第50話 告白の立会人

なぜ俺は、

告白現場の立会人たちあいにんになってしまうのか……


この前は紗智子さん。

そして今回は生島さんだ。


いやいや生島さん、

この前あなたが振ったから

こんなことになっているんでしょ?


と心の中でボヤきつつ、

なぜか対面で睨み合っている2人を眺めている。


「えっと……俺、いない方がいいっすよね?」


重苦しい空気に耐えきれず

逃げようとすると、

両者から引き止められる。


「門田さん、あんた首突っ込んだからにはおってよ!」


「はい?俺は別に、首を突っ込んだわけでは……」


「さっちゃんの言う通りたい!門田さんも証人としてここにおって!」


何の証人だよと

ツッコミどころ満載だが、

帰れないならば早く話を進めた方が良いと判断した。


「では、今の状況を整理してみますか」


当事者達が冷戦状態であるから、

冷静に事の発端を確認しながら

進行役を担った。


「まず紗智子さんは、さっきは何をされていたんですか?」


「うちゃあマッチングアプリで知り合うた人と会うてただけたい」


すると生島さんが、

信じられないといった顔で身を乗り出した。


「マッチングアプリ!?何しとっとね、さっちゃん!」


「大三さんには関係なかろう?しかもマッチングアプリば登録するち先に言うたとは大三さんばい?何でうちを責めっとよ」


「アレは冗談ったい!だっでんかんでん(誰でも彼でも)よかちもんやなかろうもん」


だいぶ話の本筋がズレたため、

軌道修正する。


「あのぉ……とりあえず、マッチングアプリがいいか悪いかは置いておいて、ここまでの流れを確認しませんか?」


「うん。進めて」


「よかよか。門田さんに任せるばい」


「では次に、なぜ生島さんが紗智子さんを尾行していたかについて、理由をお聞かせください」


「それは……さっきも言うたばい?見かけるたびに違う男を連れとったけん、気になってしもうて。それも見るからに頭ん悪かそうな男ばっかしで……さっちゃんは俺を好いとった割に、あまりにも見る目なかち思うたばってん、こらえきれんでつけとったとよ」


「はぁ。そういう事なんすね……」


またもやツッコミどころ満載だが、

ひとまず生島さんの言い分を聞いた。


だが紗智子さんは

怒り心頭といった具合で、

鬼の形相でコーラをすすり、

中身がなくなってもジュージュー音をたてながらストローで吸引し続けている。


「紗智子さん、落ち着いてください。おかわり注文しましょう!」


紗智子さんのおかわり待ちをしている間、

恐る恐る彼女の言い分も聞く。


「では紗智子さん、確認ですけど……毎回違う男性と会っていた、というのは本当ですか?」


「今日ので3人目たい」


「3人目!?そげんアバズレみたいな……見損なったばい!」


「アバズレち……ようそげんひどかこつ言えっとね?そもそもマッチングアプリち、そげんもんばい?一回会うたくらいで人となりなんてわからんけん。しかも、こっちがどげん『よか人〜』ち思うても、向こうがそう思わんかったり。ただ遊び目的やったりして、簡単にマッチングなんかせんよ。だけん色んな人と会うてみんとわからんばい」


マッチングアプリは、

今でこそ規制が厳しくなり、

登録時に身分証の提示など

本人確認が必要となるらしいが、

それでも隠れ既婚者や遊び目的といった

不純な動機で登録する輩も少なからず存在する。


たとえまともな人間であっても、

相性は会ってみないとわからない。


紗智子さんはその事を

身をもって学んだのだろう。


生島さんは紗智子さんの言い分を聞き、

黙りこくってしまった。

そんなにショックを受ける話ではないのに、

片手を顔に当て項垂うなだれている。


だが俺は中立な立場で、

進行しなければならない。


「では次に、生島さんは先ほど紗智子さんに好意があるという感じでお気持ちを表明をされましたが、あれはどういう意味で……」


「言うた通りばい」


「いやいや。でもこの前、紗智子さんが告白された時、最終的に断ったんですよね?」


「そうったい!妹の友達とそげん付き合いばできんち言うたとよ!なのになんね!今さら……」


紗智子さんはよく見ると

おしぼりを握りしめながら

今にも泣き出しそうな顔をしていた。


すると生島さんが口を開いた。


「あん時は確かにそう思うて……ばってんあれから、気になって気になって。だけん気にせんようにしとったと。そっからどういうわけか、さっちゃんをよう見かけるようになって……俺も頭ん中ぐちゃぐちゃになっとー」


要は告白をされてから気になりだして、

振った後に好きになっていた

という事らしい。


紗智子さんはそれを聞き、

目を見開いてまばたきすらしていない。


これはもうという

懐かしくもあり

ちょっと小っ恥ずかしい単語を

使わずにはいられない。


「なるほどですね……」


ただここから先は

俺が結論を出すことではないと、

そーっとフェードアウトを試みたのだが、

またしても2人から引き止められる。


「え、待って?門田さん、どこ行くと?」


「すんません。さすがにもうお邪魔かな?と……」


「いっちょん邪魔やなかち、おってよ」


「そうっすか……」


あっけなく定位置に戻る。


「で?どげんすっと?」


紗智子さんはなぜか高圧的な態度で

俺に結論を言わせようとしている。


「どうもこうも、俺は完全に部外者なんで、ここからはお2人のお気持ち次第かと……」


生島さんに目配せすると、

目を泳がせて助けを求めてくる。

まさかのウブな反応にどん引く。


あれ?……この人、

めちゃくちゃモテてきた

陽キャ中の陽キャのはずだが。

もしかして見掛け倒しなのか?

