第九話『過ぎたるは及ばざるがごとく』


 傭兵管理機構『ブルーヘブンス』。

 ここで管理される傭兵というのはアームドエイヴィス乗りA2レイダーたちのことを指しており、ブルーヘブンスは彼らへと依頼という形で仕事を斡旋することを主な業務としている。


「依頼受けるのって初めてだ。なんだか緊張するな」


 それには当然、傭兵としての登録を済ませた朝輝あさきも含まれていた。


 彼の初めての依頼の場所、そこには既に大勢のA2レイダーたちが集結していた。

 ざっと見渡す限りその数は百を下らず、傭兵部隊マーセナリーコープの所属を示すコープマークも様々な、いわば寄り合い所帯である。


 普段は部隊単位での行動を基本とする傭兵たちとしてはかなり特殊な状況だった。

 この状況の理由は、彼らが受けた依頼『燃料狩りブラッドハント』の内容にある。


 緊張を隠せない朝輝へとエイヴリルが笑いかけた。


「だぁいじょうぶよ。特にあんたは既に何度も戦ってるでしょ。それと同じことだって!」

「そうですよ! はやくバンバン撃ちにいこうです!」

「あんたはもうちょっと緊張感持ちな」


 何故かやたらとウキウキな様子のルーノアを嗜めて彼女は振り返る。

 ルーノアの後ろにはブルーヘブンスでレンタルした彼のA2が駐機形態スタンバイモードで佇んでいた。


「……はぁ。よりによって重砲撃機『ブレイズアルバトロス』選ぶって? そのちんまいナリでよくもまぁ。ルー、あんたそれがどれだけ金喰い虫か知ってるわけぇ?」


 子供のように小柄なルーノアには不釣り合いな大型の機体。

 アホウドリアルバトロスの名に相応しく幅広の主翼には強力な主砲とサブの機関砲が吊り下げられており、いかにもな火力偏重の機種であった。


「はい! 撃っていいのは報酬分までってベリタスが言ってたですよ!」

「おいコラ本機に罪を擦り付けんじゃねぇ」


 得意げに胸を張るルーノアにベリタスから抗議の声が飛ぶ。

 エイヴリルはこめかみを押さえて唸った。


「赤字だけは絶ッッッ対に許さないからね! 赤出すくらいならあたしがあんたを撃ち墜とすから!」

「わぁこわいです」

「うーん、エリーさんならやりかねない」


 安心と信頼のエイヴリルさんであった。目はマジである。


「そうカッカすんな。ルーは初心者だろ。こいつは防御PICフィールドも強力だからそうそう墜ちないし向きではあるぞ」

「……そうね。最初は生き残るのが仕事みたいなトコあるしね。あーもう! 投資だと思ってしばらくは目をつぶったげる!」

「わぁルー許されたです」

「見逃してあげるだけね? 許してはいないから」


 ルーノアへとにっこり笑いかけるエイヴリルさんであったが、目だけはどこまでもマジだった。


「それでは張り切って撃つですよー」

「そ、そうだな! いっぱい倒せば許されるよ、きっと……」

「はぁ……。まっいいか、要は戦えればいいわけだしね。後は狩りの間、ちゃんとこっちの言うこと聞きなさいよ」

「はいです!」


 返事の威勢だけは満点である。


 エイヴリルもまた己のA2を呼び寄せた。

 『アサルトイーグル』――平均的な筐体に相応の武装を載せた、お手本のような機体である。

 それだけにA2の強みである機動力と打撃力を十分に生かすことのできる構成だと言えよう。


「それじゃ、出撃!」


 エイヴリルを先頭に、それぞれが自分のA2を装着し空へと舞い上がる。

 その時、都市から大型トラックをさらに化け物にしたような巨大な車両が数台降ろされてきた。

 傭兵たちへと移動の指示が下り、超巨大トラックごとに分かれてゆく。


「あれがあたしたちの担当する『指揮車両』よ。狩りの間はアレを中心に移動するから」

「えっと『燃料狩り』は異蝕体オルトを狩るのが目的で、倒した後はあのデカいトラックに回収してもらわないとお金にならないんだっけ」

「そう。それと一つ注意が必要なのが、指揮車両は依頼元である都市の指揮下にあるってこと。報酬減額されるから絶対に傷つけちゃダメ。そもそもあの車は防御PICフィールド積んでないからね! 異蝕体に襲われたらひとたまりもないのよ」

