第42話 モブ兵士、混乱する
捜査を始める前に、ジークさんとの戦いで刃こぼれした剣の修繕のため、俺たちは街の武器屋を訪れていた。
「ねぇ! これなんていいんじゃない⁉ すっごい強そう!」
店に入った途端、グレーテルが壁にかけてあった巨大な斧を手に取り、無邪気に笑った。
確かに強そうだが、こんなもんを振り回せるのは、グレーテルのような魔族か、ジークさんくらいだろう。
「……残念だけど、斧は扱えないんだ」
「ふーん、そうなんだ……じゃあやっぱり剣がいいの?」
「まあな」
他の武器の扱いを覚える余裕なんてなかったから、俺が扱えるのは剣だけだ。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
俺とグレーテルがそんな話をしていると、店の奥から初老の店主が現れた。
店主に事情を伝えた俺は、愛剣をカウンターに置く。
「うーん……ひどい刃こぼれだね」
ガタガタの刃を見て、店主はそう言った。
修繕費は騎士団が全額負担してくれるらしく、費用のことは気にしなくて済む。
問題なのは、何よりも時間だ。
「これだと丸一日はかかるかなぁ……。今預かるなら、明日の午後に取りに来てもらうことになるけど」
「明日ですか……」
この剣は、決して高価なものではない。ただ、初任給で購入してからずっと使っているため、もっとも手に馴染む武器は間違いなくこいつだ。たった一日とはいえ、そんな愛剣を手放さなければならないのは、かなり不安な気持ちになる。
思わずため息が出そうになるが、そこはグッと堪えた。
こんな状態になるまで無茶させたのは、俺の責任だ。手の内を晒したくないという俺のわがままを貫くため、あんな馬鹿でかい剣に魔力も使わず立ち向かったのが原因なのだ。
折れなかっただけマシだと考えて、まずはきちんと修理してもらおう。
「分かりました。よろしくお願いします」
「あいよ。そんで、代わりの武器はいるかい? 試作品とか、安物とかでよければレンタルもできるよ」
「ぜひ貸してください」
これから廃人化事件の捜査を進める以上、武器を持たずに出歩くのは危険だ。
店主は一度店の奥に引っ込むと、数本の剣を持って現れた。
「どれも研いであるから、いつでも使えるよ。まあ、暇つぶしで作ったもんばっかだから、耐久性は保証できないけど」
「んーっと……じゃあ、これをお借りしても?」
手に取った剣は、俺の剣によく似た形状をしていた。握った感じは少し違うが、相手がカグヤみたいなバケモノじゃなければ、なんとかなるだろう。
「刃こぼれ程度なら何も言わんけど、壊したり折ったりした場合は、罰金が発生するから気を付けてね。兵士様にこんなん言うのも申し訳ないけどさ、うちも一応商売だから」
「ははは……気をつけます」
苦笑いを浮かべつつ、俺は借りた剣を腰に納める。
やはりしっくりこないが、我慢するしかないか。
「待たせてごめん」
「ううん、大丈夫。……それじゃあ、捜査を始めよう」
俺の用が済んだのを確認したシャルたそは、店を出ながらそう言った。
「早速だね! どうやって調査するの?」
「まずは被害者が襲われた場所に行く。そこで私の魔術を使って、匂いをたどる」
「へぇ……そんなことできるんだ」
グレーテルは、感心した様子で頷いた。
リルの嗅覚があれば、すぐに犯人にたどり着けるだろう。ただ、この事件の犯人がグレーテルである以上、リルはすぐさま彼女に跳びかかるはずだ。
――――そのときは……。
俺は誰にも悟られぬよう、そっと借りている剣の柄に触れた。犯人だと暴かれたとき、グレーテルがどういう行動に出るのかは分からない。逃げるのか、それとも襲い掛かってくるのか。どちらにせよ、状況が悪くなってしまう前に、俺が瞬時に首を刎ねる。いつでも剣を抜けるよう、心構えだけはしておかないと……。
