第2怪 力の譲渡

 永遠と続くような錯覚を覚える石の通路。既に体感としては2~3時間は歩いている。この時ばかりは普段から鍛えていてよかったと心底思う。

 そして遂に僕は小さな個室に到達する。

 その個室の中には本が山住となっており、その部屋の中心の木製の机とその椅子には一人の老人が座していた。

 老人は長い真っ白な顎髭を垂らしており、紺色のローブととんがり帽子をかぶっており、如何にも絵本の中にでてくる魔法使いといういで立ちだった。

『ほう、これは小さなお客さんだね』

 本を机に置くと、老人は奇妙なほど清んだ声で僕を眺めてそんな感想を述べる。

「貴方は?」

『ふむ、私を知覚できているか……君も難儀な運命にあるようだ』

 この発言、どうやら僕の予想は的中だ。きっとこの人は――。

「貴方は死者ですね?」

『そうさ。僕は死者だ』

 やはりそうか。僕は物心ついた頃から死者が見えていた。これが絵本やテレビでよくあるように、足が透けていたり、全身血だらけだったらわかりやすかったのだが、外見上僕ら生者と全く変わらない。故に昔から幽霊と会話しているのを頻繁に他者に見られて、薄気味がられていた。唯一父だけが、僕の言を一方的に否定せずに丁寧に話を聞いてくれた。そして、父から仮に死者から話し掛けられても基本無視するように約束させられる。

 もちろん、普通なら父の言いつけを守って不用意に死者に話しかけたりはしない。

 しかし、今は遺跡の地下に閉じ込められて脱出不可能という異常事態だ。無事、地上に戻るために御老人から、必要な情報を聞き出さねばならない。

「さっき、突然地面に穴があいてこの場所に閉じ込められてしまったんです。地上に戻る方法を知っているなら教えてください」

 とても上手い説明の仕方とは思えなかったが、姿勢をただして要望を伝える。

『……』

 老人は暫し、目を見開き僕を凝視していたが、

『君は、いつもそのような態度なのかい?』

 顔を極めて神妙なものへと変えて、僕にそんな意味不明な問を発する。

「え? はい。そうですけど……」

 質問の意図がわからず戸惑う僕に、老人は右の掌を向けると、聞きなれぬ言葉で小さく念ずる。

『やはり、そうか。君は【流転るてんたみ】だね?』

 老人は合点が行ったように、聞いたこともない固有名詞を尋ねてくる。

「は? 【流転の民】ってなんです?」

 流転の民? まったく微塵も心当たりがない。というか、なんだそれ?

『人の魂は流転する。生を受け、老いて死ぬ。死んだ魂は洗い流され輪廻の輪にはいる。それが正道だ。だけど、非常に稀に生前の記憶や知識を維持して輪廻の輪に入るものも存在する。それが【流転の民】さ』

「生憎、僕には生前のことなど何一つ覚えてはいませんよ」

 僕にはそんな生前の記憶や知識はない。ただ、確かに生まれて比較的早くから鮮明に経験した出来事を記憶しているし、思考も物心ついてからずっとこんな感じだ。

 僕の言動が妙に大人っぽいので父が心配になって幼いころに、病院で徹底的に精密検査をしたが、何の異常も認められなかった。以来、単に成長が早いだけなのだと納得し、この件を気にしなくなる。

『記憶がない……か。その割に、君、どうして私の母国の言葉をそんなに流暢に話せているんだい?』

「母国の言葉?」

 そういえば、僕は今何語を話しているんだ? ジパング語はもちろん、永語えいごとも違う。まさか、エルドラ語か? 

