第4怪 エルドラ亡命策戦

 孤児院に帰ってオヤジに経緯を報告すると、

「エージ、今晩決行だ。我ら白夜の本懐を遂げろ!」

 改まった声でそう指示をだしてくる。

「了解した」

 右拳を胸に当てて答える俺に、

「くれぐれも無茶だけはするなよ。お前はあくまで彼らを港まで送り届けるだけ。もし戦闘になったら我らに任せて直ちに逃げろ」

 厳命する。

「わかってるさ」

 俺の能力は凡そ戦闘向きじゃない。俺も怪人だし、昔から戦闘訓練は受けてきているから、素人のゴロツキぐらいなら何となる。だが、権力者のSPや英雄どもには到底及ばない。おそらく、向かって言っても即死だろうよ。

「エミ、頼むぞ」

 オヤジは小部屋の扉に寄りかかっていた、赤色の髪をポニーテールにした黒服の少女、エミに意味ありげな視線を向ける。

「任されたぁ~」

 エミは親指を立てて片目を瞑ると、部屋を出ていく。俺もオヤジに右手を上げると部屋を退出した。


 今回のミッションは【カゴメ食堂】のおやっさんの家族を、海路によりエルドラ国へ亡命させるため、東京湾にある大居コンテナふ頭へと連れて行くこと。

 エルドラは古く中世の頃より、魔術を重んじてきた魔導大国。彼らの貴族たちは特殊な魔術刻印により固有の魔術を血統として維持してきたものたち。特に元々魔術の適正があるツムジちゃんのような天然の魔導士を【魔導騎士】としてこの上なく重宝する国だ。さらに、国際英雄ヒーロー同盟がない数少ない国でもある。エルドラまで到着すれば、加茂芽かもめのおやっさんたちは、人並み以上の生活が約束される。

 まあ、このミッションの難易度はかなり簡単な部類だ。もし、難しいようなら、【白夜】の精鋭がその任にあたっている。俺たちのような一戦闘員が動員されたのがその理由だ。

 街全体が寝静まった後、黒一色の戦闘服に着替えて口と目と鼻のみが開いたマスクを頭から被り、バンに乗り込む。裏口から加茂芽かもめ一家を乗せると、ふ頭に向かう。これで、ミッションの半分は完了だ。あとは、この港でエルドラの使者の到着を待つだけ。

「ツムジちゃん、まだぶー垂れてんのか?」

 俺の黒色のコートの袖を掴みながら、一言も発しないウィローグリーンの髪を赤色のリボンで二つ結びにしている小柄な少女に尋ねる。

「知らない」

 やはり、そっぽを向いたままそっけなく答える。今回のエルドラへの亡命の件を俺たちだけで決めた事に相当お冠だ。

「あっちにいったら、お前は晴れて騎士様だ。今以上に美味いものも食えるし、良いところに住める。こんなクズためのような国より、よほどパラダイスだ」

「そんな問題じゃない!」

 地団太を踏んで顔を左右に振る。

「エージ、静かに!」

 エミから据わった目で睨まれつつ注意される。察するに彼女を黙らせろ、ということだろう。

 俺は大きな溜息を吐くと、中腰になると彼女を抱きしめた。

「ッ⁉」

 たちまち、顔まで真っ赤になるツムジちゃんに、

「俺たちは、お前が幸せになることを願っている。それにはエルドラに行くことが一番いいんだ。わかるな?」

 諭すように、背中を右の掌で優しく叩きながら語り掛ける。

 嘘ではない。オヤジがエルドラのさる貴族に事情を話して【魔導騎士】待遇を約束してもらっている。まったくオヤジの顔の広さには恐れ入る。本当にオヤジ、何者なんだろうな。

