第2怪 憤怒
「エ……起……」
無理やり微睡という名の海底から引き挙げられる不快な感覚。身体を揺らされているのを知覚する。
「……きろ!!」
さらに身体の振動は大きくなっていくが、俺は布団を顔から被り、心地よい睡魔に身を委ねようとする。
「起きるのじゃ、エージっ!!」
身体に生じる微かな重圧。そして、ぺちぺちとリズムカルに刺激される頭部に顔を顰めながらも瞼を開けると、ウエーブがかかった膝まで伸びる長い金色の髪の少女が、俺に馬乗りになって、両拳を振り下ろしていた。
「イヴ、重たいよ」
イヴの体を抱き上げると、脇に置き、大きな背伸びをする。
「当たり前じゃ。せっかくの朝食がしまうぞ?」
「そのテレビの天下の副将軍の話し方、止めるよういつも言ってるよね? それにエージじゃなくて、お兄ちゃんだよ。そこは重要だから間違えないように」
頬をぷーと膨らませて、プイっとそっぽを向くイヴに苦笑しながらも、立ち上がり、その手を引き、一階へ降りていく。イヴは最近時代劇にハマっており、こんな奇抜な話し方となってしまった。
共同の洗面所で顔と手を洗った後、食堂に入る。この孤児院の大きなテーブルには、無数の料理の盛り付けられた皿が置かれており、各席には幾人もの少年少女たちが腰を下ろして俺たちを待っていた。ここにいる少年少女は純粋な人ではなく、皆、例外なく怪人だ。
怪人――魔導実験によって生み出された半人半魔の蔑称。
アメーリア合衆国による魔導宣言により、魔術という奇跡を人類は知る。以後、各国は魔術という奇跡の錬磨に鎬を削る。その研究の方向性を誤ったのが、この新人類誕生計画だ。
合衆国の魔導宣言とほぼ同時期に、世界各地にゲートと呼ばれる異界との門が出現し、人に非ざるものどもがこの世界に紛れ込むようになる。この人ではない異界からの来訪者と人間のキメラ化が新人類誕生計画だ。
この計画で生み出された人間は目が赤くなるだけで外見に大きな変化はなく、思考、倫理観に大きな影響はない一方、凄まじい魔力と特殊な超常的能力を有する。故に次世代の新人類として当初、もてはやされていた。
もっとも、一定の条件で理性を失い狂暴化することがわかってから、国際社会はこの計画を凍結すると同時に、各国で一か所に集めて厳重な管理と統制を開始した。
そして、大勢の半人半魔たちの集団暴走――【血のクリスマス】により、大勢の血がながれて、俺たちは晴れて怪人としてこの世界から駆除の対象となってしまう。
今この孤児院にいる子供たちは全員、カラーコンタクトをして怪人であることを隠して生活している。
「エージ兄ちゃん、おそいぞっ!」
「お腹ペコペコだよっ!」
非難の声が至所から上がる中、
「悪い、悪い、寝過ごした」
イヴとともに俺たちの席につくと、目が線のように細い白髪の中年の無精髭の男が皆をグルリと見渡して、
「皆、席についたね。ではお天道様と月に感謝して、いただきます」
両手を合わせてお決まりの挨拶をする。
「「「いただきます」」」
俺たちも挨拶をして食べ始める。
口の周りにスープを付けたままで、美味しそうにパンを頬張るイヴに、思わず頬が緩みながらポケットからハンカチを取り出すと、
「ほら、口についているよ」
スープがべったりついた口の周りを拭く。
「自分でできるっ! もう、イヴは子供ではないのじゃ!」
否定の言葉を紡ぐも、口元を拭く僕の手を振り払わず、なさえるがままのところは、甘えん坊のイヴらしい。
「何言ってるの。イヴはまだ子供だよ」
最近、イヴは変に背伸びしようとする。まあ、もう10歳だし聊か難しいお年頃なのかもしれない。
「子供じゃないっ!」
「はいはい」
肩を竦めてスープを口にすると独特のクリームの甘い味が舌を刺激し、何ともいえぬ幸福感で満たされた。そんな春先にする日向ぼっこのような柔くも暖かな気持ちは、
『――今月四月末に開催される【血のクリスマス】による犠牲者の追悼式典出席のために、国際英雄同盟、七英傑の一人、バロン氏がこのジパングをご来訪なされます。同氏は怪人たちの暴走を止めて犠牲者を最小限にとどめた英雄で……」
陽気なアナウンサーの言葉により、粉々にぶち壊された。
はっ! クソマスコミ共、あの虐殺直後はまだ『新人類』などと取り繕っていたが、遂に怪人と言って
何より、バロン、この大量虐殺者を英雄と称するとはな 。
【血のクリスマス】により、東京沿岸を埋め立て作った隔離施設にいた半人半魔たちのほとんどに、原因不明の暴走が起こる。半人半魔たちは全て特殊能力の持ち主。隔離施設は破壊され、暴徒と化した半人半魔は東京を襲い多くの死者がでる。それを
この一件以降、世界は半人半魔を管理するのは不可能と断定。怪人と称して処分を開始した。
突如、テレビの番組が切り替わる。
「私、料理番組みたかったのよねぇ」
孤児院の料理番を担当しているエミがリモコンを握りながら、そう呟く。
「エージ……?」
よほどひどい顔をしていたのだろう。脇に座るイヴが俺の袖を掴むと不安げに、見上げてくる。慌てて顔を笑顔に戻すが、俺の腰に抱き着いてくる。
やれやれ、イヴをここまで不安にさせるとは保護者失格だよな。誤魔化すようにその頭を優しく撫でると、
「なんでもないさ。さあ、食べよう」
優しく頭を撫でる。イヴは俺の顔を暫し観察していたが、
「うむっ!!」
笑顔で大きく頷き、スプーンでスープを掬い口に運び始める。
朝食後、白髪の中年の無精髭の男が微笑みながら、
「エージ、食事の後、少しお使いを頼まれてくれないか?」
俺に求めてくる。
「ああ、わかったよ」
おそらく
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