第29話 モブ兵士、的中させる
がたがたと揺れる馬車の中には、勇者の護衛を任された騎士たちの姿があった。
今日は勇者学園の実戦演習本番。
未来の勇者たちが、初めて魔族や魔物と対峙する、重要な機会だ。
勇者は国の宝。彼らに万が一がないように、同行する護衛騎士は、並々ならぬ実力者ばかりだ。
……そんな空間に、俺のような兵士が混ざっている。
なんて居心地の悪い空間だろう。もはや消えてしまいたい。
「……」
現実逃避気味に、窓から外を見る。
外には、鬱蒼とした森が広がっていた。
ここは〝試練の森〟
毎年行われる実戦演習の舞台であり、新たなる勇者を試す場所――――。
「この場に立つ勇気ある者たちに、私たち騎士団は敬意を払う」
護衛部隊の隊長が、ずらりと並んだ勇者候補たちに敬礼を送る。
その姿を習い、俺も同じように敬礼した。
左胸に手のひらを当てるのが、ゼレンシア流の敬礼。
兵士になってから何度もやらされたが、いまだに少し照れ臭い。
「……あの人、兵士なのになんでいるんだろう」
「多分雑用係じゃない?」
隊長が注意事項について話している中、どこからかそんな会話が聞こえてきた。
煌びやかな鎧に身を包む騎士たちの中に、ひとりだけみすぼらしい恰好をした兵士が混ざっている……これが目立たないわけがない。
――――平常心、平常心……。
落ち着け、俺。これも作戦のうちだ。
敵がただの雑用係と思ってくれたら、油断を誘えるかもしれない。
恥ずかしくてたまらないが、ここは耐えるしかない。
ふと、こちらを見るシャルたそと目が合った。
勇者学園の生徒たちは、みなパーティメンバーで固まっていた。
しかし、彼女の周りには誰もいない。結局、パーティメンバーは見つからなかったようだ。
魔族との戦いにおいて、ソロとパーティでは難易度が大きく変わる。
一度、ブレアスを最後までアレンひとりでプレイしたことがあったが、あれは本当に苦行だった。何度もリセットを繰り返し、何週間もかかってようやくクリアした覚えがある。
――――まあ、今のシャルたそなら問題なさそうだな。
シャルたその魔力が、目に見えて膨れ上がっている。
どうやら、カグヤに任せて正解だったようだ。
今のシャルたそは、そこらへんの勇者より間違いなく強い。
――――あいつらは……もういいか。
こちらを見ているのは、シャルたそだけではなかった。
これは一年生の実戦演習。当然アレンの姿もある。
アレンはまるで親の仇かのように俺を睨みつけていた。
どう考えても逆恨みなのだが……まあ、今は放っておいていいだろう。
やつもこの演習で成果を出さなければならないのは、重々分かっているだろうし。
「この〝試練の森〟には、四級、三級相当の魔物と、レベル1の魔族が放ってある。倒した敵の種類と、数によって成績が出る。我々護衛は、基本的に君たちの近くにいる。命の危機を感じたら、すぐに助けを求めるように」
そう言うと、隊長は引率教師であるリーブさんに視線を送る。
リーブさんはひとつ頷くと、幾何学的な文字が刻まれた杭のようなものを掲げた。
「実戦演習に使う範囲は、学園側で張った〝結界〟によって区切られています。大きさは一キロ四方。四隅にはこの杭が刺さっています。原則、私か騎士団の許可がなければ、誰も外には出られませんし、入ることもできません」
よく見れば、空には薄い膜が張っていた。
これが〝結界〟
勇者学園の敷地は、魔族の襲撃を防ぐため、常に強固な結界に覆われている。
ここにある結界は、それよりも耐久が劣る簡易版だ。
本編では、レベル3の攻撃に耐えられず、侵入を許してしまうのだが――――。
「……それでは、用意はいいですか?」
リーブさんがそう言うと、生徒たちの顔に緊張が走る。
いよいよ、運命の実戦演習が始まろうとしていた。
◇◆◇
王都の中心部で、悲鳴が上がる。
「アアアアァァアアアアッ!」
ひとりの女がケダモノのごとく変貌し、そばにいた者たちを次々と襲っていた。
「や、やめて……」
血を流して蹲る男を前に、異形と化した女は、鋭く強固な爪の生えた腕を天高く振り上げた。
今にも男が引き裂かれようとしていた、その瞬間――――。
「すぐに取り押さえろ!」
駆けつけた騎士が、女の体を盾で押しのける。
受け身を取れずに転がった彼女を、騎士たちは頑丈な鎖を用いて、すぐさま拘束した。
「アァァアアア!」
鎖に縛られた女は、喉が裂けるような絶叫を上げる。
そして女とは思えない桁外れの怪力によって、鎖を千切らんと暴れ出した。
「麻酔針だ! 早く打て!」
「っ……すまない!」
顔をしかめながら、騎士のひとりが女の体に針を刺す。
先端には、強力な麻酔薬が塗られていた。
それまで暴れ回っていた女は、麻酔によってすぐに大人しくなった。
「ご苦労だった、お前たち」
彼らのもとに、第一騎士団長であるエルダが現れる。
エルダは意識を失った女と、手元の名簿を見比べる。
「ユリア……花屋の娘だな。ようやくこれで六人か」
エルダが持っている名簿は、誘拐された女性たちのもの。
このうち六名が、すでに変わり果てた異形として見つかっていた。
「あと二人……おそらくまたどこかに現れ、暴れ回るはずだ。引き続き厳戒態勢! 決して死者を出すな!」
「「「はっ!」」」
部下たちに指示を出し、エルダはため息をつく。
誘拐された女性たちは、吸血鬼によってもれなく眷属化していた。
眷属化について、ひとつ確信したことがある。
それは、〝眷属は単純な命令しか実行できない〟ということだ。
眷属化した人間の知能は、獣に近い。
あの廃屋にいた異形がそうだったように、人を襲え、巣を守れなど、その程度の命令しか、眷属は理解できないのだ。
その証拠に、複雑な手順で女性を誘拐していたダンは、眷属化されていなかった。
裏切りを避けるべく、眷属化しておくべきだったにもかかわらず……。
「エルダ騎士団長! 街外れで女性が暴れているとの連絡が……!」
「っ! すぐに向かえ! 私も行く!」
「はっ!」
部下の伝令を聞いたエルダは、すぐに街外れのほうへ走り出した。
「……これでは、試練の森に駆けつけるのは難しいな」
エルダは舌打ちする。
これは、吸血鬼の陽動作戦だ。
眷属を街中で暴れさせ、騎士団の戦力を集中させる。
対応に追われる騎士は、試練の森で何が起きても駆けつけることができない。
そう、たとえ、魔族が襲撃してきたとしても――――。
「だが――――シルヴァのやつ、まさかここまで的中させるとはな……!」
危機的状況にもかかわらず、エルダは愉快そうに笑った。
そう、この状況はすべてシルヴァの
騎士団が街を離れられないのも、想定の範囲内だった。
「あとは頼むぞ……シルヴァ」
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