第35話 モブ兵士、解き放つ

「〝血戦器〟――――〝じん〟」


 クロウの腹から溢れ出た血が、一本の剣へと変化する。

 魔族の中にも、人間と同じように魔術を習得する者がいる。

 それこそが、魔族の最高到達点、レベル4である。

 ブラッドバットの能力である〝眷属化〟と違い、血液から剣を生み出す力は、明らかにやつの固有魔術だった。多くの血液を摂取し、レベル4への進化を果たしたようだ。

 本編に登場しない以上、俺はこいつの魔術について詳しく知らない。

 見たところ、血液を自由に操る能力のようだが……。


「いくぞ、下等生物」


 クロウが剣を振ると、その刃が急激に伸びた。

 体を反らして回避すると、俺の背後にあった木々が丸ごと両断される。

 魔力によって強化された刃で、これだけの範囲攻撃ができるとは。なかなか厄介な能力である。


「己の血液を自由に操れる……それがオレの力〝血器魔術〟だ。テメェはそこら辺の兵士とはわけが違うようだが、魔術に対抗する術は持ってんのか?」


「……さあね」


「ハッ……まあ、どっちでもいいか!」


 クロウが連続で剣を振る。

 まったく洗練されていない剣術だが、そのリーチと斬れ味が、俺を前進させないようにしていた。


「鬱陶しい……!」


 向かい来る血の刃を、剣で叩き折る。

 しかし、血の刃は一瞬元の液体に戻ると、再び凝固して襲い掛かってきた。


「無駄だ! オレの魔力が尽きない限り、血は何度でもテメェに襲い掛かる!」


 ギリギリで身を屈め、俺は刃をかわす。

 すると何を思ったか、クロウは自身の手から剣を手放した。


「〝血戦器〟――――〝ぎょく〟」


 刃だった血液が、今度は無数の球体に変化する。

 そしてクロウが俺を指差した瞬間、その球体は、一斉に襲い掛かってきた。


「チッ……」


 舌打ちをしながら、俺は剣で球体を打ち落とす。

 しかし、すべてを打ち落とした瞬間、宙を舞った血のしずくが集まり、ひとつの大きな幕となって俺の視界を覆い隠した。


「〝血戦器〟――――〝そう〟!」


 クロウの声がした次の瞬間、幕を貫くようにして、赤き槍が俺の胸元目掛けて飛び込んできた。

 あの野郎、撃ち出すときに相当な魔力を注ぎ込んだらしい。

 とっさに剣で受け止めた瞬間、俺は強い衝撃を受けて大きく後退させられた。

 距離を取られるのは、かなりまずい。近づかない限り、こっちは武器を投げるくらいしか攻撃手段がない。


「あのときみたいに、また剣を投げるか? 今のオレには通用しねぇけどな」


 クロウは、血のナイフで自分の両手首を深く切り裂いた。

 おびただしい量の血が、傷から一気に溢れ出す。

 一見すると、ただの自傷行為。しかし、血液を操れるクロウにとっては、出血はすべて己の武器となる。


「〝血戦器〟――――〝大玉たいぎょく〟」


 大量の血液がひとつの塊となる。

 血液の中には、尋常ではない量の魔力が含まれていた。


「……その出血でよく生きてんな」


「オレの魔術は、自分の血を自在に操るって言っただろうが。いくら血を流そうが、魔力がある限りオレは無敵だ!」


 魔力さえ残っていれば、武器は無限ということか。

 これは、想像以上に面倒だな。


「そら、これが防げるか?」


 巨大な血の塊が、俺に向かって撃ち出される。

 実のところ、この攻撃はだいぶまずい。

 先ほど弾いた血の球体が、空中で集まって幕状になったように、自分の手から離れた血すらもクロウは自在に操れる。

 たとえ血の塊を両断できたとしても、第二第三の攻撃がすぐさま飛んでくるはずだ。この量の血液を使えば、俺を拘束することは容易いだろう。


――――だからって、斬らねぇわけには……。


「ゼレンシア流剣術……! 〝青天〟!」


 魔力を纏わせた剣を、横薙ぎ振る。

 巨大な血の塊を両断することには成功したが、すぐに飛び散った血液が俺を取り囲み、全身に絡みついてきた。


「くっ……」


 絡みついた血液が硬質化し、俺の動きを阻害する。

 その隙を突いて、クロウは俺に近づいてきた。


「いたぶってやるよ! じわじわとなァ!」


 いまだに手首から溢れ続ける血が、クロウの両腕を覆う。

 

