第5怪 港前攻防戦 

「すげえ……」

 ソフィアと水蛇みずちの闘争はまさに俺たちの視認さえ許されない領域で為されていた。金色と青の二つの光の筋が舞い、幾度もぶつかり合う。俺のような木っ端怪人では――いや、あれはもはや強い、弱いではない。近づいただけで誰だろうと一瞬でミンチだ。

 あいつらが俺たちを怪人と呼ぶかよ。お前らの方がよほど怪物じゃねぇか。

あれよりはまだ、エミとパイナップル頭の戦いの方が人間らしい闘いだ。なにせ、一応俺にも見てわかるからな。

「くそがっ!」

 当初の余裕はどこへやら、エミの息を突かせぬ変幻自在の猛攻に今やパイナップル頭は防戦一方となっていた。

 エミだけではない。俺たち白夜も若干、英雄ヒーロー同盟の白服共を押している。さらに、ソフィアの部下の金髪の優男は格が違った。次々に白服どもを斬り伏せている。

 そして、ソフィアと水蛇みずちの戦いも優劣は決しつつあった。

 水蛇みずちがソフィアから距離をとると、憎々し気に睨みつける。

「どうなされました? 息が上がっているようですけれど?」

余裕の表情で汗一つかいていないソフィアと、苦しそうに肩で息をしている水蛇みずち。どうみても水蛇みずちはバテバテ。ソフィアが圧しているのは明らかだった。

「五月蠅ぇ! 余計なお世話だっ!」

 吠える水蛇みずちに、

「大方、遊び呆けて鍛錬を怠っていたんでしょう。その奥の手を使っても、今の貴方ではわたくしの相手にはなりえませんわ。大人しく、部下を連れて尻尾を巻いて引きなさい」

 諭すようにソフィアは告げる。

「このクソアマぁ……」

 奥歯を噛みしめながら、悪鬼のごとき形相でソフィアを睨んでいたが、遠くから近づいてくるけたたましくなるサイレンを耳にしてニタリと笑う。

「そうでもねぇようだぞぉ? ほら聞こえんだろ? あの中には【ネームド】も多数混ざっている。到着すれば俺らの勝利だ」

 そして自信満々に宣う。

【ネームド】。水蛇みずち同様、英雄ヒーロー同盟から正式に名を与えられている英雄ヒーローであり、他の一般英雄ヒーローどもとは一線を画している力を有する。その象徴が奴らの持つあの水蛇みずちの持つ青色の刀身の武器だ。

 英雄ヒーロー同盟が開発した契約式の魔導武器。あれこそが、対悪組織ヴィランとの戦争での優劣を決定づけた兵器。

高位の人外はこの世界に長時間留まる事ができない。その異界からの人外たちをこの世界に留め置く依り代として用いられる武器であり、あれらにより詠唱なしで固有の能力を発現できる。あれこそが、英雄ヒーローどもを真の意味で英雄ヒーローたらしめている力。

「その前に終わらせればいいだけです。お願い、ルナエル」

 その言霊を契機に、ソフィアの目が金色に染まり、その全身が黄金の光を纏い始める。

「けっ! そこまで俺はヘボじゃねぇよ。時間を稼げ、ヒュドラッ!」

 水蛇みずちが叫ぶと、水蛇みずちの周囲に水の塊が出現する。

「ギプスっ! 退避をお願い!」

 ソフィアが重心を低くして長剣を構えながら、側近らしき金髪の優男に声を張り上げる。

「承知! ガム、彼らを護衛しつつ、我らの船舶まで一足先に帰り、出向の準備を急がせろ。我らもこの場の全員の退避が完了したらすぐに向かう」

 金髪長身の優男ギプスが、俺たちを警護してくれていた小太りの男に指示を出すと、

了解ラジャーッ!」

 敬礼をして俺に視線を向ける。

 流石にこのまま、依頼した俺たちがソフィアたちに丸投げしてツムジちゃんたちを残して逃げるわけにもいかない。最後まで責任は負うべきだろうさ。

Iアイ、俺はツムジちゃんについて行く! お前らもとっと逃げろよ!」

 エミにそう叫ぶ。ちなみに、Iアイというのはエミの白夜のイビルネームだ。俺、朽木永司くちきえいじは、『時代』を意味するAgeからとってAエー。これらは俺たちに対し過保護なオヤジが各々の名前をこじつけてつけてくれたもの。ほら、これならイニシャルにすらなっておらず、バレれても足がつきにくいだろう? なにせただのアルファベットだしな。

エミは苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、

「わかったわ。でも必ず戻ってきなさいね」

 有無を言わせぬ口調で、らしくもなく俺の安否をねぎらってくる。

「おう!」

 俺もエミの右手を上げて答えた。

もちろんだ。だって、俺にはイヴがいる。そう長い間、家を空けるわけにはいかねぇからな。

「ついてきてくれるの!?」

 喜色満面の顔でツムジちゃんが身を乗り出して尋ねてくるので、

「ああ、途中までだがな」

 頭を撫でつつ大きく頷く。そうは言ったが、怪人の俺がエルドラの船舶内に乗るのはご法度だ。いくらエルドラが怪人に寛容だといっても、後々、迷惑がかかることになる。彼女たちを船まで送り届けたらすぐにこの戦場を離脱するさ。

「いくぞっ!」

 小太りで年配の男、ガムが促して走り出し、俺たちもそれに続く。



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