天ヶ室学園


「────冬明けとはいえ、まだこの時間は冷えるな」



 人通りの少ない道を歩きながら、独り言ちる。

 時刻は午前5時50分。さすがにまだ通勤の人影も少ない。


 今日は高校の入学式だ。

 通学には電車を利用するが、歩行時間含めて着くまでには1時間弱かかる。

 新入生の集合時間は8時45分。登校には明らかに早すぎる。が、これには理由があった。



「改めて見て回るにしても、全部は絶対無理だ。高等部のエリアだけ……なら、いけるよな?」



 そう。とある事情から、入学式前に学園内を見て回ろうと考えているのである。


 一応入学前に何度か訪れて確認はしているのだが、確認というものはすればするほど良いものだとこの少年は考えている。


 なお、彼には今日同じ学園に入学(厳密には高等部に内部進学)する半同棲状態のような相手が一人いるが、「早すぎ。ご飯は作ってあげますが、一緒には行きません」と断られている。



(…久しぶりに日付変わる前に寝られたからかな。調子が良い)



 そんなことを考えながら電車に乗り込み、最寄り駅の到着時間より少し前に目覚ましをセットして、目を閉じた。










 私立天ヶ室あまがむろ学園。


 国内最大規模のグループ、「天ヶ室財閥」が所有し、管理・運営を行っている学園である。

 天ヶ室財閥は、電子系にめっぽう強い企業を多く傘下に持っている。第三次大戦後の国内の成長に大きく貢献し、その力を拡大したという背景がある。


 そんな天ヶ室財閥所有のこの学園は、国内トップクラスの偏差値を持つ。それゆえ、非常に難しい入試に合格したエリートしか入学を許されない。多くの有力者、著名人の子息が通っているが、彼らとてその例外ではない。


 言うまでもなく、少年が今日から通うことになる学校だ。彼は高等部に外部入学する形となる。



「……おっ、もう使えるんか! 助かるわぁ~」



 学園の門をくぐるとすぐに目に入る、何台かの小型車両。その一つに学生証をかざすと、ロックが解除され「お乗りください」とアナウンスが流れた。


 これは学生間で『アマタク』の通称で親しまれている4人乗りの超小型車両だ。『天ヶ室タクシー』の略らしい。

 乗り込んで、高等部の第一校舎を目的地に設定する。


 この『アマタク』の存在から分かるように、天ヶ室学園はとても広い。高等部だけで校舎が4つもある。



 アナウンスで到着を知らされ、アマタクから降りる。



「よし。とっとと見て回ろ」



 そうして少年は高等部エリアの散策を始めた。
















「…まぁ、これが普通よな」



 あらかた見て回った後に、そう呟く。


 以前見て回った時と変化はなかった。まぁその「以前」はほんの数か月前なので、当たり前と言えば当たり前なのだが。



「しかし凄かったな。やっぱり運動部は大変そうだ」



 見て回る中でグラウンドや体育館、その他運動設備がある場所で、部活動に所属していると思しき生徒たちが練習をしていたのだ。

 天ヶ室学園は部活動も盛んで、あらゆる分野において高い実績を納めている側面も持つ。



(そういや二月ごろか。ここの女バスの子が変なのに絡まれていたような)



 ぼんやりとそんなことを思い出す。あの時は疲れ果てており、どういう対応をしたのかすら定かではない。ひょっとすると関わってさえいなかったかもしれない。



(…ま、いいや。教室行こ。俺のクラスは確か───)
















「……分からん。どこだろ」



 自身が通うことになる教室に到着し、中をしばらく見て回った後、少年はそう呟いた。


 黒板にはデカデカと「高等部入学おめでとう!」と、様々なイラストと共に書かれている。

 しかしそれ以外は特に何もない。


 席が分からないのである。



「どうしよっかな」



 新入生の集合場所は、自身がこれから一年間使うことになる教室である。時刻は8時前。クラスとその教室は事前に通知されているが、席に関してはひょっとするともう少し経ってから公表されるのかもしれない。


 テキトーに座っても良いだろうが、万が一知らんヤツが自分の座席に座っている場面を見たら、見てしまった相手はどう思うだろうか。



「…まぁいっか」



 結局少年は窓を開け、その窓のさんに座って本を読み始めたのだった。
















「───はぁ」



 廊下を一人、早足で歩く少女がいる。


 彼女は去年まで中等部の生徒会に属していた。

 その影響か、今日から高等部の生徒になるから、と高等部担当の教員に教室の開放を任されてしまったのだ。



「…結局ついて来てくれないし」



 同居状態で世話をしている同級生に手伝いを頼んだのだが、「嫌だよ。面倒くさいし」と取り合ってすらもらえなかった。



(でも、やっと次で終わりだ)



 最後に確認する教室は、これから一年間自分が通うことになる教室でもあった。

 その教室にたどり着き、息を吐く。


 嫌な疲労感に囚われながらも、少女は生徒証をかざす。が──



(あれ、開いてる?)



 それはつまり先客がいることを意味する。だが、自分以外にこんなに早く来ている生徒がいるのだろうか。


 一応軽く髪を整え、少女は教室の扉を開けた。








 ぶわり、と髪が風に巻き上げられる。

 反射的に目を瞑り、手をかざす。

 風はすぐに収まり、少女は目を開けた。


 外から入ったであろう桜の花びらが舞っている。

 そして、その桜が入ってきたと思しき開け放たれた窓の桟に、誰かが本を開いて座っていた。



 背の高い、くすんだ金髪の少年だった。



 足を組んだ姿が、妙に様になっていて。

 少女は一瞬、その姿に見惚れた。



 すると少年が顔を上げ、こちらに気付き、何かを言おうと口を開く。

 瞬間、再びふわりと風が吹き───























「あーーーッ! 待って待ってページがぁーーー!」


「………」




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