「それじゃ近づけるのもダメっぽいな」

「あたしたちは異蝕体を倒して、せっせと運んであれに食べさせればいーの」


 朝輝たちの部隊の他にも数部隊が同じ車両の担当となった。

 指揮車両の移動に合わせながら一度各部隊が集まる。


「エイヴリル! お前が燃料狩りにくるとは……なるほどそっちの新人のためか」


 集まった部隊の中には朝輝にも見覚えのある顔があった。

 傭兵登録をするために初めてブルーヘブンスへと踏み入ったあの日、勧誘として声をかけてきた者の一人だ。


「変な邪魔はしないでよ。こっちも財布事情が厳しいんだから」

「わかってる。しかしよくすんなりと依頼を受けられたな。さすがに依頼の最中に何かあるとは思わないが、気をつけな」

「もちろんそうするつもりよ!」


 それから部隊ごとに担当範囲などを話し合い、それぞれの配置へと散ってゆく。

 話し合いの様子を後ろから見ていた朝輝が唸った。


「なんだか先輩って感じだな、エリーさん」

「間違いなく先輩だろうが」


 ベリタスはまたいつも通りクロウゴーストの背面にいた。

 単に乗っかっているのではなく専用の台座を設置して収まっている。

 ちなみにこの台座もセルアセンブラ機能を利用して勝手に作ったものだった。


「これで古代人が突っ込んでも振り落とされることもあるまい」


 どうやら彼はいつも取り残されていたのを気にしていたらしい。


 そうして一行は指揮車両を中心として、しばらく都市から離れるように進んでいった。

 傭兵たちは車両に合わせた速度で飛行しながら周囲を軽く回り、偵察などして暇をつぶしている。


「ところで異蝕体と戦うってもそんな都合よくいるもんか?」

「適当にぶらついたりはしないって。都市から十分離れたところで指揮車両が強力な索敵レーダー波を放つ、そしたら奴らが引っかかって寄って来るってワケ」

「なるほど、おびき寄せるんだな」

「そ。指揮車両が索敵と囮を兼ねてんのねー。といっても安心しなさい、ヤバくなるほど大量に引き寄せることはないから」

「そいつは安心だ。上手くいくことを祈っておいてやるぜ」

「はやく撃ちたいです~」

「おっぱじまったら休む間もなく撃てるから、もう少し我慢しなさい」

「はーい」 


 やがて指揮車両から各部隊へと短距離通信が入る。

 狩りの始まりが告げられ、誘導用を兼ねた強力な索敵が開始された。

 ざわりと周囲の気配が変わったような気がして、朝輝は我知らず震える。


「指揮車両より傭兵各機へ通達。前方より異蝕体の反応を複数確認。反応規模より単位体ミニットオルトと推定、予定通りだ。仕事を始めてくれ」

「りょっかーい! よし皆遠慮はいらない、狩って狩って狩りまくろーう!」

「待ってましたですー!」

「殺伐としてるなぁ。まぁこれが傭兵ってことだよな」


 それぞれのA2が巡航形態クルージングモードを解除し戦闘形態バトルモードへ移行。

 エイヴリルが真っ先に飛び出し、やや遅れてルーノアが続いた。

 朝輝は最後尾である。


 木々の間にチラチラと見え隠れする特徴的なキノコの化け物――異蝕体。

 それらはぴょんぴょんと木の上に飛び乗ると接近するA2へと射撃器官を向けてくる。


「あはっはぁーッ!! 今日はこっちからイかせてもらうよぉーッ!」


 気分は最高潮、高度は低く。

 エイヴリルが地を這うように進み、A2の推進器が咆哮し土煙を噴き上げた。

