あざとすぎるよ、皆月さん

小坂あと

学生編

第1話「バイト先の先輩」


























 高校生になってからはじめた近所の本屋のバイトも、はや2年。

 私より何年か前に入ったバイト先の先輩⸺皆月楓みなづきかえでさんは、


「だから、連絡先!教えてよ」

「あー…はは、えぇと…」


 よくモテる人だ。


「教えてくれないなら俺の渡すからさ」

「いやぁ〜……えっと、うぅん。それは、ちょっと難しくて…」


 今も、厄介そうな中年男性にしつこく連絡先を聞かれていて、皆月さんは眉を垂らした愛想笑いで言葉をにごしていた。

 …さっさと断ればいいのに。

 人が良さそうな見た目通り、本当にお人好しなようで…面倒くさい客相手でも皆月さんはにこやかな笑顔を消さない。

 いつもならそれを凄いと素直に尊敬してるところだけど…かれこれ数分、連絡先を教えろ、教えないという攻防戦を見ていたら、そろそろ見てるこっちがうんざりしてくる。


「あのー、すみません」


 これ以上は余計なストレスを溜めたくないからと、ふたりの間に横から割って入った。


「従業員がお客様と連絡先を交換したりするの、会社のルールで禁止されてるんですよ。申し訳ないんですけど、それ以上はやめてもらえますか」

「は?なんだよ…そういう事なら先に言えよな!…くそ!」


 悪態をつきながらも納得してくれたのか、男はわざとらしく舌打ちをして出口の方へとズカズカ歩いて行った。

 それを見て、ホッとした様子の皆月さんを見上げる。


「ごめんね、友江ともえさん。どう断っていいか分からなくて困ってたの…ありがとう」


 いい加減ちゃんと自分で断って…と文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど、誰が見ても可愛らしい顔を、本当に困ったような表情に変えている姿を見てやめた。

 皆月さんは…いわゆる“優しいお姉さん”タイプの女の人だ。

 胸の下辺りで整えられた黒髪ロングがよく似合う、顔立ちの整った穏やかな雰囲気の女子大生で、人柄の良さが全面に溢れ出たザ・清楚系な彼女は、男性客から絶大な人気を集めている。

 本人はそれを知ってか知らずか、さっきみたいに曖昧な対応を取ることが多い。本人曰く「どうしていいか分からないの」と前に言っていた。


「いつもいつも助かっちゃうな」

「…今度から、あの言い訳使っていいですよ」

「うん。頑張って伝えてみる!」


 そう言って小さく、そして可愛らしくガッツポーズをしてくれた皆月さんの…大きな胸が揺れる。

 モテる理由はきっと、顔と雰囲気だけじゃない。

 バイトの制服のエプロン越しでも分かる巨乳を前に、私はひとり納得していた。このおっぱい…モテないわけがないよな、と。

 目の斜め下らへんにある控えめなほくろも程よくいやらしくて、なんだか漫画なんかでよく見る「近所のエッチなお姉さん」の理想像があったら、この人みたいな感じなんだろうなとぼんやり思った。


「?…わたしの顔、何かついてる?」


 不安に思ったのか、顔をペタペタと触り出す皆月さんに、思わず苦笑する。


「何もついてないですよ」

「はぁ、よかった…」

「お姉さん、会計お願い」

「あっ!はい、いらっしゃいませ」


 会話はあまり長くは続かず、すぐにやってきた男性客によって途切れた。皆月さんはレジ対応へ向かって、私はその間にレジ周りの雑用を始める。


「お姉さんかわいいね、名前は?」

「あ…皆月です」

「皆月ちゃんっていうんだ!おじさんと連絡先交換しない?」

「え、えぇ…?あ。いや、ちょっとそれはだめで…えっと」

「とりあえず俺の連絡先渡しておくからさ」

「あ、うぅん……あの、会社のルールで、だめなんです…」

「そんなの関係ないよ〜!二人だけの秘密にすれば…」

「すみません。ここの会話、録音されてるんで。…皆月さん、私がレジ対応するんで裏行って大丈夫ですよ」


 歯切れの悪い皆月さんとしつこい客の攻防戦が始まる前に、また割って入って止める。

 私が代わりにレジの対応をし始めたら客は居心地悪そうに。皆月さんは「ありがとう〜…」と軽く手を合わせて、レジ裏へと足早に引っ込んでいった。


「君さぁ、態度悪すぎない?」


 邪魔された事に腹を立てたのか、不機嫌を丸出しにした声を投げられる。


「いや〜、気を悪くしたなら申し訳ないです〜。…お会計720円です」


 にっこり笑顔を返して、なんなく流す。あの皆月さんとシフトが被るたび助けていたら、こんなのは日常茶飯事だ。今さら、動じることもない。


「…友江さん、ほんとにごめん〜」


 接客も終わって少し経った頃、裏からひょっこり出てきた皆月さんが、顔の前で申し訳なさそうに手をこすり合わせた。


「…次はちゃんと断ってくださいよ?」

「う、うん、もちろん!頼りない先輩でごめんねぇ…」


 頼りない先輩…


「そんなの思ってないですって」


 私が入ってからずっと、丁寧に優しく付き添って色んなことを教えてくれた皆月さんに、そんな印象は抱いてない。むしろ面倒くさいナンパ客の対応以外は完璧で、助けてもらってるのは私の方だ。

 素直な気持ちで否定したら、「うれしい〜」と皆月さんは呑気な笑顔を見せていた。

 このほんわかした天然そうな雰囲気も…きっとモテる要因のひとつなんだろうな。

 誰が見ても可愛いと思うであろう笑顔を見上げて、私も例に漏れず彼女を「かわいい人だな…」とぼんやり思っていた。








 



 

 




 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る