「俺たちは? エージはどうなの?」

 俺を見上げながら問うツムジちゃんに、

「もちろん、俺もお前の幸せを願っている。だからこそ、お前を命に代えても守るぜ」

 基本軽い俺にしては滅多に見せない真剣な表情を作り、力強くそう保障する。

「なら、約束して」

 ツムジちゃんは俺をまるで運命に取り組むような表情で見つめてくると、そんな意味ありげな台詞を吐く。

「あ、ああ、いいぞ」

 いつになく凄みのあるツムジちゃんに戸惑いを覚えながら、大きく頷く。

「いつか、私を迎えにくること」

「迎えって、だからお前はエルドラにいた方が――」

 俺がもう一度説き伏せようと開こうとした口はツムジちゃんの唇によって塞がれる。

「……」

 目を白黒させている俺から離れると後で手を結んで頬をリンゴのように真っ赤に染めながら、

「絶対約束だよ!」

 そう叫ぶ。

「うーん、娘の恋路を目のあたりにした俺はどういうリアクションとればいいんだ?」

 加茂芽かもめのおやっさんが隣に微笑ましい笑みを浮かべている奥さんにそんな冗談を問いかける。

「もちろん、喜ぶべきよ。エージ君なら、よいお婿さんになってくれると思うわぁ」

 奥さんがそんな天然な返しをする中、先ほどとは一転ご機嫌になったツムジちゃんは、エルドラでの生活についておばさんと話し始める。

「やれやれだ――ッ⁉」

「任務中に何、にやけてんのよ」

 半眼のエミにマスク越しに頬を抓られたとき、

「焼けますわね」

「--っ!?」

 突然生じた気配に一瞬息もつけないほどのショックを受けて身構える。

 暗がりに人影がある。マズイな。ここまで接近されて気配すら感じなかった。達人とかいうレベルじゃない。きっと、気配を消失させる魔術か何かだろう。

「警戒は結構ですわ。私はエルドラの使者、ソフィアです」

 屋外灯の光が照らしたのは、金色の髪を縦ロールにした長身の美女だった。

 女の胸の紋章は確かにエルドラの国章。そして、言葉もエルドラ語。エルドラは怪人に比較的寛容な国だ。そのせいか、オヤジにはエルドラの友人も多く、頻繁に関わっていたら自然に覚えてしまった。

 ホッと胸を撫でおろす俺とは対照的に、エミがツムジちゃんたちを庇うように前に出ると、

「最後におねしょをしたのはいつ?」

 エルドラ語で突拍子もないことを聞きやがった。俺たちが啞然としている中、

「6歳……」

 苦虫をかみつぶした顔で即答する縦ロールの女、ソフィア。

「いたいけな少年たちをフルボッコにした理由は?」

「あいつらが、私の入浴を除くからですわ! 第一、あいつらがいたいけなわけがないっ!」

 どんどん不機嫌の形相になっていくソフィアに、

「魔導宣言の2年半後に貴方が書いたラブレターの差出人の名前は?」

「これ、答える意味あるの?」

「いいから答えて!」

「カツキですわ! もういいでしょ!」

 真っ赤になって声を荒げるソフィアに、ミアは右手を差し出して、

「ごめんなさい。首領の学友って聞いていたのに、やたら若いからさ。どうみても私と同じ歳にしか見えないし」

 俺も思っていた感想を述べる。そうだ。オヤジは自称30代。どう見ても彼女は30代には見えない。

 ソフィアはエミの手を取ると、

「いーえ、お肌の張りはもう若い人にはかなわないですわ」

 微笑んでそんな謙遜を述べる。真っ白のジャケットの下の黒色のドレスからこぼれるような双丘はとても肌の張りを気にするようには見えない。何よりも――。

「……」

 彼女にはなぜか強烈な既視感があるな。デジャブだろうか……。

「……」

 ツムジちゃんや、なぜ俺の足を踏んでいる? そしてそんなに怒っておいでなのだ?

 遂にそっぽを向くツムジちゃんにソフィアは近づくとマジマジと観察する。

 その不躾な視線がよほどいやだったんだろう。僕の後ろに隠れるツムジちゃん。

「彼女の魔力保有量、相当なものですわね。確かに、これなら文句なく『魔導騎士』の認定を受けられます」

「あんた、鑑定魔術ができんのか?」

 限られたものにしかできぬ、鑑定の魔術。この魔術はかなり希少だ。保有しているだけで、世界中の組織から引っ張りだこの魔術。

「ええ、私の旧友が開発したポンコツ鑑定魔術ですわ。なぜポンコツかは内緒」

 悪戯っ子のように下をペロッと見せると、

「では、さっそく、船へと移動しましょう。少し古いけど生活必需品はすべてそろっているから、快適なはず――ッ⁉」

 ソフィアは加茂芽かもめのおっさんたちを促そうとするが、眉根を寄せて真剣な表情で暗闇の一点を凝視して右手を上げる。突如、ソフィアの連れの者たちが腰から剣を抜き、加茂芽かもめのおっさんたちを守るように臨戦態勢をとり、

