第十話『身の丈に合った生活を』


「初めての燃料狩りブラッドハント、おー疲れ様ッ!」


 その日の燃料狩りはがあったもの、おおむね順調に進行し夜を迎える前に終了した。

 朝輝あさきはほとんど役に立てなかったがエイヴリルの張り切りと予想外のルーノアの活躍により、戦果としては上々である。


「リーダーただいま戻りましたぁ! しっかり稼いできましたよ!」


 ウキウキ顔のエイヴリルが元気よく拠点に戻ってくる。

 事務スペースにいたフォルマットがほっと胸をなでおろした。


「ああお帰り皆。何事もなく終わったようでなによりだよ」

「それがそうでもなかったかなーって」


 歯切れの悪い様子に首を傾げたフォルマットは続く面々を眺め。

 ご機嫌のルーノアの後にどんよりとした朝輝が入ってきたところで、目線でエイヴリルに問いかけた。


「実は……」


 一通りの説明を聞いたフォルマットが笑い、朝輝がさらに俯いたのを見て慌てて誤魔化す。


「いやいやすごいアームドエイヴィスA2だね。異蝕体を群れで倒そうと思えば、普通は都市級の主砲が必要なんだよ! まぁまぁ、今回はちょっと向きじゃなかったからって気に病むことはないよ。その力が必要な場面はきっとあるからね」

「そうかもしれないですけど……」


 慰めを聞いても朝輝の表情は晴れなかった。

 フォルマットは傭兵部隊マーセナリーコープあてに振り込まれた今回の報酬を確かめる。


「さて、新人である二人には軽く説明しておくよ。仕事の報酬は基本、ブルーヘブンスから部隊コープへとまとめて振り込まれる。それをもとに、君たちのA2から収集した撃破スコアとその場の仕事ぶりなんかに応じて個人の報酬を分配するんだ。諸経費とか部隊の運営費なんかはあらかじめ差っ引かせてもらうから悪しからずだね。それで今回の分配なんだけど……。分ける前にマキシマ君の銃を揃えてしまおうと思うんだけど、どうかな」

