第2話「バイト先の後輩」






















「困るよ、友江さん…ほんとにさぁ!」

「はい……はい。すみません」


 バイトも終わり、ロッカー室でエプロンを脱いで事務所へ出たら、後輩の友江さんがなにやら店長に怒られていた。


「なにか…あったんですか?」


 ついつい、気になって声を掛ける。


「同じ客から何度も何度もクレームの電話が来てさぁ…仕事にならなかったんだよ。友江さん、君の接客態度どうなってるの?」

「すみません…」


 珍しく不機嫌な店長と、これまた珍しくしょんぼりして震えた声を出す友江さんを見比べて、小首を傾げる。

 わたしの見ていた限り、接客態度がひどいなんてことなかったはずだけど…そう不審に思って、店長にそれをどう伝えるべきか悩んだ。


「君さぁ、もう勤めて長いからってバイト舐めてるんじゃない?これだから高校生は…」

「なっ…そ、そんなことはありません!」


 本人よりも先に、思わず声を荒らげる。


「友江さんはいつも真面目にがんばってくれてます!今回のクレームだって…接客態度には問題なかったはずなんです」

「で、でもさぁ」

「とにかく!友江さんを一方的に怒るのはもうやめてください。彼女の意見も聞いてあげないと可哀想じゃないですか」


 庇うようにふたりの間に手を広げて立ったら、「そんな俺が悪役みたいに…」と店長は口元をヒクつかせていた。


「まぁもういいよ…怒りすぎて悪かったよ」


 ため息をついてパソコンへ向き直った店長を見て、未だ俯く友江さんの方を向く。


「一緒に帰ろう?友江さん。…着替えておいで」

「………はい」


 静かな声で頷いて、友江さんはロッカー室へと入っていった。

 だけど、エプロンを脱ぐだけなのに何分も出てこないから…心配になって、おそるおそる中を覗き込んだ。


「……友江さん?」

「あ…す、すみません。今ちょっと…」


 ロッカーの前でうずくまる姿に駆け寄ると、友江さんは慌てた仕草でわたしの方に手のひらを向けて、顔を反らした。

 …耳が赤くなってる。

 どうしてだろう?と顔を覗きこんだら、答えはすぐに分かった。


「や、その…見ないで、ください」


 目に溜まった涙の粒が、頬を伝っていた。


「大丈夫…?」

「あ、ほんと…その、大丈夫なんで…」


 ポロポロと涙を流しながら、それでも平静を保った声で遠慮してくる友江さんの背中を撫でる。……怒られて、びっくりしちゃったのかな。泣くなんて今までなかったのに。

 確かにあんなに怒られてたとこわたしも初めて見た。友江さんは本当に真面目で、これまで大きなミスなんかもしたことなかったから。…今回も大きなミスはしてないはずなんだけど。

 

「大丈夫だよ…我慢しないで、いっぱい泣いて?…店長、怖かったね」


 優しく声をかけながら背中を撫で続けたら、我慢していたのか堰を切ったように声を押し殺して泣き始めた。


 友江さんはバイト先の後輩で、高校3年生の女の子だ。


 いつも黒髪を緩く後ろで束ねていて、見た目も性格も真面目で、しっかり者。わたしよりも少し背は低くて、年相応にどこか幼い顔をしてる。年下だけど、とても頼れる後輩である。

 その彼女が、


「…皆月さん」


 涙で溢れた顔で見上げられる。


 頼れる後輩が泣く姿に、どうしてか胸がときめいた。かわいい…

 子供みたいなその泣き顔が、なんだか可愛らしく映った。母性本能をくすぐられたのかも。


「あの、ずびまぜん…鼻水がやばくて。ティッシュを…」

「あ、あぁ…うん。持ってくるね」


 一度ロッカー室を出て、ティッシュ箱を持ってそそくさとまたロッカー室へ戻る。

 

「ありがとうございまず…」


 わたしからティッシュを受け取った友江さんは、豪快に鼻をかんでいた。意外にも人目とか、あんまり気にしないタイプなのかな。


「…落ち着いた?」

「はい、だいぶ……あー…めっちゃ恥ずかしい。…すみませんこんな…泣いちゃって…」


 涙もすっかり治まった頃、友江さんは顔を手で隠して恥じらいを見せていた。耳が赤いのは、今度はきっと涙のせいじゃなくて羞恥心のせいだ。

 一緒に働くようになって2年。初めて見た友江さんの弱々しい姿に、どうしてか微笑ましくて笑ってしまった。

 それをからかわれたと思ったのか、指の隙間から鋭い眼差しを向けられる。すぐに「ごめん、ちがうよ」と否定した。


「違うなら…なんで笑ったんですか」

「かわいいなぁって思って。子供みたいで」

「やっぱりバカにしてるじゃないですか」

「ち、違うよ〜、ほんとにかわいいなって思っただけなの」


 目を細めて見つめられて、慌ててまた否定する。

 不満げな顔は変えないものの納得はしたらしく、友江さんは軽くため息を吐いてまた顔に手を当てた。


「ほんと恥ずかしい…穴があったら入りたい…」

「ふふ。かわいい」


 つい癖で頭を撫でたら、途端に拗ねた顔に変わってしまった。


「やっぱりバカにしてる…」

「し、してないよ〜」


 その後も、友江さんはずっとしゅんとして落ち込んでいた。

 年相応に子供っぽいところもあるんだなぁ…なんて、口元が緩む。知らなかった一面を知って、なんだか気分が良くなった。

 …友江さんは怒るだろうから、そんな風に思ったことは内緒にしておこ。




 

 

















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