第11話「皆月さんの一日」


























 朝5時。

 早めに起床して、着替えるついでにシャワーを浴びる。

 その後は日課である全身の肌ケアを済ませて、それが終わったら前日の復習をするため机に向かって、朝の勉強は早々に終わらせて、時間を見計らって朝ご飯を作るために台所へと立った。


「今日は何にしよっかな」


 冷蔵庫の中身と相談しながら、簡単なメニューを組み立てていく。

 …うん、シンプルにおにぎりでも握ろ。

 さっそく、料理とも言えないような簡単な作業を始めた。


「おはよー」

「おはよ…」

「おはよ、お母さん、紅葉。朝ご飯できてるよー」


 起きてきた家族と挨拶を交わして、ちょうど出来上がった料理を運んで、三人で食卓を囲んだ。

 一日の簡単な予定なんかを伝え合って、あとは最近の近況とかも軽く話して、その後は紅葉の学校の身支度を手伝う。


「ほら、靴下ちゃんと履いて。それじゃあ脱げちゃうよ?」

「もう〜…そのくらいひとりでできるよ。過保護」

「それなら最初から自分でやりなさい。まったく」


 最近は反抗期に入りかかっているのか、以前よりも生意気な紅葉に軽く注意の言葉を投げながらも、なんとか時間に合わせて玄関先で見送った。

 朝食の食器の片付けやら洗い物やら、洗濯物、掃除と…ひと通りの家事を済ませてから、ようやく居間のソファでひと息ついた。

 ……今日は天気が良いから、お布団でも干そうかな?そろそろ夏だから衣替えもしないと。

 窓から差し込む朝日をぼんやりと眺めながら、穏やかな気持ちで一日の予定を簡単に頭の中で組み立てていく。


「ふぁ…あ、ねむいなぁ」


 窓際のソファで陽の光に当たりながら考えごとをしていたら、抗うのがちょっと難しいくらいの眠気が襲ってきた。

 今日は大学も午後からだし、このまま寝ちゃおうかな。大学4年になってから講義もだいぶ減って…助かるけど暇なのは嫌だな。

 最近、とある理由があって寝不足だったから…時間がある時に少しでも寝といた方がいっか。

 そう判断して、あまり広くはない自分の部屋へと戻る。服を全部脱いで、セミシングルのベッドの上に、ぽすりと倒れ込むように体を預けた。


「………そういえば…」


 渚ちゃんの顔を、思い浮かべる。

 この間の学祭で久しぶりに会えたのが嬉しくてつい抱きついちゃったけど…いやじゃなかったかな?

 腕に触れた感触を思い出して、思ってたより華奢だった事に改めて驚きつつ、自分の行動の軽率さを反省する。

 あんなにテンション上がっちゃうなんて…わたしらしくもない。引かれてないといいな。

 悶々と押し寄せてくる後悔と戦いながら、後半はずっと顔が暗かった事に胸を痛める。途中、何か嫌な思いさせちゃったかな?帰りも元気なかったし…


「…今日こそ電話で、聞いてみようかな」


 寝不足の原因でもある、渚ちゃんとの夜の通話。

 ほぼ毎日のように掛かってきては、お互い勉強に集中して黙る時間も多いその通話の時間を、わたしは密かに楽しみにしていた。…最近は急に、かかってこなくなっちゃったけど。


 渚ちゃんの声は落ち着くから、好き。


 たまにその声を聞いてると、ついつい眠りそうになっちゃう。でも年上の威厳を保ちたいのと少しでも長く声を聞いてたいっていうのもあって、眠くないふりをしてる。渚ちゃんにはバレてないはず。

 いつもなら通話は、それだけに時間が取られるのが苦手で避けるけど…渚ちゃんは受験生で勉強しながらがほとんどだし、変に気を遣って話し続ける事もないから、気が楽だった。無言の時間も、別にいやじゃない。


「ふふ……こんな風に思えるお友だち、はじめて…」


 バイト先の後輩だから、友達って言っていいかは分からないけど……勝手にそう思っちゃうのは良いよね。

 微笑ましく思って、わたしはいよいよ堪えきれなくなってきた眠気に身を委ね、意識を手放した。
















 少し寝すぎた。

 焦りながら大学へ向かって、なんとか間に合った講義を、安堵しながら聞き終える。

 大学終わりに友人とする他愛もない会話を早々に切り上げて、バイト先の本屋へと向かった。


「ん〜…今日は一緒じゃなかったかぁ…」


 着いてすぐ、張り出されたその日のシフト表を確認して、渚ちゃんの名前がないことに落ち込んだ。最近は、真っ先にそれを確認するのが日課になってる。


「これ連絡先…」

「あ、えっと、ごめんなさい…むりなんです…」

「いいからいいから。受け取っといて」

「やっ、あの…困り、ます…」


 半ば無理やりに握らされた、連絡先の書かれた紙を困り果てて見下ろした。

 渚ちゃんがいれば…と思いかけて、他力本願な自分に喝を入れた。いつまでも後輩に守ってもらうだけなんて、だめだよね。良くない、よくない。

 貰った紙は心苦しく思いながらも、持っていても仕方ないから、帰りに事務所のゴミ箱に捨てた。


「はぁ…つかれた」


 だけど休む暇もない。

 バイトを終えて帰ったら、仕事で帰りが遅くなる母親の代わりに夜ご飯を用意して、紅葉の宿題に付き添いながら勉強を教える。

 家事をひと通り片付けたらお風呂に入って、その後は母親が帰ってくるまで勉強したり、面接の練習に明け暮れて、それをしてる内に帰宅した母親に今日一日の話を報告がてら話した。


 そして夜。


 何もなくなったひとり時間に、わたしは嬉々としてベッドの上で渚ちゃんからの連絡を待った。

 …いつもこのくらいの時間に電話かけてきてくれるもんね。


「………どうしたんだろ…?」


 それなのに今日も、深夜が近づいてきてもなんの連絡も来ない。


「忙しいのかな…」


 中間テストの結果がいまいちだったらしいから、それで勉強に集中してるのかも。いつも約束してるわけじゃないもんね…こういう時もある。しかたないか。

 と、一度は寂しくなった気持ちを落ち着かせた。


「……か、かけちゃお」


 だけど数分して、湧き上がってきた寂しさに耐えきれず、自分から電話をかけた。

 通話ボタンを押して、スマホに耳を当てて、しばらく待つ。


「寝ちゃったのかな…?」


 一向に出る気配はなくて、ほどなくして自動的に、呼び出し中に流れる音楽が途切れた。


「さすがに…寝ちゃったか」


 時間を見る。もう時計の針は0時を超えて、日付を変えていた。

 どうしようもない寂しさに襲われたけど、起きるまで電話をかけるなんて事はしたくないから、大人しく布団へと潜り込んだ。

 やっぱりこないだの学祭で、嫌われるようなことしたかな…?

 不安に思うものの、あまりの眠さに思考はだんだんぼやけていく。

 明日もバイトだ。

 もしシフト被ってたら、謝ろう。


「……仲直り、したい…な」


 喧嘩した覚えはないのに、寝ぼけて自分の願望を口に出す。

 渚ちゃんというお友達を…わたしはどうやら大変気に入ってしまったらしい。

 寝る時にもその姿を頭に浮かべて、意識は徐々に暗転していった。


 数分後に鳴った通知音に、気付きもしないまま。


 わたしはそっと眠りに落ちた。








 

















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