第13話 さちこのポテンシャル

「あっ!千織!早うんね〜。もうだいぶ集まっとーよ!」


「うん……」


二社合同の懇親会の

バーベキュー会場に着くと、

すでに大勢が集まり賑わっていた。


さっちゃんは、

私が恋をしていると思い込んでいて、

その相手がブリロックンの人だと決めつけ、

今日ここに来ると断言し、

妙に張り切っている。


まるで野外フェスに参加するような格好で、

首からタオルをぶら下げて、

オペラグラスまで持ってきて、

会場を見渡す丘の上で立ち止まり、

「どん人?どん人?」と聞いてくる。


「こっからじゃ、わかるわけなかろー?」


「そげん言うたち早う見たか〜!」


なぜ女子は、

人の色恋にここまで関心がわくのだろう。

私はそんな風になった事がないから、

やっぱり普通と違うのかな。


でももし今日

あの人に会ってしまったら、

自分がどうなるのか怖い。


だからどうか、

会いませんようにと願った。


テンションが高いさっちゃんをよそに、

私は無心になって準備に加わる。


その間もさっちゃんは、

目ぼしい人を見つけては

「あん人?」としつこかったけど、

何だかそんな彼女が

いつになく可愛く思えた。


今日はみどりさんも来ているし、

やっさんやにっし〜も来ている。


仕事が終わればいつも速攻で帰宅するから、

なかなか飲み会にも行けない私にとって、

今日は皆んなとワイワイできる。

それだけで楽しい。


野菜を切ったり肉を分けたり、

職場のおばちゃんらが持ち寄った

漬け物やらチクワやらを紙皿に取り分け、

あらかた準備が整ったら焼きはじめる。


呑んべえが多い土地柄だから、

まだ食材が焼けていないうちから乾杯になり、

お酒やノンアルで喉を潤した。


コンロは横並びにいくつかあり、

その周りに自然とグループが出来上がっている。


だけど開始してしまえば、

自由にあっちに行ったりこっちに行ったりして、

いつのまにか社の垣根を越えてごちゃ混ぜになった。


するとブリロックンの社員でもある

うちの三男の大三たいぞう兄ちゃんが、

私を見つけやって来た。


「おぉ!ここにおったか」


「うん」


「そういやぁお前、なんで今年は来たと?いつもんかったじゃろ」


「まぁ……うん。10年賞もらったけん」


「ふ〜ん。もうそげんなるとか。まっ、飲みすぎんなや?」


「そっちこそやろ」


大三兄ちゃんは私と違って社交的だ。

だいたい誰とでも仲良くできる。


現にこっちの人達とも顔見知りで、

こういう機会しか会わないくせに

私より溶け込んでいる。


私はと言うと、

いつも決まったメンバーとしか話さない。


他の人とも話すは話すけど、

それは必要最低限だけで、

何でもない会話をするのが苦手な方だ。


だから飲み会や合コンに行っても、

何となく疎外感を感じてしまい、

二次会などに行くことはない。


最近は誘われても、

家のことを理由に断るようにしていたし、

そもそも行きたいとも思わなくなっていた。


人付き合いは、

少なければ少ない方がいい。


デラックスこと小野寺さんもたぶん同類で、

さっきから誰とも話さず、

食材を焼く係に徹している。


普段は苦手な人。

というかはっきり言って嫌いだけど、

こう考えてみると

少しだけ親近感がわいた。


「お疲れ様です」


「お疲れ様」


いつもなら絶対に近づかない人の隣に立ち、

私はひたすら

焼けた肉や野菜を皆んなに取り分けた。


小野寺さんは

こんな時もきちっとしていて、

肉や野菜が焦げないように

場所を移しながらテキパキしている。


しかも自前のコンロまで持ってきていて、

そこでは焼き鳥も焼いている。


「ほれ生島さん!ちゃんと見よらんの!焦げてしまうばい!」


「すいまっせん……」


なんでかな。

いつもならカチンとくるのに、

今日は不思議と受け流せる。


他の人達もそうなのかもしれない。

普段は黙々と作業をするだけで、

いつ会っても冴えない顔をしているけど、

今日は皆んな気さくで明るい。


こうして見ていると、

新しい顔ぶれが増えた。


少し前まではうちらが1番若い方だったけど、

もっと若い人達が増えた。


そりゃそうか。28だもんなぁ。


うちとさっちゃんは、

たくさんいた同期の中からは完全に行き遅れた。

同級生もほとんど片付いて、

このままいくとうちらは、

一生独身のままだと

時々2人でなげいている。


「あれ?そういや、紗智子さちこは?」


にっし〜がそんなことを言って

キョロキョロしている。


ほんとだ。

いつの間にかいなくなってる。


「どっかにおるとやろ?」


さして気にもならなかったけど、

そういえば……と思い出し、

咄嗟にさっちゃんを目で探した。

するとさっちゃんが走って戻ってくる。


「千織〜!!」


「もうっ!どこに行っとったと?」


さっちゃんは息を切らしながら、

遠くを指さした。

その方角に視線を移すと、

が佇んでいた。


「……!」


「ねぇ。あん人?あの白Tに水色のシャツ。下は黒パンツの!」


「何でわかったん?」


「何言いよん!ウチ、絶対見つける言うたやろ?やけん色々偵察した結果、あん人やて思ったばい!やっぱそうね?ウチ、すごかろう?」


さっちゃんの洞察力に脱帽。

てか目ざとい。目ざとすぎる……。


さっちゃんに伝えていた手がかりは、

ウチらよりちょっと年上(たぶん)

細身、短髪。直毛。

身長はそこまで高くはないけど低くもない。

こっちの言葉ではなく標準語(たぶん)

仕事中はヘルメットをかぶってる(たぶん)

金髪の図体ずうたいも態度も大きいやから

標準的なアラフォーくらいの男性と一緒にいたこと。


そんな抽象的な手がかりしか伝えてないのに、

よくもこの大勢の中から探し当てたと、

彼女の隠れたポテンシャルに感動している。


「さっちゃん、あんた今からでも探偵にならん?」


「はぁ?何わけわからんこと言いよーと!それよりも、こうなったら今日中にお近づきにならな!」


「え……。そんなんよかよ。第一うち、別にあん人とどうこうなりたいち思うとらんし」


そう返すも

さっちゃんの耳には入っていない。


「ちょっと待っとって!なんとかして連れてくるけん!」


さっちゃんは水を得た魚のように、

に行ってしまった。


気持ちはありがたいけど、

こういう女友達のお節介は、

往々にして破滅の始まりだ。


さっちゃんに引っ張られてきたその人は、

私に気づいて「あっ」と言った。


「あ……どうも……」


「どうも」




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