こんここんこんこん

根ヶ地部 皆人

こんここんこんこん

 こん、ここん

 扉を叩く音がする。

 久々の来客だ。来客なんてものがあるなどと、ここしばらく思いもしなかった。

「あいてますよ。さあどうぞ」

「それでは失礼いたします」

 入ってきたのは人間ではない。

「いったいどちらさまですか」

狐狸こり妖怪ようかいにございます」

 狐は白い毛皮に朱色の隈取くまどり、狸は二本の脚ですっくと立ってどんぐりまなこをぐるりと回す。

「おやおやどんな御用でしょう」

「おいとまの挨拶に御座います」

 狐と狸が頭を下げて、声をそろえて口上のべる。

「今までお世話になりました。今宵今晩この時もって永久とわの別れとなりましたので、その挨拶に参った次第」

「おや、狐も狸もいなくなるのか」

「いえいえまさかそのような」

 首を振ったはどちらであったか。

「狐も狸も野の獣。人里おとずれ悪さをするは、我らの所業しょぎょうと決まっております。しゅは滅ぼうとも我らは不滅。滅ぶとすれば人の里」

 ああなるほどそういうことか。合点がてんがいって深くうなずく。

「どこかへ行くのは私のほうか」

「残念ながらそうなりますか。最後の人間、最後のお客。世に不思議があろうとも、感ずる者がなければ自然じねん。世に不思議がなかろうと、感じてしまえばそれこそ不思議」

「しかし感じる者がないならば」

「そこに残るは自然じねんのみ。狐や狸が残っていても、いやさたとえ滅んでいたとして、そこに意味はありませぬ。あなたの最後が我らの最後。獣ではなく狐狸こり妖怪ようかいのたぐいゆえ」

 つまりは私が最後の人間。

 他に残る者はいないのだ。

 つまりは私が最後の人間。

 ここで終わって消えるのだ。

「いままでお世話になりました」

 頭を下げたはどちらであったか。

 もしや私であったのか。

 意識が薄れ、世界が消える。

 こん、ここん

 扉が鳴る音がする。

 ただの雑音だ。風の音かなにかであろう。

 こん、ここんこんこん

 扉が鳴る音がする。

 聞く者はもはや居はしない。

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こんここんこんこん 根ヶ地部 皆人 @Kikyo_Futaba

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