第23話[神殿の贅沢な土産]

 「『ウエイトマナ』デバフがついているものは、デバフの時間が切れるまでリスポーンの安全地帯で待機! 生きてるタンクは2人ずつで攻撃をパリィし続けろ!」

 

 エルラドがレッドドラゴンの側面に回り込みながら攻撃隊に指揮する。安全地帯はレッドドラゴンが暴れているホール状の部屋の入り口に設置されている。

 そのまま戦うとダメージをより多く受け、相手にはダメージがろくに与えられない『ウエイトマナ』という死亡ペナルティのデバフ。これが解除されるには5分ほどかかる。その間は安全地帯で待つしかない。

 レッドドラゴンの残りHPは28%。攻撃隊の半分以上は安全地帯にいる状態なので、タンクは3グループのみで必死に攻撃を受け続ける状況だ。


 レッドドラゴンは爪攻撃とブレスのモーションを繰り返して猛攻し続けていた。


「ねえササガワ!」

 俺がポーションで持続回復して次のタンク順を柱の影で待っているところにスウが忍者の如く現れる。

「何だこんな時に、ウィズの担当はHPを削る事って言われただろ」

「あのドラゴン『虚弱デバフ』が入るみたいなのよ!」


『虚弱』のデバフ。持続時間は10秒といったところだが、瞬間的に相手の防御力を落とすデバフだ。

「デバフを付与するタイミングを教えろって事か」

「そうよ!」


 虚弱を入れるならラッシュをかける時。件の、三等星のヘルバーストがヒットする瞬間にかかっているのが望ましいだろう。

 ラッシュをかけるのはネームドモンスターの基本だ、最後は全てのスキルを惜しまずに一気に削り切る。それが20%からか、5%からか、3%からなのか。それを判断するには材料が少ない。そしてその判断は攻撃隊のリーダーに任されるだろう。


 俺のタンク順が回ってくる。レッドドラゴンの前に立ち、もう一人のタンクと息を合わせて盾でブレス攻撃を防ぐ。


「最後のラッシュは何パーセントから削るんだ!?」


 側面から剣を振りダメージを与え続けているエルラドに問う。ブレスでほとんど視界がない中、指揮をしながら自らも参戦するとは恐ろしく手練れだ。


「……9%だ! あと4%後に全員でアタックする! 安全地帯の人達もそのタイミングで一斉攻撃してくれ!」


 続けてエルラドは俺の方を見て問いかける。

「ササガワさん、君は時間を稼ぐと言いましたよね? 何発までんですか?」

 これは正確には質問じゃあない。俺にラッシュ時のタンクを一人でやる事を依頼してきているんだ。


「10回……いや、12回か」

「わかりました」

 エルラドは回数に言及することも俺にタンクを願う事もしなかったが、俺がラストアタック時のタンクを任された事は空気感で分かった。

 徐々にレッドドラゴンのHPが堅実に削れていく、12%、11%……。


「今だ、一斉攻撃! リスポーン地帯にいる人も全員だ!」

 残り9%に入ると共にエルラドが叫ぶ。

 俺は同時にレッドゴラゴンの前面に飛び込み、モンスターヘイトを瞬間獲得するスキル『プロボック』を発動した。

 インターフェースにレッドドラゴンの残りHPが浮かぶ。


「何だ……!?」


 物凄い勢いでレッドドラゴンのHPが回復していく。すでに14%、こちらの削りを凌いでさらに回復していく。 これは与えるダメージと持続回復のレース……MMORPGではDPSチェックと言われるものに近い。回復量を超えてダメージを与え続けなければ相手は倒れない。


 敵の攻撃に合わせて盾スキル、『ガーディアン』を発動する。一瞬だけだが、敵のダメージを80%減衰させるスキル。ただしMPが2割ほど持っていかれるので、MP回復ポーションを叩きながらでも10回しか使えない。


 

 ふと視界に入ってくるエルラドが何か手をあげて指示しているが、声が聞こえてこない。

 おそらくギルドチャットだ。総員50名のうち20人ほどがギルド[御伽集落]。奴は彼らだけに聞こえるチャットで何か指示している。

 それと同時に[御伽集落]のプレイヤーが動いた。


 所詮攻撃隊の人は野良のパーティーの集まり……信用していないという事か、又は最後に頼れるのはギルドメンバーという事だろうか。


 連携の取れた攻撃で、ボスの持続回復量を超えてレッドドラゴンのHPが一気に減っていく。

 俺の『ガーディアン』が使える回数は残り1回。

 ドラゴンの左側から、スウが放っていると思われるデバフスキルの魔法が尋常じゃない速度で発されるのが見える。攻撃速度が早すぎるのか、挙動がおかしいのですぐにわかる。頼むぞ、『虚弱』デバフ。