「そんじゃ! 早速出発だね!」
グレーテルは楽しげに腕を振り上げ、ずんずんと進んでいく。
俺たちがそれをぽかんとしながら見ていると、彼女は途中で足を止めて、振り返った。
「……そういえば、現場がどこか聞いてないや」
俺はずっこけそうになるが、すぐに気を引き締めた。犯人はグレーテルなのだから、現場がどこか知っているはずだ。つまりこれは、彼女なりの演技。
――――の、はずなんだけどなぁ……。
出鼻をくじかれて恥ずかしそうにしているグレーテルは、どうにも演技をしているようには見えない。しかし、ゲームでもこういう態度を取っておきながら、最終的には自分が黒幕だと暴露するのだ。こんなところで油断するわけにはいかない。
「エルダ騎士団長から、現場のことは聞いてる。こっちだよ」
そう言って、シャルたそは歩き出した。
シャルたその案内でたどり着いたのは、繁華街にある路地裏だった。
明るい時間の繁華街は、夜と違って人気が少ない。中央通りですらそうなのだから、路地裏はさらに寂れた雰囲気を醸し出していた。
「ここ」
路地裏には、立ち入り禁止の柵が立てられていた。シャルたそはどこか緊張した様子で、その柵を跳び越える。吸血鬼事件のときと違い、今回はシャルたそが主導となって捜査を進めなければならない。緊張するのも無理はないだろう。
「こんなところで人が襲われたんだ……」
グレーテルは、能天気に周囲を見回している。
これもまた演技であるはず。しかし、その態度があまりにも自然過ぎて、俺は首を傾げた。
「〝主は来ませり、今こそ顕現せよ〟――――〝フェンリルヴォルフ〟」
シャルルがパンッと手を合わせると、地面に魔法陣が広がり、そこからリルが姿を現した。
相変わらず素晴らしいもふもふだ。あとで撫でさせてもらおう。
「えっ! か、可愛い……! この子なに⁉」
「フェンリルのリル。私の魔術で顕現した」
「へぇ! よく分からないけど、シャルルの友達ってことね!」
グレーテルが撫でようとすると、リルは少し後ろに下がって手を避けた。
そして不思議そうにしながら、グレーテルを見つめる。シャルたそを通じて、リルは魔族が敵であることを知っている。故に俺たちが戦わずにいることに対して、困惑しているようだ。
「あれ⁉ 避けられちゃった……」
「リルはなかなか懐かない。時間が経てば、いつか撫でさせてもらえるかも」
「そうなんだ……じゃあ、気に入ってもらえるように頑張んないとね!」
そう言って、グレーテルはふんすと鼻息を荒くした。
「リル。残り香を追ってくれる?」
シャルたそが頼むと、リルは地面の匂いを嗅ぎ始めた。
それを見て、俺はいつでも剣を抜けるよう身構える。果たして、リルの鼻は何を捉えるのだろう――――。
「……わふっ」
ひと鳴きしたリルは、勢いよく顔を上げ、グレーテルに向けて駆けだした。
「な、なんでこっちくんの⁉」
――――結果は変わらずか……。
心のどこかで残念に思いながら、俺は剣を抜くため力を込める。
しかし、リルはグレーテルを跳び越え、そのまま路地を出て行ってしまった。
「……え?」
「何か感じ取ったみたい。シルヴァ、グレーテル。リルを追うからついてきて」
「あ、ああ……分かった」
困惑しながら、俺はシャルたその背を追いかけた。そんな俺の後ろを、グレーテルが追いかけてくる。
一体どうなっているのだ。リルの鼻はかなりの精度を誇る。
匂いが少しでも残っていれば、必ずグレーテルに飛びつくはず。
――――まさか……グレーテルは犯人じゃないのか……?
考えたくもないが、ゲームでは語られない、裏のシナリオがあるとでも言うのだろうか。だとすれば、この先に俺の知らない混沌とした物語が待ち受けているのかもしれない。
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