第4話「電話相談」
『お友達に聞いてみるのもいいかもしれないね』
という
「私は進学だよ。都内の音大行く」
「うちも進学、美容の専門学校。美容師になりたいから」
「私は地元の私立大に行くかな。やりたい仕事は特にないけど…大学いる間に資格いくつか取ろうと思ってるよ」
友達数人に聞いたら、各々けっこうしっかりした未来設計図を持っていて内心焦る。落ち込みもした。
みんなもう進路決まってるんだ……話を聞いた感じ、圧倒的に進学率が高い。就職を希望する人は、私の周りにはゼロだった。
って考えたら…私も進学が無難なのかな。
「大学かぁ…」
家に帰ってひとり、暇つぶしがてら勉強していた手を止める。
行くとしたら…やっぱり、皆月さんが通ってる大学かな。誘ってくれたおかげで、今度実際に大学の雰囲気も見に行けるから、それで自分に合えばそこが良いかも。というか、考えなくて済むから楽だ。
皆月さんの通う大学名をノートパソコンに入力してみる。
画面上に表示された案内をクリックして、ホームページへ飛んだ。…載ってる画像の建物は比較的新しくて、綺麗そうだ。
見ていても心惹かれない、よく分からなかった大学のホームページは早々に閉じて、今度は一番気になっていたものを検索してみた。
「…げ。やっぱり偏差値高いんだ」
表示された数字に、思わず嫌な声が出る。
頭いいとことは分かってたけど、想像以上に現実は残酷な数字を提示してきて、部屋でひとり頭を抱えた。
別に私はそんなにバカというわけでもなくて、成績は程々に良い。だけど、あくまでも程々…学年全体で言えば中の上くらいだ。
それに対して行こうかと心動いた皆月さんの通う大学の偏差値は上の位に位置するもので、心はまた降り出しに戻って絶望に染まる。希望の光は早々に消えかかった。
「今から頑張って行けるかなぁ…」
……そもそも、行けたとしても皆月さんはもう卒業していてこの大学にはいない。
それなのに頑張って勉強して行く意味あるのかな?と心の中にやさぐれる思いが宿った。楽しいキャンパスライフも、皆月さんがいないと意味がない気もした。
「はぁ…どうしよ」
他の大学にする?いやでも…地元にある私立の大学は偏差値が低すぎて、将来の就職に向いたところではない。ただ、大卒という資格を手に入れたいだけならちょうどいいところとも言えた。
学部とか…全然どうするかとか決まってないし、幸い親も学歴を気にするタイプじゃないから、私立でもいいかな。就職もあり。なんてまた迷う気持ちが湧いてくる。
皆月さんも高校生のうちに、こんなに悩んだのかな。…あの人は意外と芯が強いから、こんなにグチグチ悩まなそう。
不意に浮かんできた穏やかな笑顔に、ついスマホを手に取った。
連絡ツールのアプリを開いて、美味しそうなショートケーキの画像をアイコンにした皆月さんのアカウントをしばらく眺める。甘いもの好きなのかな。
「……話したいな…」
モヤモヤとしたこの悩みを誰かに打ち明けたくて、
「…出るかな」
眼下にあった通話ボタンを、ポチリと押した。
『…はぁい、もしもし?』
数秒してすぐに出てくれた事にたじろぎながら、いつものおっとりした口調に心を落ち着ける。
『どうしたの?』
「あ…いや、その。進路のことで」
『あぁ、うんうん。…ちょっと待っててね、今ね、料理中なの』
確かにスマホのスピーカーからは何かを炒めるような音がしていて、言われた通りしばらく大人しく待った。
料理とかするんだ…意外、なわけもない。
見るからに家庭的そうだもんなぁ…と、スマホを耳に当てながら天井を仰ぐ。料理中なのに気付いて出てくれた事を、ほのかに嬉しく思った。
『ごめんねぇ…おまたせ』
「あ、大丈夫ですよ。すみませんこれからご飯って時に…」
『いえいえ。気にしないで?……ごめんー、先に食べてて。わたし部屋に行っちゃうから、何かあったら声かけてね』
誰かといるのかな。後半は私に向けられてない発言から推測する。
………もしかして、彼氏とか?
鼻にかかるような甘い声で話しかけていたのを聞いて、初めて皆月さんに男の気配を感じた。あんなにも男慣れしてなさそうな感じだったのに、やっぱり付き合ってる人とかはいるんだ。モテるし、いても当たり前か。
ひとりで勝手に推測して、答え合わせもしないまま、また勝手にひとり納得する。
『それで、どうしたの?進路について…だったよね』
部屋に戻ったらしい皆月さんが、気を取り直して聞いてくれる。
そこからは、他愛もない雑談も交えながら皆月さんの通う大学についてとか、どのくらい勉強したら行けそうとか、けっこう本格的な相談もした。
彼女はずっと、「うんうん」と真剣に相槌を打って聞いてくれていた。
「とりあえずは、こないだ誘ってくれた学祭は行こうと思ってるんですけど…なんだか気が重くて」
『そんなに重たく考えなくていいよ〜。その日は気軽に、本当に遊びに来るつもりでおいで?』
「遊びに…」
『うん。遊びに来たからって言って通わなきゃいけないわけじゃないから、大丈夫だよ?うぅん、そうだな…選択肢のひとつくらいに思ってほしいな。…気楽にね』
きっと私に気を遣って、言葉を選びながら話してくれてるんだろう。
その優しさに、胸がじんわりと熱くなる。
スピーカー越しに聞くと、皆月さんの声はいつもより落ち着いていて、大人の女性の雰囲気をまとっていた。普段からもお姉さんって感じだけど…今日はより、お姉さん感が強い。
「ありがとうございます…」
『いーえ。…なんだか懐かしいな』
「懐かしい?」
『うん。わたしもそのくらいの時期は、よく悩んでたよ』
「それは…意外です」
『そうかな?……本当は就職しちゃおーって思ってたんだけど、色々考えて進学にしたの』
「…色々?」
『うん。大学に行っておけば、その後の人生の選択肢が広がるかなって。……ちょっと大変だったけどね、お金とか』
うっすらと感じていたけど、もしかして皆月さんの家って…裕福ではないのかな。安定志向だったり、お金の大変さを知っていそうな発言から、彼女の気苦労みたいなものが端々に見えた。
そう考えたら、私は恵まれてる方だ。親は進学にしろ就職にしろ、応援してくれてる。過保護気味ではあるけど。
『迷うなら、行った方がいいのかな?って思うよ』
電話の向こうで、皆月さんは話を続けてくれる。
『しない後悔より、する後悔の方がいいもの』
穏やかな中に意思の強さを感じて、単純な私は心打たれた。
…皆月さんと同じ大学に通いたい。
「私…がんばります」
もし行った先に、彼女がいないとしても。
その軌跡を、追いたくなった。
『ん…応援してるね』
どこまでも優しく応えてくれた皆月さんに改めてお礼を伝えて、その日は電話を切った。
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