第2話[おじさん、ナイトになる]
◆
MYオンライン(みょー)の公式トレーラームービーをプレイ前に見た事がある。
物凄い大剣を振り回すスキル、氷の槍が飛び交う魔法、空から降り注ぐ矢。
デカいモンスターの攻撃を回避しながらの接戦。
ダンジョンのボスをパーティーで攻略するシーン。
最高に格好いい。俺もここに行くぞ! ここが俺のいるべき世界だ!
そして今。その格好良いレベルに行き着くまで、もう少しかかる予定です。
◆
初期リスポーン地の噴水の広場で周りの景色を見ていると画面、というか目の前にインターフェースのホログラムが多数表示されている事に気づく。
要塞の街ルーレンサ……これがこの街の名前かー。
先ほどは思った事を口にしてしまい、「一般チャット」システムが俺の脳内の発言を表に出してしまった事に気づいて、しばらく恥ずかしい思いをした。
これは何か設定で切り替える事ができるようではあるが、どの程度でチャットとして認識されるのか興味があるのでこのままにしておく。
左上には名前とHP、MPバーなどキャラクター情報が並んでいる。
俺のキャラ名は、「ササガワ」だ。死にそうなサブキャラみたいな名前だって? 誰もが主人公になれるわけじゃあないんだ、がっはっは。
これはいわゆるキャラクター名だ。本名由来だが、苗字っぽい名前は案外人に覚えられるので昔からこの名前を使っている。
キャラクターの名前は近づくと頭上にHPバーと共に表示されている。周辺にいるプレイヤーを見ると比較的まともな、ゲームや漫画に出てくるキャラクターのようなテイストの付け方が多く見られた。
昔はX名前Xのように何かと記号の間に囲んでみたり、いかがわしい名前をつけて歩いてる人もいたなぁ……と思い出す。
指の動きでインターフェースを呼び出す事ができるようだ。スマートフォンで何年も触っていたのである程度馴染みがある動きだ。他にも文字入力用のキーボードを出したりもできる。アイテム検索などに使うようだ。PCでカタカタと打っていたのも悪くはなかったが、これはこれで面白い。
普通は操作についてのチュートリアルがあるものだろうが、このゲームは何せ昔のゲームがベースになっており、そういったものは存在していないようだ。だが俺としてはそこも含めて、自分で発見できる楽しみがあって嬉しい所だ。
現在MYオンラインは「オープンβテスト」という期間で、まだ月額制や課金のアイテムが存在しない時期にある。
以前には「ファミリーテスト」と呼ばれる一番最初の選ばれし100人によるプレイテストが行われ、その後に1万人を募り、サーバーの耐久テストを兼ねた「クローズβテスト」が行われた。
俺は手前の2つどちらにも落選し、人数制限の無いこのオープンβが始まるまで攻略や紹介をしている動画やウェブサイトはなるべく見ないように我慢して過ごした。
その実仕事を辞める事で揉めていたワケだが、その話はまた別の機会としよう。
故に俺にとってこのゲームは、ここからが完全なるスタートだ。この世界のゴールやクリア目標はわかっていないが、大抵のオンラインゲームにクリアは存在しないからな。
オープンβテストで生成したキャラクターは、正式サービスにそのまま引き継がれるというので、慎重に育てていきたいと思う。
それにしても周りの人数が多い。サーバーがオープンして半日以上経ってからゆっくりとログインしたが、街には今始めたプレイヤーが次々とログインして来ている。
動いている人は同じような服を着ている人ばかりなので、おそらく殆どが初心者プレイヤーなのだろう。これじゃあ現実で約束しててもゲーム内で会えないなんてこともありそうだな。
噴水の前にぼへーっと突っ立っているとほどなくして男が声を掛けて来た。
「よう、あんた初心者か?」
声をかけて来た男はいたってノーマルなテンプレ顔を使ったようなアバターで、茶髪短髪のそこそこなガタイ、そしてイマイチ感情を感じられない不思議な男だった。
「初心者はまず職業の初期設定をするんだぜ、キャラクターステータス欄を開いて……」
