに騎士も口止めしておかなければ」


 呆れつつも、どこか安心した様子で、エルダさんはため息をついた。




「店を辞める? ダメダメ! ぜーったいダメ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る