 そして俺のMPが尽きた。


「おい! もうダメージ受けが限界だ! 俺が死んだらそっち側に範囲攻撃が降り注ぐぞ!」


 エルラドは攻撃回数を数えていたのか、俺が叫んだからかわからないが、今だと言わんばかりにドラゴンへ飛び込み、何かを放った。

 同時に放たれる三等星が詠唱したヘルバーストの大爆発。


 目の前が光に包まれ、視界が奪われる。



【ダンジョン:鴻大こうだいなる神殿セイントメイズをクリアしました】

 インターフェースに大きくダンジョンのクリアが表示された。


「やったのか……?」


 というのも俺はボス部屋のリスポーン地点に飛ばされていた。つまり死んだのだ。盾スキルの回数を使い切り、生身でダメージを受けた瞬間にレッドドラゴンが倒れたということだろう。

 奴は、エルラドはこれを計算に入れていたのだろうか。どちらにせよ、一回目でこの規模のボスを攻略できる指揮力は認めざるを得なかったが。


 おそらくエルラドはんだ。


 ボス部屋の中に戻ると、お祭りのムードだった。皆が喜び、初討伐した特有の空気に包まれている。この達成感が何事にも代えがたいのは確かだな。

 スウが走り寄ってきてドカドカと蹴飛ばしてくる。

「やるじゃないササガワ! あいつの攻撃をソロタンクするなんて聞いてないわよ!」

「蹴らないでくれ、頑張ったんだから労ってくれよ」

 テンションが上がっているのか、いつもより多めに蹴られる。おじさんを蹴らないでください。


「ササガワさん、お陰様でしたよ」

 青黒い鎧の男、エルラドが近づいてくる。構えていた漆黒の両手長剣は仕舞われ、最初に握っていた双剣が背負われている。


 何となく気に障ったが、今空気を悪くしても仕方がない。


「さすがの指揮だったと思うよ」

「そうそう! 戦いながら指揮なんてめっちゃ凄いわ! エルラ……ドさん!」

 今ちょっと名前覚えてなかっただろ、スウさんよ。


「こんな所で言うのもなんですが、良ければギルドに入りませんか? ソロのようですし、あなたとはうまくやっていける気がします」


 お祭りムードだった俺の気持ちが、一瞬で現実に戻されるようだった。

 俺が[御伽集落]に入る? こいつらと共にMYO(みょー)を歩んでいくのか……?



 答えは決まっていた。



「お断りだ。俺はあんたに昔ギルドを潰された。それを忘れちゃいない」

 その瞬間エルラドは悲しいような、虚しいような表情を見せた気がした。

「そうですか。やはりそう捉えられていましたか」

「そう捉えて……?」


 エルラドは少し間を置き「また会った時にでも」と言って、出口の青い渦へアクセスして去っていった。

「焦った〜あんたがあの[御伽集落]ギルドに入るって言い出すかと思ったわよ」

「入ったらなんか都合悪いのか?」


 スウは両方の手を腰に当て、ドヤ顔で言う。

「強い奴を倒す方が、楽しいじゃない!」


 そのドヤ顔に、何だか救われたような気がして俺は笑った。


 俺とスウ以外が全員ダンジョンの出口から出ていった頃、ボスモンスター討伐後の均等分配になっていたアイテムが、周辺に大量に転がっている事に気づいた。

「何よこれ? みんなアイテム拾い忘れてるけど……? 期限切れで誰でも拾える権限になってるじゃない、もったいない」


 そう言ってスウがアイテムを1つ拾うと、変な動きをしている。

「なによ……これ……めちゃくちゃ重いわ……」

「重い?」


 最大重量の限界を超えているのか、その場で動けなくなっているスウをほったらかして俺も一つ拾ってみると、その素材アイテムは[所持重量限界上昇]にスキルツリーを振っていないと1つも持つ事ができない設定の重さだった。拾えずに帰っていったのだろう。


「この重さあんたなら……」


 スウがそれだけ言った時点で、俺がやる事は決まっていた。


 俺はインベントリに入っているポーションなどの消耗品、他の不要な品を全てその場に捨て去り、重量の限界までその素材を拾い集めた。


「じゃ、とりあえずこの素材を街で売り捌きますか」

「最高ね」


 俺が捨てたポーションを勿体無いといわんばかりにかき集めるスウを待ってから、二人してダンジョンを後にした。

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