第3怪 魔導書

 僕が意識を取り戻したのは遺跡の近隣の街の市民病院だった。

 どうやら、僕はあの穴が生じた建物の跡地で気絶して発見されたようだ。

 父から早朝勝手に一人で出歩いたことにつき、ありがたいお説教を受ける。

当初、あの出来事は夢かとも思った。だが、僕の傍のテーブルには豪奢な本が置いてあり、その本が父や病院のスタッフには見えなかった。これは、あの地下での一件は紛れもない真実であることを示している。

「とりあえず、この本を読むしかないか」

 周囲に誰もいないのを確認して本を手に取って開くと、表紙の裏に一枚の紙が挟まっていた。

「これは手紙か?」

 手紙を手に取って確認する。


 ――新たな承継者へ。

 初めまして。

 これを読んでいるということは、君は承継者なのだろうね。今訳がわからず、混乱しているかもしれない。だが、落ち着いて私が今から記すことを読んで欲しい。

 承継者とはある悲願達成のために代々受け継がれてきた術だ。その術の発動には多大な魔力が必要。人、一人の魔力では到底扱うことは叶わなかった。故にこの奇跡の術を開発した初代は、魂に蓄積された魔力を蓄積して他者に譲渡する術を編み出した。それがこの承継システムだ。この本はいわば、承継システムを適切に運用するための重要なコントローラーというわけだ。

 君に譲渡された力は、理すらも捻じ曲げる奇跡の術と、今まで我らが培ってきた魔力。この二つだ。

 譲渡された二つの力は極めて強大だ。この世の既存の理を崩してしまうほどにね。そんな強力無比な力をもってしても、私には悲願を達成することができなかった。だから、私も託そうと思う。

 新たな承継者よ。遠くない将来、君は否応でも重要な選択を迫られる。どんな選択をしようと君の自由だ。君の信じる道を進みたまえ。

 最後に此度、僕らの勝手な都合で君を苦難の因果の流れへと巻き込んでしまったことを謝らせて欲しい。本当にすまなかった。

 願わくば、君が悔いのない道を歩むことを。

 メフィスト・フェレス


 メフィスト・フェレスとはあの白髪の老人のことだろう。結局、何を言いたいのかが微塵もわからない内容だった。第一、その悲願とやらの説明すらされていないし、苦難と言われても内容がわからなければ対策の立てようがない。謝罪するくらいなら、はっきり僕に譲渡した目的とやらを書いて欲しいものだ。まあ、それもあくまでこの文章が正しいことが大前提。真偽を確かめる必要がある。

 そのためにはまず、この承継システムとやらの調査だ。

 どうやら、蓄積された魔力とやらが僕に蓄積する。そして、その魔力を利用してある術を発動することができるらしい。魔力か。随分、ファンタジー色に染まってきたな。とりあえず、この本を読み進めていくしかあるまいよ。

 本の1ページ目を開く。


――――――――――――――――――――――――――――

城戸きど香月かつき

・限界魔力量:199

・マジックポイント:199/199

・魔術:なし

――――――――――――――――――――――――――――

 

 なるほど。この本の冒頭に承継者である僕の魔力の状態が記載されるってわけだ。

「んーん、中々そそられるじゃないか!」

 僕は興奮を抑えられず、両腕を広げて絶叫していた。

 それはそうだ。今までいくら筋トレしても、人並み以上には力はつきやしなかった。このまでは理想の怪人Aになるなど夢物語。どんなきっかけでもよい。正直、こんな劇的な変化を僕はずっと望んでいた。将来苦難が訪れる? はっ! 馬鹿馬鹿しい! その程度で僕が怖気づくわけがない。もし、僕の悪の矜持に抵触することがあるなら、例えそれがいかなるものでも全力で排除するだけだ。

「いや、まだ早計か」

 喜ぶのはあくまでこの本の内容の真偽を確かめてからだ。

「まずはこの限界魔力量とマジックポイントという項目の理解かな……」

 限界魔力量が、僕の今のマックスの魔力量というやつで、マジックポイントが消費可能魔力量じゃないかと思う。

「限界魔力が199か。多分、高いんだろうけど……」

 魔力自体を代々承継してこの限界魔力量なんだし、相当高いはず。とりあえず、魔力の概念自体が不明だし、読み進めるしかないかな。

 弾む心を全力で押さえつけながら、読み進めるべくページをさらに開いていく。

 次の2ページ目からは『一章、魔力向上編』と表題されており、およそ5ページにわたって魔力の説明がなされており、それ以降のページは白紙だった。一章と銘打っておきながら、まさかこれで終わりか? そうだとしたら、あまりにも中途半端だし、違うと信じたいものだ。

肝心要のそのページに書かれていたのは、魔力の説明であり、細かなところを飛ばした概略は次の通りだ。

 魔力とは、ソールのあるものに内在する万能エネルギー。特定の条件下でこの魂内にある魔力を外部に取り出して多種多様な奇跡を起こすことができる。自在に魔力を取り出せるものたちは通常、魔導士、魔術師、呪術師、仙人、超能力者などと呼ばれる。

 奇跡の効果の程度は魔力の強さによって比例し、高度な術にはより多くの魔力消費が必要となる。初代とやらの編み出したその高度な術とやらを使用するには、多くのマジックポイントが必要となる。

 この点、魔力の限界値たる限界魔力量は修業により上昇させることはできるが、その成長速度は極めて微小であり、一人の魔導士が生涯いくら研鑽を重ねてもその高度の術を使用するには少なすぎる。この性質故に、初代は魔力の承継の方法を編み出したのだと思う。

 その肝心要の限界魔力量は、ギリギリまでマジックポイントを消費することによって向上することができる。

 さらに、次の三つの魔術が紹介されていた。

「身体強化、自己治癒、対物強化か……」

 この三つに関してはご丁寧に、発動の仕方まで記載されていた。あとは、この三魔術とやらの発動実験だ。

 もっとも病室でそれをやるわけにも行かない。例え発動できても、効果を確かめられない。まさか、父や病院のスタッフの前で怪力を披露するわけにもいくまい。実際の検証実験は退院してからとなるだろう。

 はやる気持ちを抑えつけながら、僕は病室のベッドに寝ころびながら、この不思議な本の再読を始める。


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