 馬鹿馬鹿しい! 第一、僕はエルドラ自体、今回が来たのが初めて。現にこの数日暮らしていたが、現地の人の言葉はまったく理解できなかった。

『その反応で、君がどんな状態に置かれているのかは十分承知したよ』

 老人は何度も頷き、勝手に納得してしまう。

「それで、地上への戻り方を教えてください」

 正直、妄想癖のある死者に構っている余裕など今の僕にはない。もし地上に戻れなければ、僕はここで野垂れ死ぬ結果となる。

『いいよ。ただし、君にいくつか質問したい。答えてもらえるかな?』

「別にかまいませんよ」 

交換条件か。地上に無事戻れるなら大抵の事は答えてやるさ。

『君は、この世界で為さねばならないことがあるかい?』

 クソ! それを聞くか。それは唯一僕が答えられぬ性質のもの。

「あります。ですが、それだけは、口にすることができません」

『それはなぜ?』

「僕がそう誓ったからです」

 ボクは理想の怪人Aに至るために、怪人六か条という規則を常に己に課している。その第二条には、『怪人Aたるもの、己の悪に関することは何人にも公言してはらならない』がある。この六か条は怪人Aを目指そうと考えたとき、自然に思いついた僕の戒めであり、絶対の規則。抵触することは許されない。

『誓ったか。益々、君は面白いね。でも、心配いらないよ。僕はもうすぐこの世から消える。ここで君が話すことは、外に漏れることは絶対にない。つまり、君が何を話してもそれは単なる独り言に等しい』

 もうすぐ、この世から消えるね。要するに昇天するということだろう。死者にはよくあることで別に珍しいことじゃない。大抵、死者が昇天するのは自らの未練がなくなったとき。最近、この老人にも未練がなくなるような事があったのだろう。

「本当に話せば地上に戻れるのですか?」

『約束しよう。だから話して欲しい』

 老人のこの運命に取り組むような険しい顔。これは僕の勘だが、単に興味本位で聞いてきているわけではあるまい。話すまで決して地上に戻る方法を教えないだろう。その強い決意を感じる。

それにこの老人のいう通り、もうじきこの場で成仏するならばいないのと同じ。独り言を言っているに過ぎない。ならば僕の六か条には反しない。

 僕は大きな溜息を吐くと、

「きっと、笑いますよ」

 この世界の誰もが僕の決意を耳にすれば、異常だと断言する。まともな神経をしていたら妄想好きな子供の戯言と一笑に付すことだろう。

『笑わないよ。君が本心である限りね』

 老人は首を振ってそう断言する。老人のあまりに真剣な表情は、

「名もなき悪の一怪人として、この世のあらゆる理不尽に対し悪を執行し、本来のあるべき姿に戻すこと」

 僕の真意を話す決意を起こさせていた。

『悪……そうか、君は悪か。善ではに手も足も出なかった。だが、悪ならどうだ? 賭けてみる価値は十分ある』

 老人は両腕を組みつつ、ブツブツと独り言を話し始めた。

「僕は話しました。地上への戻り方を教えてください」

 もうすぐ日も開ける。僕がいないと知れば父が心配する。僕は早く戻らねばならないのだ。

『もちろんだ。タイムオーバーかと半場諦めかけていたんだけどね。まさか、最後の最後で君のような人物がここに現れるとは夢に思わなかったよ』

「へ?」

 老人とは思えぬ身のこなしで、僕は顔を右の掌で鷲掴みにされてしまう。

『今から私が君の願いを叶える力を譲渡する。最初に謝っておくよ。これは単に君の願いを叶えるという甘い代物じゃない。きっと、君を完膚なきまでに打ちのめすことになる。それでも、今の私たち・・・にはもうこれしかないんだ』

 老人が今にも泣きそうな顔でそう噛みしめるように口にしたとき、右の掌から熱いものが頭の中に入ってくる。

「ぐがっ!?」

 同時に、背骨に熱した杭が打ち込まれたような凄まじい激痛が全身を走り抜ける。

「ぎががぐがっ!」

 視界が血のように真っ赤に染まり、身体の中心にマグマがグツグツと煮えたぎっているかのように、耐えられぬ熱さが僕を蹂躙する。

両膝を石床について必死に胸を搔きむしる中、

『今君に僕らの育てた魔力とある魔術の種を譲渡した。起きたら君の傍には一冊の本がある。それを読んで魔導について学ぶんだ。それがきっと君の目標を達成するしるべとなる』

「……ぐがっ!」

 喉から声を振り絞るが、獣のような声がでるのみ。

『君に全てを押し付ける形となって本当にすまない』

 もうろうとする意識の中、老人の泣きそうな声が聞こえたよう気がした。

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