第10怪 怪物への一歩

 白井美緒しらいみおとの出会いの数日後、遂僕の悪い癖がでてしまう。【魔力増幅マジックブースト】により、一度に限界まで魔力を引き出した今の僕の最高の身体強化を実践したくなってしまったのだ。

「やれるはずだ」

 不退転の決意の元、いつものように、扉をイメージしてその中から魔力を取り出していく。多分僅かに気が急いたのだと思う。濁流のように流れる魔力によりイメージの扉はあっさり崩壊してしまい、僕の全身の皮膚は放射状に裂けて血飛沫が放出される。

「ぐっ!」

 グラグラと揺れる視界と凄まじい嘔吐感。全身の神経を直接ナイフで切られるごとき形容しがたい激痛に奥歯を割れんばかりに噛みしめて今にも飛びそうな意識を保ちつつ力を振り絞って自己治癒を使う。同時に僕の意識は深い闇のなかへと落ちていく。


 気が付くとそこは修行場である裏山で、日はとっぷり暮れていた。ポケットのスマホを見ると、既に午後20時を示している。凡そ5時間以上も気を失っていたようだ。

「か、身体の傷はッ⁉」

 全身の皮膚が裂けていたのだ。どう控えめにみても瀕死の重傷だった。なのに――。

「傷がない?」

 僕の身体には傷一つなく、頭がボーとして気怠いくらい。ただ、シャツが真っ赤に染まっていたことが先ほどの事柄が夢ではないことを語っていた。

「九死に一生を得たってわけか……」

 流石に少々調子に乗りすぎていたかもしれない。改めて思い返しても、僕が生き残ったのは咄嗟に使用した自己治癒を辛うじて発動できたから。もう少し、発動が遅れていたら僕は間違いなく死んでいた。こうして立っていられるのは、ただの偶然。ある意味奇跡といえる。死んでしまっては元も子もない。というか無駄死にだ。今後はより慎重に進めるとしよう。

「少しここで休んでから帰るか」

 正直、強烈な怠さにより、今は動けそうにもない。これ以上遅れると父が心配する。遅くても21時までには帰らなくてはな。それまで、本日の成果と新たなページが解放されていないかを確認するとしよう。

 いつもように、本をリックから取り出して大木までよろめきながら歩いていくと背にして寄りかかり、今日の成果を確認するが、

「は?」

 視界に入ってきた突拍子もない事実に素っ頓狂な声がでる。1ページ目の僕のステータスには――。

――――――――――――――――――――――――――――

城戸きど香月かつき

・限界魔力量:577

・マジックポイント:2/577

・魔術:身体強化、自己治癒、物質強化

――――――――――――――――――――――――――――

 

「げ、限界魔力量が上がっている?」

 しかも、あがり方が尋常ではない。というか、到底あり得ないだろう? 魔力は僕が数世代の魔力を承継した段階で199であり、4カ月で1しか上昇しなかったのだ。それが577まで上昇している。もちろん、原因は死にかけた魔力の暴発だ。どういう仕組みかはわからない。ただ、暴発を生き残って魔力が暴発前から異常に急上昇している。

「魔力暴発すると限界魔力量が爆上がりする……」

 もし……もしもだ、故意に魔力暴発を起こせばどうなる?

「いや、いやいやいや、今回はたまたま生き残れただけだ。次はないって!」

頭を振って必死に思いついた狂策を懸命に振り払う。今回は偶然運よく死ななかっただけ。次同じことをやれと言われても自信はない。

「でも、もしその方法を獲得できれば……」

 僕はきっと魔力の手っ取り早い上昇の仕方を見つけたことになる。そしてそれは僕の目標である理想の怪人Aへの近道。例え命の危険があるからといって、この欲求に僕は抗えるのだろうか?

「明日もう一度だけ確かめてみよう」

 明日も魔力暴発させて同じ現象が起きるなら、それは再現性があるということ。もしそうなら――。

「考えるまでもないかもしれないね」

 内心を独白すれば、明日もあの死の恐怖と七転八倒の苦痛を味わうのかと思うと心底うんざりする。だが、僕は理想の怪人Aになるため一切の妥協はしないと誓った。再現性があるなら、この行為は無謀ではなく理想の僕になるための唯一の道。なら、試みない理由はない。

 やけに冷たく汗ばんでいる僕の肉体とは反比例して心は著しく興奮して熱く煮えたぎっていた。


 次の日の日曜日も早朝、裏山で昨日と同様の条件下で故意に魔力暴発をさせる。二回目で、自己治癒行使のタイミングが容易だったこともあり、無事生き残ることができた。結果、限界魔力量は2057まで上昇していた。つまり、僕の予想通り、魔力暴発を行うことにより限界魔力量を爆発的に上昇させることができることが判明した。以降、どうするかは、僕の気持ち次第。 

 身体がバラバラになるような激痛と死の危険を伴うのだ。普通の人間ならば例え魔力が著しく上昇するとわかっていてもこんな自殺行為試みやしないだろう。だが、生憎僕は普通じゃないんだ。

「やるに決まってるっ!」

 これから毎日かかさず、試みてやる。

「そうだね。寝ている時間がもったいないとは感じていたんだ」

どうせならば自宅での睡眠替わりにこの魔力暴発つかえば、時間を効率的に使用できる。

 僕のただ一つの安らぎだった眠ることすらもあの地獄に使おうというのだ。多分僕は壊れているんだと思う。だが生憎、そんなことは端から分かりきっていること。

むしろ、今僕の心を焦がしているのは――。

「数年後僕が生き残れていたら、僕の魔力は一体どうなっているんだろうな?」

 体が震えるほど喜びがこみ上げてきて、僕は空に咆哮したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る