第33話 モブ兵士、対面する

「……何これ」


 カグヤと合流したシャルルは、弾け飛んだガレッドの死体に顔をしかめた。

 

「壊れた玩具よ。もう興味ないわ」


「玩具……」


 何をどうすれば、こんなことになるのだろう……シャルルはそんな疑問を抱いた。

 あのとき、カグヤが加勢に来なければ、間違いなくシャルルは死んでいた。  

 シャルルにとって、ガレッドはまさに究極の脅威だった。

 そんな化物をカグヤは〝玩具〟と言い放った。


――――これが、特級勇者……。


 まさに、人知を超えた存在。

 今のシャルルでは、彼女の底すら覗けない。


「どうすれば……あなたみたいに強くなれるの?」


「私に追いつくのは無理よ。絶対にね」


「……」


「ふふっ、おかしな顔」


 頬を膨らませたシャルルを見て、カグヤは笑った。


「……まあ、きっと大丈夫よ。才能の欠片もない平凡な門兵さんだって、あんなに強くなれたんだもの。あなただって、いつかは強くなれるわ」


「ほんと?」


「私を疑うの? 心外だわ」


 そう言いながら、今度はカグヤが頬を膨らませた。

 はたから聞いた分には分かりづらいが、カグヤの言葉は、いつもの気まぐれな発言ではなかった。

 短い期間だったが、シャルルの師を務めた彼女は、そのポテンシャルの高さを見抜いていた。自分が最強だと確信しているカグヤは、シャルルが同じ高みまで登ってくるとまでは思っていない。しかし、限りなく近いところまで登り詰める可能性は、十分あると考えていた。


「それにしてもあなた、ボロボロの体でよく歩けるわね」


「治したから、大丈夫」


 シャルルがそう言うと、その後ろからひょっこりと光り輝く角を持った鹿が現れた。


「この子はケルネイア。角から出る光で、怪我を治してくれる」


「ふーん……?」


 ケルネイアと呼ばれた精霊は、愛おしそうにシャルルに擦り寄った。

 精霊に愛されるというのは、シャルルの才能のひとつである。

 精霊魔術は、精霊と契約を結ばなければ始まらない。契約の内容は様々だが、最初から精霊に気に入られているシャルルは、現状ほぼノーコストで契約を重ねている。

 たとえ他の者に精霊魔術が発現しても、こうは上手くいかない。


「機動力と探知能力、攻撃補助、それに治癒能力……なかなか器用ね」


「……ひとりで勇者を目指すなら、これくらいできないと」


 アレンのパーティを抜けたシャルルは、この先ひとりで学園卒業を目指そうとしていた。

 これからは、シャルルひとりでパーティの役割すべてを担わなければならない。

 

「カグヤ、これからも、私に指導してほしい」


「……残念だけど、私に教えられることなんて、何もないわ」


「え?」


 カグヤの力は、たまたま月の魔力に適応したことで手に入れたものだ。

 故に、カグヤとシャルルでは、根本的に力の使い方が違う。

 どれだけ指導したところで、シャルルはカグヤにはなれない。


「この前だって、私の攻撃を防ぐために、あなたが勝手に・・・強くなっただけ。ほとんど何も教えてないじゃない」


「……確かに」


 あのときカグヤが教えたのは、心構えだけだった。

 あとはカグヤの一方的な攻撃を、シャルル自身でどう捌けばいいのか考え、トライアンドエラーを繰り返した。その間、カグヤから具体的な指導は、一度もなかった。


「私は、あなたが一皮むけるのを手伝っただけ。これ以上強くなりたいなら、私の夫を頼ったほうがいいわ」


「……カグヤの夫じゃないでしょ」


「いずれそうなるわ」


 にこやかな表情を見せたカグヤに、シャルルはムッとした。


「さて……そろそろ見学にでも行こうかしら。愛しの夫の勇姿を見逃すわけにはいかないものね」


 そう言いながら、カグヤは森の奥へと視線を向ける。

 

「あなたも行く?」


「もちろん」


 彼女たちが向かう先。

 その方向には、強大な二つの魔力の反応があった。


 そして、ときは少し前に遡る――――。


◇◆◇


 レベル3の襲撃――――ブレアスの本編にもあったそのイベントは、俺の知るものとは別の形で発生していた。

 ゲームでは、ガレッドが結界を壊して侵入してくる。

 しかし、この世界では何者かの手引きによって、結界を壊すことなく侵入してきた。そのため対応が遅れ、現場は大混乱に陥っていた。


「総員! 戦闘準備! レベル3の迎撃に急げ!」


 隊長の指示のもと、騎士たちが強大な魔力のもとへ急ぐ。

 あっちはまあ、シャルたそがいればなんとかなるだろう。いざというときは、カグヤも加勢してくれるし、大事には至らないはずだ。


「レベル3……⁉」


「まさか……俺たちを殺しに来たのか……⁉」


 生徒たちがざわつき始める。

 まさにパニック寸前といった様子だ。

 こっちはこっちでなんとかしないとな……。


「生徒はこっちへ! 魔族からできるだけ離れろ!」


 怯える生徒たちに向かって、俺は叫ぶ。


「森の奥へ! レベル3からできるだけ距離を!」


 生徒たちを誘導しながら、森の奥へと進んでいく。

 俺の役目は、生徒のそばについて、いざというときの肉壁になることだ。

 騎士団は、何よりも勇者を大切にしなければならない。

 勇者候補の彼らも勇者同様、計り知れない価値がある。

 その命を魔族に奪われるなんて、あってはならないことだ。

 

「――――君たち! こっちだ!」


 森の中で、鉄仮面をつけた騎士に呼び止められた。

 彼の背後には、山肌にぽっかりと空いた洞窟があった。


「この洞窟の中へ! ここなら安全だ!」


「っ! あの洞窟へ急げ!」


 全員に聞こえるように、俺はそう叫んだ。

 生徒たちが洞窟へと駆け込んでいく。

 ずいぶん深い洞窟だ。これなら、覗き込んだ程度では生徒の存在に気づけないだろう。


「危ないところだったな」


「ええ……おかげで助かりました」


 誘導してくれた鉄仮面の騎士に、礼を言う。


「まさかレベル3が襲撃してくるとはな……だが、これで――――」


「ああ……目標達成、とでも言いたげだな、吸血鬼野郎・・・・・


 背後に立っていた鉄仮面を、俺は抜剣ざまに斬りつける。

 とっさに回避されてしまったが、俺の剣はやつの着ていた鎧を深々と傷つけた。


「なっ……血迷ったか……!」


「今更、演技なんかいらねえよ。吸血鬼」


「……」


 鉄仮面の奥で、やつの鋭い眼光が光る。

 

「お前の正体は、とっくに割れてる。騎士に紛れて生徒たちを殺そうとしてんのは、もう全部分かってんだよ」


「……驚いたな。まさか、俺の正体にまでたどり着かれるとは」


「こっちも、最初に気づいたときは驚いたよ。……いい加減、そのダサい鉄仮面を取ったらどうだ? ――――先輩・・


「そうか……お前、あのときの新入り・・・・・・・・か。忘れてたよ。何分、女にしか興味なくてな」


 男が鉄仮面を外す。

 そこには、南門の仕事で一緒になった、クロウ先輩の姿があった。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る