「はい! はい! さんせー! さんせェー!」

「異議なしですよ」


 いきなりのことに反応が遅れた朝輝を他所に、残る全員が頷きあう。


「いやいやダメだろ! これは皆が稼いだ分なんだ! 俺のなんて後回しでいいんだから……」

「何言ってんのさっさと銃揃えて次回からあんたがガンガン稼ぐんだよォ!!」

「はい申し訳ありませんよろしくお願いします」

「新しい銃いいなぁ。ルーも見に行きたいです~」

「ルーはもう十分でしょってか、そもそも機体のレンタル終わらせないと装備変えられないし。また今度にしなさい」

「ええ~」

「はは。じゃあ案内はエイヴリル君にお願いしようかな」

「まっかし!」


 かくして部隊の満場一致に押し出され、エイヴリルと朝輝は市場へと向かうことになった。


 ◆


 第三階層の湾口エントランスの奥にある商店が集まった地区を、住民たちは市場と呼んでいる。

 生活用品から果てはA2用の装備まで秩序なくあらゆるものが軒先に並ぶ、それがこの市場の特色だった。


「なんていうか。いつ見ても建築基準法とか存在しない光景だよな」


 歩きながら朝輝は唸る。

 何せ市場にある建物ときたら縦横無尽で乱雑に積み上がっているとしか表現できない有様なのだ。


 そもそも浮動都市アンビュレイトシティは広さに限りがあり、建物の建築には著しい制約がある。

 そのため正式な店舗を持つ商人なんてのはごくごく一握りでしかない。


 ほとんどは狭苦しい住居を無理やり改装するか、さもなくば出店でみせ形式をとるしかなく。

 中には出店の上に出店を重ねた、高層出店なる異様なブツまである始末だった。


「やっぱ未来世界、半端ないわ」

「どこの街でもありがちな景色だな。広さの問題はどうしようもねぇ」


 出店が所狭しと通路を埋め尽くすせいで、道が道としての機能を果たしていない。

 本末転倒を感じながら店と店の隙間を縫うようにして歩いた。


「そういやいまさらだけど。銃ってA2のセルアセンブラ機能ってので作れないのか」

「詳しいじゃん。でもあれわりと雑なものしか作れないからね。暴発で死にたくなけりゃ、ちゃんとしたの買うべきよ」

「うわぁ。しっかり買わせていただきます」

「よろしい。先輩の助言には従うことね」


 エイヴリルが馴染みだと紹介した店は珍しいことにしっかりとした店舗を構えていた。

 外観はどちらかというと倉庫のようで、厚い金属製の自動扉に出迎えられる。


「うわぁ。すっげ……」


 中に一歩踏み入れば、そこには人間用のものから明らかにドでかいA2用のものまで、ずらりと銃火器が並んでいた。

 平和な日本で暮らしてきた朝輝からしてみれば気軽にお店で売るようなものではない。

 なるほど物々しい扉が必要になるわけである。


「お、久しぶりだなエイヴリル。部隊コープ、人入ったんだって?」

「耳早いね店主。それで新人用の武器が必要なんだけどさ。お手頃なの見繕ってよ」

「おう任せとけ」


 さっそく商談に入ったエイヴリルにお任せしつつ朝輝は店内を見て回った。

 しかし悲しいかな彼は重火器についてはド素人であり、大きさ以外の違いなどほとんどわからない。

 彼が無意味に唸っていると背後で扉の開く気配がした。


「まったくゴミゴミと第三階層は酷い場所だな。どうして我々がこんなところを使わないといけないのか! 貧乏籤もいいところだ!」


 足音も荒く客らしき人物が入ってくる。

 離れていても荒れた様子が伝わってきて朝輝はそっと顔をそむけた。

 触らぬ何とかに祟りなしである。


 ちょうどそこにエイヴリルが戻ってきた。


「マキシマ来てくれる? 都市の法で使用者の身分証登録しないとでさ」

「わかった、いくよ」


 カウンターに無造作に置かれたA2用の大型火器。

 まるでスポーツ用品店でのやり取りみたいだと思っていると、店主がニコニコと手を挙げて挨拶してきた。


「おう、あんたがエイヴリルん部隊トコの新人か。色々と大変だと思うが頑張れよ」

「ありがとうございます!」

「そんでこれがお勧めの新人セットだ。これに満足できなくなってきたらまた買いに来てくれよな。いつでも待ってるぜ」

「はい、是非!」


 店主のセールストークに元気よく頷き、朝輝は身分証を表示しようとして。


「おい貴様、この店の人間だな。急ぎの注文がある、こっちを優先しろ」

「え?」


 いきなり横から割って入られたのだと気付いたのは、既に押しのけられた後だった。

 すぐにそれがさっき悪態をついていた客だと気付く。


 さすがに見かねた店主が客を諫めようとして。


「おいおい、ちょっと待てよ。こっちはいま接客の最中だ。終わったらちゃんと聞くから待っていて……」

「これを見てもまだそんな無駄口が叩けるか?」


 客が提示した電子媒体から情報を読み取った店主が驚きに目を見開く。