こちらが何も返答をしないのに教えてくる。いるよなあこういう世話焼きな人。しかし職業の初期設定をしなければならないのか……。
言われた通り設定画面を開いているとその男はニコニコとしている。ちょっと気味が悪い。
「あとはなんとかできるから、ありがとう」
と言ってみるが、離れていこうとはしない。職を決めるまで動かないって事か。パーティーメンバーでも探しているのだろうか。
画面に表示されている初期職業はナイト、ウィザード、アーチャーの3種類だ。単純で大変わかりやすい。近接、魔法、遠距離弓攻撃といった所だろう。
迷わずにナイトを選択する。俺は今までのゲームは全て、ナイトのような近接の前衛を選んでいたからだ。
【ナイトの運命を選択しました】
ナイトの表示を押すとすぐに職業が確定した。ログインした時からずっと出ていた画面だったが、周りの景色を見ることに夢中だったからな。
「これであんたも立派なナイトだな! がんばれよ!」
男はそう言うと、ログアウトのような挙動で霧散するように消えていった。
そうなってやっと気づいたが、彼はチュートリアルキャラで、NPCだったのだ。
彼に感情を感じなかったのはそういう事か……。きっとプレイを始めてから一定時間職を決めないと誘導するNPCが現れるのだろう。これが現代ゲームの常識なのかもしれない。
◆
インベントリを開いて気付かされた事実がある。
所持金[0テレア]
「えぇー」
と、つい声が漏れる。上を見るとチャットが表示されていた。
しかしながら嘆いても所持金がゼロということである。
今時どんなゲームでも最初にお小遣い程度は手元に入っているもんじゃあないのか? と思ったが、確かに昔のオンラインゲームは所持金無しから始まる事も珍しくはなかったのでそれで納得するとしよう。
インターフェースをチェックしていくと、ステータス画面には装備品欄が出ている。この装備の枠におそらく手に入れた武具を入れれば装備されるという事だろう。
装備できる部位で現状わかる限りは、防具が5部位(頭、胸、腰、手、足)、武器(右手、左手)、アクセサリー(ネックレス、リング2つ)。
が見て取れる。後数個何かが入る欄があるけれど、何を当てはめるのかわからないので、そのうち手に入るアイテムのいずれかだろう。
取り急ぎ今装備されている物は右手装備の[ダガー・等級:ノーマル]のみである。
「これだけかよ……」
せっかくナイトになったというのにダガー1本のみとはなかなか不親切なもんだ。この鬼畜な感じがたまらない。
そう思いながらもダガーを引き抜いて空にかざすと、べらぼうに格好よく見えてテンションがあがる。
周りを見渡すと、服の上に防具を身につけている人を見かけるので、おそらく装備品が外観に反映されるタイプのゲームなのだろう。人々は見た目が強そうな人を頼るものだし、俺も早く格好のいい装備を揃えたい! この先手に入る物に期待値が上がる。
要塞の街ルーレンサはおそらく初期リスポーン地点だから人が多いのは理解できるが、このゲームは全プレイヤーが同じサーバー、同チャンネルに存在しているようだ。昔ではとても考えられない巨大なキャパシティに驚かざるを得ない。東京の通勤ラッシュ並みの混み具合になっている街は、まさに望んでいた光景とも言えるので気づくといちいち感動してしまう。
それにしても、思いの外キャラクター外見は男キャラクターが多い。MMOと言えば一時期はほとんどが女性アバターが占めるような状況だったが、このゲームは脳と体感的に繋がっているからか、心理的に同性のアバターを使いたくなるのだろうか。
かくいう俺も男アバターで年齢は現実よりかなり若く作った。赤髪で20歳程度の主人公系男アバターである。我ながらうまく作れた噴水の水に反射する顔を見ながら少しニヤけた。
これから格好のいい装備のナイトに仕上げていく事に期待を膨らませながら、街の商店が見える方向へ歩き出した。
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