第48話 モブ兵士、張り込みをする
翌日、俺たちは一番新しい事件現場へと出向いていた。
昼間でも薄暗い路地の中、シャルたそは手を打ち鳴らし、リルを顕現する。
「じゃあ、実験してみよう」
そう言いながら、シャルたそはリルをそっと撫でた。そして何かを念じるように、目を閉じる。彼女が試みているのは、リルの持ち味を変化させるというものだった。リルの元々の持ち味は、鋭い嗅覚と、消えたと錯覚するほどの速度で動ける機動力。これに手を加え、機動力を落とす代わりに、嗅覚を強化できないかの実験だった。
ゲームの中だったら、シャルたその精霊のステータスは、ある程度自由にカスタマイズすることができた。魔術が成長したときに、向上するステータスを自由に選べるのだ。それを考えると、理論上は可能なはずだが――――。
とにかく、これで嗅覚をさらに鋭くすることができれば、微かな匂いすらも嗅ぎ分け、今度こそ犯人を追うことができるかもしれない。俺たちにとって、これは唯一の希望だった。
「……なんか、できるかも」
シャルたそがそう言うと、リルの体が光り輝き始める。そして光が収まっていくのに合わせて、リルの体は少しずつ縮んでいった。
「「「……可愛い」」」
小型犬ほどの大きさになってしまったリルを見て、俺とシャルたそとグレーテルの三人は、同時に同じ感想を口にした。
「わふっ」
リルは、いつもより数段高い声でひとつ吠えた。間違いなく、身体能力は下がっている。あとはその分、嗅覚がより鋭敏になっていれば成功である。
「リル、匂いを追ってくれる?」
「わふっ」
シャルたそに言われた通り、リルは現場の匂いを嗅ぎ始めた。
そしてすぐに、どこかへと走り出す。
「っ! 何か嗅ぎ取ったみたい」
リルのあとを追う。すると、リルは大きな通りにあった屋台に駆け寄ってしまった。
「美味しい美味しい串焼肉だよー! 安くて美味いよー!」
「く、串焼き……?」
俺たちが首を傾げていると、突然グレーテルが「あっ!」と声を上げた。
「そういえば、あそこで串焼き買って食べちゃった……現場に来る前に」
「お、おいおい……」
俺は思わず頭を抱えた。あそこで売っている串焼きは、確か秘伝のタレに漬け込んであることで有名だった。火を通すことで広がる芳ばしい香りは、俺たちのところまで届いている。口にすれば、当然この匂いを纏うことになるわけで――――。
「……こんなに強い匂いがあったら、またリルの鼻が利かなくなっちゃう」
「ご、ごめん……気をつけます」
がくりと項垂れたグレーテルを見て、俺とシャルたそは顔を見合わせた。
それからも、グレーテルのよく分からない失敗は、幾度となく繰り返された。
現場で転んで地面をグチャグチャにしてしまったり、怪しい人影を見たと言って追いかけてみると、気のせいだったと誤魔化したり……あたかも、捜査を邪魔するかのような行動ばかり。
グレーテルを信用しているシャルたそは、簡単なお叱りをするだけで、それ以上追及するようなことはしなかった。しかし、捜査の雰囲気は、少しずつ暗くなっていった。
「――――なるほど、確かにそれは捜査妨害かもしれんな」
事態を重く見た俺は、グレーテルについてエルダさんに相談することにした。
俺から詳しい話を聞いたエルダさんは、自身のデスクに肘をつき、深くため息をつく。
「表向きは協力しているように見えたから、正直油断していた。まさか、貴様らの足を引っ張るようにして妨害してくるとはな……」
「自分で言っておいてなんですが……まだ、故意と決まったわけではないと思います。なので、グレーテルのことをもう少し詳しく調べさせてもらえませんか?」
「構わんが……どうするつもりだ?」
「まずは、俺たちの知らない誰かと接触していないか、張り込む形で調べたいです」
「知らない誰か……? 何か知っているのか、シルヴァ」
「いえ……しかし、グレーテルの変化は突然でした。それまで体を張って協力してくれていたのに、急にあからさまなミスが増えたんです」
ミスがすべて故意だとしたら、そうするようになったきっかけがあるはずだ。捜査が進まなくなって、喜ぶのは事件の犯人だ。グレーテルが犯人である可能性も当然残っているが、真犯人がいると仮定した場合、そいつとの接触がグレーテルの心情を変えてしまったかもしれない。真犯人が知り合いの魔族だったりすれば、あり得る話なのではなかろうか。
「全部ただの仮説ですけど……捜査のほうもまったく進展がないですし、何か別のアプローチを仕掛けたいんです。何も出てこないようなら、それはそれでグレーテルと話さないといけないと思うので……」
「……そうだな。では、丸一日使ってグレーテルの動向を探ろう。昼間は貴様と共に捜査に行くから……」
「何かあるとしたら、夜ですね」
「夜も一応見張りをつけているが、ちゃんと機能しているかと言われたら怪しい……ここは我々の目で、しっかり確認しようではないか」
「はい。……ん? 我々?」
「ああ! 私と貴様でグレーテルを見張るのだ!」
「き、騎士団長も一緒にやるんですか⁉」
「もちろん。部下だけに徹夜させるわけにもいかんからな」
そう言ってエルダさんは胸を張った。まさか騎士団長が直々に動くような話になるとは思っていなかった。確証があるわけでもないのに、本当にいいのだろうか。
「……グレーテルを捜査に加えたのは私の責任だ。私には、やつの動きを管理する義務がある。これまで、任せきりで済まなかったな」
「いえ……そんな……」
「早速今夜から取り掛かろう。シルヴァ、悪いがもう少し気張ってもらうぞ」
「……了解です」
上司自らが動くというのに、部下が呑気にしているわけにもいかない。
エルダさんの顔を立てるためにも、俺は俺で全力を尽くすことにしよう。
その日の夜。やはり進展のない捜査を終えて、俺たちは解散した。
グレーテルは、今日も真っ直ぐ騎士団本部へと帰った。俺はそのあとをつけると共に、騎士団本部の外から様子を窺う。
「――――シルヴァ」
「ああ、騎士団ちょ……ぶっ!」
エルダさんに声をかけられて振り返ると、衝撃的な姿が目に飛び込んできた。
いつもの鎧を脱ぎ捨て、エルダさんはブレザーを身に纏っていた。要は、学園の制服である。シャルたそが着ている勇者学園のものとは違う。これは、
とまあ、こうして騎士学園についての解説を挟んだわけだが、問題なのは、何故エルダさんが卒業したはずの学園の制服を着ているのか、だ。似合っていない……とは言わない。しかし、卒業からまあまあの年月が経ち、エルダさんの体はより
「こ、これは……その、騎士団の恰好ではグレーテルにすぐ気づかれてしまうと思って、一応私服にしようと思ったんだが、着ないうちに虫に食われてたりして……唯一無事だった服がこれだったんだ」
「ああ……なるほど」
勇者学園の制服ほどではないが、この制服もいい素材で出来ているからな……。
エルダさんの発想自体は、間違っていないと思う。俺も、念のため革鎧だけは外してきた。
ただ、これでは逆に目立ってしまっている気もする。
「……今度、一緒に服買いに行きませんか? シャルたそとかにも声かけるんで」
「ぜひ頼む……」
羞恥心で顔を赤くしているエルダさんは、普段とのギャップも相まって大変魅力的に見えた。
買いものに行くのは楽しみだが、それよりも今は考えなければならないことがある。
俺は気を引き締め、遠くから騎士団本部の様子を窺うことにした。
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