「身分証がどうし……なっ、二等市民セカンドだってぇ!? どうして第三階層なんかに!」

「急ぎなのだ。でなければこんなゴミ溜めに来るわけがなかろう! わかったらさっさと言われたものを用意しろ! フン、金くらいは払ってやるぞ」


 状況が飲み込めないままの朝輝にエイヴリルがこっそりと囁く。


「うあっちゃー。マキシマ、相手が悪いわ。ここは退くよ」

「いやでも横入りされたのはこっちだぞ」

「二等市民様にとっちゃ三等市民あたしらは鼠みたいなもんだからね。都市法の保護レベルも段違いだし、喧嘩していいことなんてひとっつもないから」


 諦め顔のエイヴリルに店主も同意見のようだった。


「すまん二人とも。待っててくれるか」

「いつまで構っているつもりだ。さっさとやれと言っている!」

「……へい。お待たせいたしました」


 二等市民の客がカウンターを叩いて急かす。

 店主の表情に不快なものが過り、しかしすぐさま営業用の笑顔で塗りつぶしていた。


「これ、俺の身分証です。に確認お願いします」


 朝輝は前に出た。

 身勝手も横暴も、彼のもっとも嫌うところだ。


「ちょっ、マキシマ!?」

「貴様……三等市民風情が邪魔をするだと? どうなるかわかっているんだろうな!」

「あなたは等級の高い市民権を持ってるんでしょう。だったら格に見合った振る舞いをされたらどうなんですか」

「なにぃ? 何を言っている!」


 エイヴリルはもはや口を開くことすらできない。

 市民権の等級は人格の高潔さとは無関係であり、どちからといえば経済力の格付けに近い。

 かつてはどうだったか知らないが、古代人の感覚は現代では通じないのだ。


 いずれにせよ二等市民とのもめ事は避けねばならない。

 争いになれば、都市法は必ず二等市民を優先するからだ。

 そして三等市民には敗北という名の死が下る。


 彼女が頭をフル回転させていると、意外なところから待ったがかかった。


「あ、あのお客さん。待ってくだ……そっちの彼の、身分証が……」

「うるさいぞ! 貴様も逆らうのか!」


 店主である。

 彼は陸に上がった魚のようにパクパクと口を開け閉めしていたが、やがて絶叫した。


「いやちが! ふぁ……一等市民ファーストなんでふ! 彼!」

「は?」


 自分は一体何を言われたのか?

 理解の追いつかない二等市民の客が間の抜けた表情を晒している間に、エイヴリルがマッハで朝輝の身分証を読み取った。


「おっま! マジだそんなワケがいやそうかテメェだなベリ太ァ! 何だこの身分証ァ!?」

「んあ? なんか問題か」


 エイヴリルが朝輝の背負ったリュックサックにくっつき小声で怒鳴るという器用な芸当を披露する。

 中には当然ベリタスが入っていた。


「マキシマが一等市民なワケないでしょ! どうなってんの!?」

「ああそれか。いちいち引っかかるのも面倒だから、とりあえず一等にしときゃ何でも通ると思ってな」

「こんのクソ機械知性マシンオース……!」


 エイヴリルは頭を抱えてのたうちまわりたい気分だったが全ては後の祭りである。

 まずはこれ以上の大事になる前に事態を収拾せねばならない。


「ごほん! 失礼! そこの二等市民のお方。えー、我々にもー事情があり、こちらで取引を進めたいところで。えー、事を荒立てる気などはないのでー、取引さえ終われば穏便に立ち去るつもりでありますがー、いかがなさいますかー」


 エイヴリルは一息に言い切った。二等市民が冷静さを取り戻すまでが勝負である。

 案の定、彼は混乱したまま露骨にほっとした表情を浮かべた。


「わ、わかった! まさか一等市民のお方がこのようなところにいるとは思わなかったんだ。ゆ、許してくれ。そうだ! 私は店の外で待っていよう! どうぞ、どうぞごゆっくりお取引を!」


 渡りに船とばかりに提案に飛びつき、そのまま大急ぎで店の外へと走り去った。

 待っているなどとは言っていたが、あの様子ではもう戻ってくるまい。

 急いでいたことなどとうに脳裏からぶっ飛んでいるに違いなかった。


 それも仕方がない、ほんのわずかにエイヴリルは同情した。

 二等市民の彼がそう振るまったように、この街において身分差とは絶対のものなのである。


 一等市民権を持つということは相応の力を持っているということ。

 万が一にも機嫌を損ねるようなことがあれば、最悪市民権をはく奪されるようなこともあり得る。

 そりゃあ逃げる以外の選択肢なんてなかろう。


「いやいやエイヴリル! おま、新人ん!? 一等市民が表層階サーフェスから降りるわけないだろ! どうなってんの!?」


 とりあえず、説得するべき人物はもう一人残っていた。


「あーうん、ちょっと落ち着いて。めっちゃくちゃ気持ちはわかる、本当にわかる。けど色々あんのよ……。とにかくこれでトラブルになることはないから、売るモノさっさと売っちゃってよ」