 片時も速度を緩めることなく生い茂る木々をかわしながら敵に銃撃を叩き込む。

 わらわらと群がりくる異蝕体を的確に一体ずつ潰してゆく、A2レイダーのお手本のような戦い方だ。


「うっわエリーさんすごいな。あの時も推進器さえやられてなけりゃあ一人で大丈夫だったんじゃないか」

「だから人のいない部隊コープでも傭兵やってられたんだろ。誰しもツイてない時はあるもんだ」

「お次はルーの番ですよ!」


 雑談する一人と一体をその場に置き去りに、ルーノアがエイヴリルの後に続く。

 搭載する火器が一斉に砲弾を吐き出し、有り余る火力をもって敵を粉砕していった。


「いぃぃぃやっふーぅぅぅ!!」


 当然、異蝕体だって黙ってやられているわけではない。

 激しい反撃がルーノアを捉える。

 彼のブレイズアルバトロスは機体が重いため機動性が低く、エイヴリルのような回避重視の戦い方には向いていない。

 その代わりに高出力のPICフィールドを搭載しており、少々の被弾では小動もしなかった。


「うーりゃうりゃー!」


 ついにはルーノアが火力で押しきり敵の反撃ごと黙らせる。

 純度一〇〇%のゴリ押しである。

 異蝕体の死体を山のように築きあげ、満足げに額の汗を拭った。


「いくらPICフィールドがあるからってよくもまぁ耐えることだ。あのガキ、思ったより肝が据わってやがる」


 その戦いぶりを見ていたベリタスが感心したように作業アームで腕組みしていた。

 彼らの隣にエイヴリルが並ぶ。


「あらルー、結構やるじゃない。ビビらず撃てる奴はレイダーに向いてるよ」

「やったー! 撃ちまくるの楽しいですね!」

「そりゃよかったけど、だからって無駄弾撃っていいわけじゃないんだかんね。あんたのA2金喰いなんだから!」


 そんなこんな、二人は快調に敵を撃破してゆく。


「ぼうっとしてる場合じゃない。俺たちもしっかり稼がないと!」

「おう頑張れ。本機は見といてやる」


 クロウゴーストの上でベリタスがくるくる回る。

 機械知性マシンオースのであるベリタスは制御系に干渉することもできるが、それとA2を上手く操れるかはまた別の話である。

 操縦するのはあくまで朝輝だ。

 着いてきたのも拠点に転がしておくわけにもいかないという理由が大きかったりする。


「任せろ。今日も頼むぜ、封璽機関レガリアエンジン出力上昇……よっと!」


 もはや慣れた感覚が湧き上がる。

 朝輝の身体中に光が走り、周囲をぼうっと照らし出した。


「まったく、こんなエネルギーをどこから捻りだしてやがるんだ? お前の身体ん中には何があるんだか」


 ベリタスのぼやきに答える前に、朝輝は加速を始めていた。

 莫大なエネルギーを受けた推進器が爆発的な炎を吐き出す。

 光を纏い自らを一振りの槍と化し。

 朝輝とクロウゴーストは立ちはだかる異蝕体の尽くを粉砕しながら、群れのど真ん中を貫いた――。


 ◆


「なっ、なんだありゃあ……向こうの群れがごっそりといなくなったぞ!?」


 驚いたのは他の区域を担当していた傭兵たちだ。

 彼らはごく当たり前の銃火器を手に、当たり前にちまちまと異蝕体を撃ち殺していた。

 その真横で群れを一気に粉砕したのだから、むべなるかな。


「A2の搭載火器で群れごと吹っ飛ばせるものかよ。指揮車両がぶっ放したかぁ?」

「いや違う。あそこは確か……エイヴリルたちの担当区域だ! あいつらいったい何をやってやがるんだ!?」


