第5話「守るべきもの」
バイト先の後輩⸺友江さんとの電話を切ったあと。
「えらいなぁ…」
素直に感心して、座っていたベッドの上で天井を見上げた。
進路に悩む高校3年生は、なんだかわたしに懐かしいような気持ちを与えてくれた。昔のわたしも、あんな風によく悩んでたな。
わたしと違って凄いと思うのは、友江さんが真っ直ぐに未来と向き合って考えてるところだ。将来安定して稼げればいいや…なんて当たり障りなく無難に決めてしまったわたしには無い真面目さは、年下ながら尊敬の念を抱かせてくれた。
「ふふ…わたしも頑張らなくっちゃ」
若さと真面目さに影響されて、さっそく面接に関する本を手に取る。
就職も始まりつつある今、彼女からの刺激はわたしにとっても助かるものだった。こうやって意欲に繋げられるのはありがたい。
「……渚ちゃん…か」
ふと、スマホがお礼のメッセージを受け取った音を鳴らして、画面に表示された名前を呼んでみる。
彼女は不思議な子だ。年頃の女の子みたいに進路に悩むけど、ちゃんとこうして律儀にお礼の言葉を伝えてくれて…
子供みたいな泣き顔が、頭に過ぎる。
「………かわいかったなぁ…」
どこか大人びた子なのに、あんなに幼く泣くんだと、改めて思い返してもびっくりした。
自分が感受性豊かである、という自覚はあって…だから今までも他の人が泣いてる姿を見たら、ついついもらい泣きしちゃう時も多々あった。
だけどあの時は…そういうんじゃなかった。
いつも怖いような男の人からのお誘いからさり気なく守ってくれる彼女に対して、今度はわたしが守りたいな…なんて思ってしまった。
だから困っていたら助けてあげたいし、悩んでいるなら力になりたい。相談相手に選ばれたのは、嬉しい事だとも思えた。
…入れ込みすぎかな?
わたしにしては、珍しい。普段はこんなに、他人に興味も
「…ごはん、たべないの?」
少しして、心配そうな顔で部屋に入ってきた幼い姿に、口元が緩む。
「ごめんごめん、忘れてた」
「もう…はやく食べないと冷めちゃうよ?」
「今行く〜、一緒に食べよ」
立ち上がって、自分に似たその子の肩に手を置きながら部屋を出た。
「さびしかったんだからね。はやく食べるよ」
食卓を囲んですぐ、拗ねた顔を向けられる。
渚ちゃんって…この子に似てるのかも。
普段はしっかりしてるけど、子供っぽく感情を出す時もある。子供が好きなわたしからしたら、そりゃ可愛く見えてしまうのも当たり前か。
だとしたら…妹みたいなものかな。
母性本能をくすぐってきた彼女の泣き顔を思い浮かべながら、自分の作った料理を口に運んだ。
「ん、おいしい。紅葉はどう?」
「うん!おいしいよ!」
にっこり笑いかけてくれる幼い笑顔に、心の中で改めて、無難だけど安定を選んで間違いはなかったと確信を持った。同時に、就活に対する大きな意欲も湧いてくる。
この子のために…なんとしてでも、安定した仕事に就かなきゃ。
恋愛とかは、この子がせめてもう少し大人になるまではいいかな。…そもそも、そんな事に使ってる時間がもったいない。よく分からないし。
今は、とにかくバイトして少しでも稼がなくちゃだ…就活も待ち受けてる。やる事はたくさん…恋愛なんかにうつつを抜かしてる場合じゃない。
渚ちゃんの存在が、頭の片隅へと消えていく。
わたしにはもう、守るべきものがある。
目の前のその存在⸺紅葉を見て、余計な雑念はなるべく心の底へと押し込めた。
「電話なんてめずらしいね」
「うん…ちょっとね」
「………彼氏?」
その言葉に、頭の隅に置いておいたはずの渚ちゃんの事を思い浮かべる。
「まさか。バイト先の後輩だよ」
「ふぅん…おとこ?」
「女の子。すっごく良い子なんだよ?敬語だとちょっと冷たい感じがするんだけどね、意外と気さくで話しやすくて…」
つらつらと。
渚ちゃんの話をし始めたわたしを、
「…………なんか、たのしそう…」
どうしてか拗ねた目を向けて、紅葉は不満げに呟いていた。
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