 店主はよほどあれこれ聞きたかったが、それ以上の追及は諦めた。

 藪をつついて銃口が出てきてはたまらない。

 やはり、一等市民を相手にしくじれば間違いなく命はないのだから。


 ここで店主が身分証が偽物であるという可能性を疑わないのには理由がある。

 というのも身分証まわりのシステムは都市管理機構体の直轄であり、最高峰のセキュリティが施されている。

 およそ一切の欺瞞が許されないのだ。


 結局、彼にできることは穏便に取引を済ますことだけなのであった。


 ◆


「ちょっとした買い物のはずなのにつぅ~っかれたわ~……」

「なんかゴメン……」


 帰り道、エイヴリルは異蝕体と戦った時なんかよりもよほど疲れた顔でとぼとぼと歩いていた。

 彼女自身は今にも道端にへたりこみたい気持ちでいっぱいだったが気合で耐えている。


「もうあの店行けない……いや違うわ、逆にあの店以外にいけないんだわ!!」

「どういうこと?」

「他の店で同じ騒ぎ起こせないってコト!」

「……本当、色々とゴメン」

「ああいや、あんたのせいじゃないでしょ。悪いのはこのポンコツボール!」

「んだとう。本機は最善を尽くしただろ」

「何一つとして善がないってぇ!」


 ぎゃあぎゃあと言い争っている間に拠点まで戻ってきた。


「ああ~そうだ……」


 いや、まだ終わっていなかった。

 事の経緯をフォルマットに説明せねばならない。

 武器を扱う店との付き合いは部隊全体に影響する。

 経緯が経緯である、むしろ下手な誤魔化しをするほうが難しい。


 エイヴリルはしばらく悩んだ後、いきなり朝輝の背後にまわりリュックサックをがっしりと掴んだ。


「あんたが説明するんだよ真犯人」

「おい。面倒くさくなりやがったな」


 一人と一体がああだこうだ押し問答をしていると、朝輝がぐいっとリュックを背負いなおした。


「いや、俺から話すよ。世話をかけっぱなしだし、ベリ太だって俺のためにやってくれたことだ。他人のせいにはできない」

「うーん、まぁそこまでいうなら任せるよ」


 そうして彼は決意の表情と共に拠点の扉をくぐり――。

 その日以降、フォルマットの胃薬の量がたっぷりと増えたのだった。


「うう~ん、フォルマットさんには苦労をかけっぱなしだ」

「古代人じゃあ仕方ねぇな」

「好きでやってるわけじゃないんだけど!」


 拠点にある駐機場へとやってきた朝輝は溜め息と共に座り込む。

 リュックから出たベリタスがその辺をコロコロと転がっていった。


「皆には世話になりっぱなしだぁ……。この恩をどう返そう」


 環境を整えるだけでこのありさまだ。

 一人前としてやってゆくまでの道のりは遠い。


「……よし。くよくよするのは止め! 明日からの仕事で返すんだ!」


 勢いよく立ち上がり、駐機場に佇むクロウゴーストと向かい合う。

 主翼の下では店で購入した銃火器が鈍い輝きを放っていた。

 標準的な対異蝕体用機関砲で単位体ミニットオルトを蹴散らすのに申し分ない威力を有している、とは店主の売り文句だ。

 これさえあれば前回のような失態を繰り返すことはないだろう。


「俺、頑張るよベリ太!」

「応援くらいはしといてやる」


 パンと頬を叩いて気合を入れる。

 立ち止まっている暇などない、未来世界での一人暮らしはまだまだ始まったばかりであった。


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