実はそんなに経験踏んでないとか?

そんなことあるか!?


確かにたまに聞くんだよな。


容姿端麗でスポーツ万能。

仕事もデキるタイプの

モテる要素をこれでもかと持ち合わせている男が、女性経験ゼロのまま

いい歳までいってしまうという

都市伝説的な話を。


その場合は恋愛対象が同性か、

もしくは極端に性欲がないか、

もう1パターンは極めて少ない特例だが、

本物に出会うまではと

軽はずみな付き合いをせず

適当に経験を済ませることができなかった

清廉潔白せいれんけっぱくすぎるタイプの男だ。


生島さんは男から見てもイケメンで、

モテ過ぎて選択肢も多かったゆえに

極めて少数しか存在しない

その希少種ということだろうか……。


俺のようなクズには理解できない

おとぎ話のような都市伝説が、

ここにきて現実味を帯びてきた。


まぁ、生島さんがそうとは

到底思えないし決めつけられないのだが。


この赤面した横顔からするに、

全くないとも言い切れなくなってくる。


まるで中学生男子のようになった生島さんに、

紗智子さんは攻めの姿勢に入った。


「大三さん、うちん気持ち知っとって冗談ば言うとるなら怒るよ?」


「冗談やなか!俺、今わかった。やっぱし、さっちゃんを好いとう。ばってんあん時はわからんかったけん……傷つけてしもうて申し訳なかち思う。ごめん……」


「よかよ。うちゃあ、そもそも大三さんと付き合えるち思うとらんかったけん。ばってん言えんままやと後悔するし、次に進めん。だけん玉砕覚悟で言うただけたい」


紗智子さんが言ったことは本当だろう。

今思うと彼女は偉かった。


人間、無理だとわかっていても、

やれるだけのことをやった人は、

何もやらないで諦める奴より

遥かに人として成長し成熟すると俺は思う。


たとえ一時いっとき、傷ついたとしても。

そこまでの道のりが険しくても。


今の紗智子さんを見ているとそう思える。


そんな紗智子さんは、

ずっと願っていたであろう奇跡を

今、目の前で起こそうとしている。


「まだ、チャンスあっと?俺……」


大三さんが自信なさげにそう聞くと、

紗智子さんはその場でマッチングアプリを退会し、

その画面を生島さんと俺に見せてきた。


「うち……正直言うとね、大三さんにちっとでも似とる人ばっかし探しとったとよ」


にっこり笑ってそんな告白をしたが、

生島さんはショックを受けている。


それもそうだ。

さっき逃げて行った男は、

流行りのマッシュルームヘアをした

雰囲気だけの量産型イケメンだった。


「え……俺、あげんダサか?」


「いやいや、だいっぶ妥協だきょうしたかと……」


あまりにも生島さんが不憫ふびんに思え、

小声でそうフォローしてしまった。


幸い紗智子さんにの耳にそれは届かなかった。

彼女はもう

恋が叶った人特有の幸せオーラを放ちまくっていた。


「ばってん、じぇんっじぇんちごた(全然違かった)。やっぱし、うちが好きなんは大三さんたい。大三さんやなか!」


「さっちゃん……」


「そっじゃーうち、妹の友達から脱却できっと?」


「もうそげんこつどうでんよか。さっちゃんも、俺でよか?」


「うん!よかよか!大三さんがよか!」


いわゆる「好きです。付き合ってください」

という儀式的な告白ではなかったが、

1組のカップル誕生の証人となった俺は、

思いがけず感動してしまった。


「お、おめでとうございます……」


「アハハ!いっちょん気持ちこもってなかじゃん!」


「門田さんらしゅうてかえってよか!」


「いやいや、本当に良かったと思ってますよ。なんていうか……末長く、お幸せに」


結婚式の下手くそなスピーチのような、

そんな祝い方しかできなかったが、

ここに千織さんもいてほしかったと、

そう思いながらノンアルコールで乾杯した。


晴れてカップルになった2人からすれば、

もう俺は邪魔者にすぎないのだが、

俺は生島さんに

千織さんの話をしようと思い立った。


「すいません。こんな時にアレなんですけど……」


「何?どげんしたと?」


「いや、あの……千織さんの事で……」


紗智子さんはあらかた知っているからいいとして、

たぶんお兄さんである生島さんは、

千織さんが家を出たことすら知らない。


いくらなんでも俺が生島さんにまで、

ずっと黙っているのは違うと思った。


「ん?千織がどげんしたと?」

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