「ちっ!」

 エミも舌打ちをしつつ、重心を低くして身構えた。

「いーけないんだ、いけないんだ。ソフィアちゃーん、剣の帯刀に不法入国ぅ。先生に言ってやろぉ」

 その港の暗がりから白色の服を着た青色の刀身のサーベルを帯刀したおかっぱ頭が姿を現する。

英雄ヒーロー水蛇みずちッ!」

 その姿を目にした途端、エミが仰天したような声を短く口の中であげる。他の仲間たちも、驚きと焦燥で肩をぶるっと震わせる。

 当然だ。東京の怪人であれを知らぬ者はいない。俺たちの住むスラム街のある華舞木かぶき区区長、水蛇みずちこと日根倉音ひねくらね。怪人の同胞を殺しまくったクズ野郎だ。

「へー、その印、白夜っ! 怪人のヴィランもいるじゃないかぁ! 今夜は大量だねぇ」

 人とは思えぬ長い舌で舌なめずりをしながら、エミや俺たち白夜のメンバーを眺めてくる。

「ネクラヘビ、お久しぶりですね」

 ソフィアも腰の長剣を抜くとその剣先を水蛇みずちへと向ける。忽ち、水蛇みずちのご機嫌だった表情が砂を噛むような不快な表情に歪み、

「その呼び方を止めろ」

 ぞっとする声で、ソフィアを恫喝する。

「あら、いい二つ名ですのに」

 しばし、ソフィアを親の仇でも見るような目で睨んでいたが、青色の刀身のサーベルの剣先を俺たちに向けて、

「おら、貴様ら、仕事だぞ!」

 声を張り上げると、暗がりから金色のパイナップルのような髪型をした鎧を着た巨漢を先頭に数十人の多数の白服たちが姿を現し、武器を構える。

 あの鎧を着た巨漢は英雄ヒーローだが、他の白服共は英雄ヒーロー同盟の職員。大した力はない。さらに、ソフィアたちもいるし、今なら互角の戦いができる。

「で? 区長、元ご学友の連れはどうするんだ?」 

 パイナップル頭が薄気味の悪い笑みを浮かべつつ、水蛇みずちに尋ねる。

「白夜の怪人ともども同様、全て処分だ」

 左手で首をかっ切りる仕草をする水蛇みずちに、

「いいのかよ? 問題になるぞ?」

 大剣を肩でポンポン叩きながら聞き返す。

「ならねぇよ。ここはエルドラの船の上じゃなく、俺たちジパングの領土だ。そのジパングの領土にこいつらが不法入国して、よりにもよって我が国の怪人組織と取引しようとしていた。怪人との取引は加盟国では極刑と決まっている。もし、このジパングでの処分が発覚しても、エルドラは文句を言ってはこねぇよ」

 悔しいが水蛇みずちのいうことは正当だ。怪人は英雄ヒーロー同盟にはもはや悪を通り越して害虫認定されている。英雄ヒーロー同盟加盟国内では取引はもちろん、存在していただけで駆除対象となる。

 もっとも、伝統の魔導士の系譜であるエルドラはその数少ない英雄ヒーロー同盟非加盟国。英雄ヒーロー共もエルドラ国内では好き勝手できない。だから、俺たちの勝利条件はツムジちゃんたちを、エルドラの領土である船舶内まで連れて行くこと。

「じゃあ、暴れてもいいってことでいいな」

 パイナップル頭は舌なめずりをして大剣を振り回して、エミにその剣先を向ける。

「総員、戦闘態勢ッ!」

「ヤーッ!」

 全員次々に武器を取り出す。俺もナイフを抜いて背後のツムジちゃんを守ろうと、身をかがめる。

「ネクラヘビ…そろそろ、貴方との因縁にも決着をつけましょうか」

 そう噛みしめるように口にするソフィアも、水蛇みずちに射殺すような視線を向けていた。きっと、相当強い因縁でもあるんだろう。

「その名で呼ぶのを止めろって言っただろうっ! あの糞野郎を思い出すっ!」

 ヒステリックにそう叫ぶと、ガリガリと左手で顔やのどを掻き毟り、血が噴き出す。

「結局、あの人に捕らわれているのは貴方も同じようですわね」

 ソフィアの無感情なその言葉に、

「ほざけ」

水蛇みずちが叫ぶと、二者は激突する。

 それを契機にエミが床を拘束で疾走して、伸長した爪でパイナップル頭の背後から切り裂こうとする。それをパイナップル頭は大剣で受けきる。

 両陣営の戦闘は開始される。


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