第15話 モブ兵士、途方に暮れる
「あら、狩人様が手ぶらでご帰還?」
「悪かったよ……しくじった」
診療所にたどり着いた俺は、外で待っていたカグヤと合流した。
人質は、目立った外傷もなく無事だったため、そのまま家に帰した。一般人を危険な目に遭わせたのは、俺の落ち度だ。やむを得なかったとはいえ、ひとりで追ったのがそもそもの間違い。カグヤと連携していれば、今頃やつを捕らえられていた。
やはりここは現実だ。ゲームのように上手くいくわけがなかった。
「アナタで見失うのであれば、きっと誰が追っても駄目だった。気にすることはないと思うわ。それに……本当に手ぶらってわけじゃないでしょ?」
「ああ、一応手掛かりになると思って……」
そう言いながら、俺は魔族の着ていたローブの切れ端と、血を拭きとったハンカチを見せた。
「今回は逃がしたけど、次は必ず捕まえてやる……」
「ふふっ、やる気になったアナタも素敵よ?」
「あ、いや……」
取り逃がした悔しさから、自分でも無意識のうちにムキになっていた。
反省反省。別に俺が討伐しなくたって、この事件は必ず解決する。
改めて、出しゃばり過ぎないように気をつけねば――――。
「それで、あの女の人は?」
「一命は取り留めたみたいよ。造血薬が効いたみたい」
「そうか……よかった」
新たな死者が出なかったことに、ひとまず胸を撫で下ろす。
「診療所から騎士団に連絡が行ったわ。もうすぐ他の騎士たちが集まってくると思う」
「分かった。……まずは報告からだな」
そうして俺たちは、他の捜査部隊の到着を待つことにした。
集まってきた騎士に状況を説明し、魔族が逃げた方角を中心に捜査を続けた。
しかし、一晩中探しても、魔族の痕跡すら見つけることができなかった。俺がつけた傷もかなり浅かったようで、他の場所で血痕が見つかることもなく……。
結局、進展がないまま夜が明けてしまい、俺たちは一度休むことになった。
「はぁ……とりあえず帰って寝るか」
「そうね。帰りましょう、私たちの愛の巣へ」
「おいおい、お茶目だなぁカグヤは。俺の家はお前の家じゃないぞ?」
「あら、連れないことを言うのね。妻は悲しいわ」
「妻じゃねぇだろ……!」
そんなやり取りをしながら、俺は兵士用の宿舎へと戻った。
ちなみに、カグヤは本当に俺の部屋までついてきた。特級勇者を追い出すなんて真似ができるはずもなく、俺がベッドを彼女に明け渡す羽目になったのは、言うまでもない。
◇◆◇
「夜更かしって、なんだか悪いことをしている気分にならない?」
次の夜。再び東門の周辺に来ると、カグヤがそんなことを言い出した。
「気持ちは分かるけど……急にどうしたんだよ」
「昨日気づいたのよ。皆が寝静まったあとの世界を飛ぶのは、すごく気持ちのいいことだって」
「確かにそれは気持ちよさそうだけど……深夜にラーメンを食うときの快感と背徳感も負けてないぞ」
「ラーメン?」
「今度作ってやるよ。俺の大好物だ」
「へぇ、それは楽しみね」
――――さて、そんな雑談をしているうちに、捜査を開始する時間がやってきた。
全体の捜査方針については変わっていない。昨日と同じように、担当区域の巡回を行い、魔族出現に備える。
昨日、女性の血を吸いきれなかった魔族は、腹を空かせている。
必ずまた、どこかで人を襲うはずだ。
「それで、今日はどう捜すの? 昨日と同じ?」
「いや、せっかく手がかりを掴んだから、それを使う」
そう言って、俺は昨日拾ったローブの切れ端を取り出した。
「これがあれば、犯人を追うことができる」
「あら、何か策があるみたいね」
「ああ……ってことでカグヤ、嗅いでくれ」
「……え?」
「昨日言ってただろ? 生臭いって。だからこいつの臭いを追えば、魔族にたどり着けるかもしれない」
「それで、どうして私に頼るの?」
「……鼻が利きそうだなって思って」
「……確かに私は、比較的臭いには敏感よ。昔からそうなの。……でも、さすがに人探しができるほどじゃないわ」
「……」
――――しまった、早くも作戦が潰れてしまった。
「私のこと、犬か何かだと思ってたのね。……いいわ、アナタが犬になれと言うなら、私はそれに全力で応える。それが妻の役目だもの」
そう言いながら、カグヤは俺の目の前で四つん這いになった。
周囲の視線が、これでもかと俺たちに突き刺さる。
「アナタのためなら、はしたなく地べたを這うことだって、靴を舐めることだってできるわ。それに、ちょっと恥ずかしいけれど、この場で脱ぐことだって――――」
「やめろ……! 俺が悪かった!」
「あら、残念」
肩を竦めながら、カグヤは立ち上がる。
その様子は、本当にどこか残念そうだった。
「とっておきの作戦はこれで終わり?」
「……次はしらみ潰し作戦だ」
「そういうのは、作戦って言わないのよ」
仕方なく、昨日と同じように巡回を始める。
やつは俺が予想していたよりも、かなり早い時間帯に出現した。街が寝静まってから現れるという考えは、もう通用しない。
それから、二時間ほどが経過した。
「……平和そのものだな」
何も起きない街をあてどもなく歩きながら、俺はつぶやく。
一向に見つかる気配がない状況に、歯痒さを覚えていた。
これでは昨日から何も変わっていない。なんとか次の被害者が出る前に追い詰めたいが、こうも手がかりが役に立たないと、とにかくやりようがない。
「そもそも思うんだけど、昨日この辺りで〝食事〟に失敗したのだから、もう別のエリアに移動した可能性のほうが高いわよね? それなら私たちも移動したほうがいいんじゃないかしら」
「そうしたいのは山々だけど、騎士団の連中は決められたことに関してはめっぽう厳しい。仮に俺たちが許可なく捜査場所を変えたら、元々そのエリアを担当していたやつらのことを信頼してないってことになる」
「……そうよ?」
「思ってても言っちゃ駄目なんだよ、そういうことは。……とにかく、騎士サマの機嫌を損ねるのはまずいんだ。俺たちは、大人しく言われたことをやっていればいい」
「でも、このままじゃ何も面白くないわ。 私が癇癪起こしてもいいの?」
「頼むから、それだけはやめてくれ」
カグヤが暴れ出したら、魔族なんて比じゃないレベルの被害が出る。
冗談とはいえ、想像すらしたくない。
ただ、カグヤが本当に飽きてしまうのも時間の問題。彼女がいなくなれば、俺一人で捜査を続ける羽目になる。それではエルダさんの思う壺。徐々に外堀から埋められてしまう。
「……仕方ない、交渉してみるか」
「ふふっ、我儘を聞いてくれて嬉しいわ。それでこそ私の夫ね」
「都合よく言いやがって……」
魔族が移動している可能性を伝えて、別エリアの巡回に混ぜてもらえるよう交渉してみるしかない。
そう思って、俺たちは東門周辺をあとにしようとした。
「……シルヴァ?」
刹那、聞き覚えのある声がして、俺は振り返る。
そこには、我が最推しキャラであるシャルたそが立っていた。
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