ウチデノコヅチ

武江成緒

プロローグ




 兵庫県、あし市、うち

 市の東部をかつて占めたこの村の名は、阪神地方の沿岸をとおる阪神電車・打出駅の周辺に、いまだ残りつづけています。


 すこし奇妙なこの地名の由来譚はいくつかあり。

 いわく。かつてこのあたりまで波打っていた海のほとりへ、山陽道がつきだす場だった。

 いわく。はるか昔、九州から海のかなたまで遠征をした女傑・じんぐうこうごうが、その命ねらう敵とたたかったいくさだった。




 けれど、もっとも知られているのは、おとぎ話でだれもが知っているあの宝。「打ち出の小槌」にまつわる由来ばなしになるでしょう。

 何しろ打出駅の北には、その名も「うちづちちょう」という町名がはっきり残されているのですから。


 この町のすぐ近くまで海が迫っていたころに、その海にすまう龍神が、打ち出の小槌をときのみかどに献上したと伝わっていて。

 その宝物、いかなる経緯か、この地の長者の所有するものとなっていた。


 長者が小槌をうち振るうと、食べ物、衣服、家畜、従者、家すら、思いのままに出てきたと。

 長者はこのふしぎな小槌でたいそう富み栄えていたとも、あるいはこうして出てきたものは、鐘がなるとすべて消えてしまったとも伝わっています。


 ともあれ、今なおこの町では、静かな夜更けに地面に耳を澄ませてみると、地の底からにぎやかなうたげのさまがかすかに聞こえてくるといいます。






 そんな伝説まつわるこの町に、あなたがふらりと降り立ったのは偶然でしょうか。それとも何かに心ひかれたのでしょうか。


 かつては西の芦屋村と、この地の中心を競ったというにぎわいは、いまは静かなものとなってはいるけれど。

 駅から北への通りをみれば、並木の見まもる赤い歩道をわきにしたがえ、緑にぬられた道路がのびて。

 左右にいならぶ建物たちは、煉瓦づくりのものであったり、ユニークな造りをしていたり。

 そんな通りがうねりゆくその先には、見守るように、白いおおきな石の鳥居が立っています。




 気のせいでしょうか。

 どこからともなく、かすかながら、笛や太鼓の音がながれてくるようで。


 なにか誘われるように、鳥居の見えるほうへと向かって、あなたは歩き出したのでした。









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