「〝血戦器〟! 〝けん〟!」


 放たれた拳が、俺の胸と腹を打つ。

 全身を魔力で覆ってダメージの軽減を図るが、それでも衝撃までは殺しきれない。

 俺は勢いよく吹き飛ばされ、地面を転がった。


「男にはまったく興味ねぇが、テメェはだけはこの手で嬲り殺さねぇと気が済まねぇ。楽に死ねると思うなよ?」


「……まいったな」


 殴られた拍子に、血の拘束は解けていた。

 体についた砂を払いながら、俺は立ち上がる。


「さすがはレベル4ってところか。ひと筋縄じゃいかねぇな」


「おいおい、これから死ぬっていうのに、強がってる場合か?」


 そう言いながら、クロウは俺を嘲笑った。


「そろそろ魔術のひとつでも使ったらどうだ? このままじゃ張り合いがなさすぎる」


「……んなもん使えねぇよ」


「――――は?」


 そう、俺は魔術が使えない。

 魔術には、人の潜在意識が大きく関わっている。

 その人が抱えている様々な事情が、発現のきっかけとなるのだ。

 

 たとえばシャルたそなら、両親から愛してもらえない寂しさを埋めるべく、友達を求めて精霊魔術が発現したと公式ガイドブックに書いてある。

 カグヤなら、実験体という抑圧された環境から解放されたくて、世界の理すらも捻じ曲げる力を手に入れたという設定がある。

 彼女たちは、総じて強い欲望を持っていた。……それに対して、俺はどうだろう。

 強い欲望なんてひとつもないし、結局のところ、何者にもなれなかった根っからの凡人だ。この世界に生まれてから死ぬほど鍛錬したけど、魔術だけはどうやっても発現しなかった。


「ははっ……はははははは! マジか! マジかよ! このオレに挑んでおきながら、魔術すら使えない⁉ こいつは傑作だ!」


 ゲラゲラと笑いながら、クロウは俺に見下すような視線を向ける。


「まったく……舐められたもんだなぁ。魔術なしで俺に勝てるとでも思ってたのか?」


「まあな」


「……なに?」


「魔術なんて使えなくても、お前なんかに苦戦しねぇよ」 


 クロウの顔に、みるみる怒りの表情が浮かんでいく。

 とことん煽りに弱いやつだ。狡猾でありながら、直情的で負けず嫌い。

 扱いやすくて、本当に助かる。


「ハッタリばっか言ってんじゃねぇよ……!」


 宙に浮いていた血液が、再びひとつに集まっていく。

 その大きさは、すでに〝大玉たいぎょく〟をはるかに超えていた。


「〝血戦器〟……! 〝星玉せいぎょく〟!」


 巨大な血の塊が放たれる。

 これを斬り払うには〝青天〟よりもさらに広範囲に作用する技が必要だ。


「ゼレンシア流剣術……〝蜷局とぐろ〟!」


 体を大きく捻りながら、剣を振る。

 すると竜巻状の斬撃が放たれ、血の塊を吹き飛ばした。


「まだだァ!」


 クロウが残忍に笑うと、吹き飛んだ血が鋭利な槍へと変化する。

 それらは俺を囲うように配置され、その刃先を真っ直ぐ俺に向けていた。

 

「ハリネズミにしてやるよ……!」


 俺を串刺しにしようと、数多の槍が飛んでくる。

 これをすべて弾いたところで、再び形状を変えて襲ってくるだけ。


「あんまりやりたくねぇけど……仕方ねぇな」


 ……ここで、ブレアスの仕様について少し話しておこうとおもう。

 魔力――――ゲーム内で言うところのMPは、エヴァーマウンテンで行える〝滝行〟によって増やすことができる。 根気さえあれば、仲間のMPをすべてカンストさせることも可能だ。

 俺はこの滝行を、五年以上やり続けた。

 そうしているうちに、ゲームと違って、この世界にカンストという・・・・・・・概念はない・・・・・ことに気がついた。

 上限なく伸び続けた俺の魔力は、もはや魔力の常識を覆していた。

 

「――――〝魔力解放マナバースト〟」


 魔力を爆発的に解放することで、俺は迫り来る槍をすべてかき消した。

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