第3怪 依頼
道路は碌に舗装されておらず、ビルも廃ビル同然となっている。俺たちが住んでいるこの場所は、いわゆるスラム街。俺が幼かった頃はまだこのジパングもこうじゃなかった。だが、魔術が世界に広がってから、さらに貧富の差は拡大した。魔術を使えるものはより富み、使えぬものは貧しくなった。
その魔術が使えぬものの貧しさと弱さを
もちろん、
今、俺がオヤジの指示で訪れているのは、このスラム街でも数少ない定食屋【カゴメ食堂】。入店には身分証の提示を求められることが通例のこのご時世で、誰だろうと受け入れてくれる数少ない定食屋だ。
「おやっさん、いるかい?」
「おう、エージ、来たか……」
いつもは江戸っ子気質のカゴメ食堂のおやっさんは、椅子で項垂れながら頭を抱えて声を絞り出す。
「改めて事情を聞かせて欲しい」
俺は店の戸締りをすると、おやっさんの話に耳を傾ける。
「ツムジちゃんに黒紙が来たか」
黒紙とはまだ怪人の嫌疑がかかっている段階で送られてくる通知書のことだ。
ツムジちゃんは、おやっさんの実の娘で、魔術の詠唱なしで風を操作できる天然の能力者。
ツムジちゃんのように、天然に半人半魔の体質になるものもいる。これらは昔から非常に稀だが発生しており、エスパーとか、超能力者などと呼ばれていた。彼らは俺たち怪人と異なり、暴走はしないから、もし半人半魔であると知れば高位の魔導士と認められその将来が約束される。
しかし、近年、
ツムジちゃんに黒紙が届いた以上、彼女の怪人化が疑われたということだろう。
「国際
いつも図太いおやっさんとは思えぬ弱々しい声で呻きながらも、頭をガリガリと掻き毟る。
「国際
「きっと、尾部勉三に
「尾部勉三? あの国会議員のか?」
「ああ、実際にこれを見てもらえればわかる」
おやっさんが、タブレットを操作し、ある動画の再生をタップする。
おやっさんと相対するように、黒服たちを従えた蛙のような容姿の恰幅の良い年配の男が映し出される。
『だから、儂が便宜を図ってやると言っておるのだ。その代わり、お前の娘を儂の養女にしろ』
『そんな無茶苦茶なっ! 他ならなんでも――』
『――これは取引だ。もし、儂の提案を突っぱねるようなら、お前の娘は怪人としてお前ら夫婦ごと処分されるだけよ。よーく、考えてから決めるんだな』
その捨て台詞を吐くと、尾部勉三はお供を引き連れて店を出ていく。
「なるほど。尾部勉三の要請で国際
だが、物事には必ず表裏がある。魔術の公開は、色々な俺たちの生活を劇的に変えた一方で、一般人へ魔術という兵器を解放すること意味した。加えて、世界各地にできたゲートから出てくる人外の怪物たちが市街に出て暴れまわるという事件が多発。このゲート由来の魔物から身を守らんと各地で様々な非合法の魔導結社ができ、その組織のいくつかは犯罪に手を染めるようになる。結果、犯罪は劇的に増える。こうして世界は混乱の極致に至る。
この混乱を鎮めるために、国連は
もっとも、この
しかし、あくまで
その社会秩序を決めているものどもの指示なら、実にあっさり、非道にすらも手を染める。そんな奴らが、今の
「とっくの昔に結論が出ている話なんだ。きっと何を言っても、聞き入れてはもらえねぇ。
おやっさんは、俺にすがるような目でそう尋ねてくる。
「オヤジは始めっから、そうするつもりだよ」
奴らの目的はツムジちゃん自身にある。ツムジちゃんは天然の魔導士。天然の魔導士は一般人にとって生きる兵器に等しい。権力者どもにとっては格好なアクセサリーだろうよ。尾部勉三というヒキガエル野郎は、おやっさん夫婦を人質にツムジちゃんを奴隷として飼いならすつもりなんだろうさ。
「恩に着る」
おやっさんは、目じりに涙をためて謝意を述べてきた。
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