第5怪 古戸流古武術道場

 家のネットで調べてみたがゲーム、漫画、小説の情報のみで魔力についての情報を得る事はできなかった。図書館もそれは右に同じ。ファンタジー一色の物語や、西洋の中世に関する本などを読みふけったが有益な情報は何ひとつ見つけることができなかった。というより、魔力は世間一般ではオカルトにカテゴライズされている。存在の有無自体が議論であって魔力の内容の突っ込んだ議論などあるはずがなかった。

 手詰まり感はあるが、やることはある。三魔術の効率化と肉体を利用した戦闘技術の取得だ。戦闘技術の取得は実戦的格闘技の道場が候補だ。

魔力を使用すれば一流アスリート並みの身体能力を実現できる。この歳でそんな非常識な動きをすれば確実に悪目立ちにする。それは怪人六か条第3条、『怪人たるもの悪を執行するとき以外、決して目立ってはならない』に抵触する。

 元より僕が目指す怪人Aは悪を執行する、謎というベールに包まれている存在。正体を知られるなど言語道断なのだ。悪目立ちをすることは、正体を知られることに直結する。つまりだ。僕が目指すのは、究極のモブということ。この点からも、武術の鍛錬、特に道場では一切魔力は使用しないこととするべきだろう。

 ネットで実戦古武術を謳っている隣町の道場、【古戸流古武術】をみつける。電話で道場に入会したい旨を伝えると、一度道場に見学に来るように言われたので、身体強化を発動しながら、隣町の蔵戸町の郊外にある古戸流道場へ向けて走っていくことにした。


 古戸流古武術の道場に到着する。

そこはイメージしていたよりも、ずっと近代的で大きな建物だった。受付に入って、

「入会したいんです」

 子供らしくおどおどしながら入会希望を伝える。ほら、いつもの僕は落ち着き過ぎて子供っぽくなくて気持ち悪いと、父の同僚からよく言われるからさ。僕も気ぐらい使うんだ。

「ボク、ご両親の同意書は持てきたかな?」

 美しい黒髪の女性が、僕に優しく微笑みながら尋ねてくる。

「いえ、電話でまずは一度見学に来て欲しいと言われたので来ました」

 僕の返答に女性は目を白黒させながら、

「もしかして一人できたの?」

「は、はい。いけませんか?」

 この演技、どうにも肌に合わない。『普通』というのは、何ともやりにくいものだ。

「いえ、構わないわ。でも、次からはできれば保護者の方と来てね」

 黒髪の女性は僕に保護者の確認の書類を渡すと、僕を少年の部の道場に案内してくれた。

 年少の部は予想通り、主に体術の型や受け身をメインで教授するようだ。もちろん、【古戸流古武術】は実戦武術を謳っている。隅では年長者と思しき数組が実戦形式の鍛錬を実施していた。

「どう? 中々活気あるでしょう?」

「ええ、素晴らしいです」

 本当にベストだ。かなり懇切丁寧に武術の型を教えてもらえるようだ。僕は目立ちなくはない。だからまず優先するのは、一人でもできる武術の基本的な型だから。

「ちょっと待ってね」

受付の女性は、隅で組手をしていた僕と同年齢らしき赤髪の少女に向けて手を振る。そして、

初音はつねちゃん! ちょっといい!?」

 彼女を手招きする。

 初音と呼ばれた少女は、防具をとると、僕らの方に駆けてくる。少女の顔はとても整っており、ウエーブかかった長い赤色の前髪を綺麗に切り揃えている。いわゆる、ぱっつんカットというやつなんだと思う。

「初音ちゃん、この子、入会希望なの。教えてあげてもらえる?」

「うん、わかったわ!」

 初音は笑顔で大きく頷き、

「私は、織部初音おりべはつね、よろしくね!」

 僕に向けて右手を向けてきた。

城戸きど香月かつきです。よろしくお願いします」

 差し出された手をとって弱々しく挨拶をする。

 これが僕の織部初音おりべはつねとの出会いだった。


 初音は僕が【古戸流古武術】についてもっと知りたいと言うと、道場館内を案内して説明してくれた。

 【古戸流古武術】は格闘術、柔術、剣術を含んだ総合格闘術をいう。もっとも、今の細分化された現代社会でそれを実践するのは相応しくない。そこで年少の部では、徹底的に格闘術、柔術、剣術の基礎を行い、それぞれの適正を見る。そして、中等部に入ったら空手、柔道、剣道などの自身の適切のある各分野に分かれて、活躍していくことが多いんだそうだ。

 だから、今の年少の部は自身の特異分野を見つけるための場所となっているらしい。

 もとより、僕はここで実戦をしようとは思わない。僕の目的は大会で優勝することではない。こんな防具を付けた小競り合いをいくらしても、理想の怪人Aにはなれない。実戦は文字通り、命の削り合いこそが相応しい。既に僕には一石二鳥の考えがある。ここで求めるのはあくまで武術の型を学ぶこと。

「一緒に頑張ろうね!」

 初音は僕の両手を握ってくると、何の悪意も打算もない、こぼれるような笑顔を向けてくる。

このとき僕は正体不明の強い気まずさを感じて、

「う、うん」

 僅かに目を反らしながら頷いたのだった。

 

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