 周囲が動揺に包まれる中、当のエイヴリルたちはといえば――。


「うへー。マキシマってこんな風に戦ってたんだ。初めて見たんだけど、異蝕体に体当たりする奴!」

「ふぁーなにやってんですあれー?」


 ――呆れていた。

 ルーノアもさすがに引き金を緩め、目を丸くしてその光景を眺めている。


「本当、古代人って意味わかんないね。確かあいつのA2、銃の一挺も積んでないのよ」

「意味わかんないですね! すっごいですね! 異蝕体がこっなごなに消し飛ぶですよ」

「そうそう、粉々に……って。ちょっと待って」


 激しく湧きおこる嫌な予感。

 朝輝が攻撃した異蝕体はどうなるだって? そう、木っ端みじんに吹き飛ぶのである。

 それは、とてもではないが残骸を回収するのが不可能なほどに――。


「ちょ! 止めェ! マキシマァ! それじゃあお金にならねーだろォがァァァ!!」


 大絶叫したエイヴリルに横合いから飛び蹴りを叩き込まれ、朝輝はもんどりうって吹っ飛んだのだった。


 ◆


「マキシマ君。ちょっとお話があります」

「……はい。先輩」


 狩りは一休み。

 A2を装着したまま朝輝は正座させられていた。

 眼前にはエイヴリルが仁王立ちで眉を吊り上げている。怖い。


「あんたもしかして異蝕体粉々にふっ飛ばすしかできないわけ? 何をお金にするか覚えてんのォ? はいルー!」

「指揮車両に異蝕体の死体を食べさせるですよ」

「そのとぉーり! 死体も残さず粉々にしちゃったら儲けにならないわけ! お分かりィ!?」

「はい。面目次第もございません……」


 まさかの欠点であった。

 異蝕体という人類の天敵を倒せるという事実こそが、朝輝に戦いを生業とすることを決意させた。

 なのにそれが今は収入を阻む障害に転じようとは!


「ベリ太ァ! あんたマキシマの保護者でしょ。ちゃんと躾けなさいよ!」

「おいコラ勝手に変な役目つけてんじゃねぇ」

「他に古代人のことがわかる奴いないんだから諦めなさい」

「ぐぬぬ」


 朝輝がなおさらへこみ、背中のベリタスが抗議を兼ねてくるくる回る。


「ったく手のかかる。そもそも体当たりしかないってのが意味わからんのだ。料理とかやってる暇があるならまずこっちを何とかすべきだったな」

「ごめん。これで全然いけるやって油断があったよ。でも武器かぁ、買うしかないんだよなぁ。お金ないからまた借りないといけないし。つらい」

「本来そっちのほうが全然簡単なんだがな?」


 朝輝にとっては何よりもお金を借りねばならないことが一番厳しい。

 胸を張って一人暮らしを成し遂げるにはまだまだ色々な障害をクリアせねばならないようだった。


 ◆


 そんな傭兵たちの戦いを離れて見つめる者たちがいた。


「ああ? んだよォおいおい。なに大手を振って依頼受けてんだよォ」


 指揮車両の探知レーダー範囲ギリギリの位置。

 A2を背負ったスレイドと手下たちが悪態をついていた。


「それが奴ら、タイガスさんともめた時、どさくさに紛れて依頼通してたみたいで……」

「っかー! 気に入らないぜぇ」


 唾を吐き捨て、スレイドが考えこむ。

 不穏な空気を感じ取った手下が慌てた。


「スレイドさん、さすがに燃料狩りに手ぇだすのはマズいですぜ」

「んなもんッたりめぇだろが! ありゃ都市運営直々の依頼だ。妨害なんてしようもんならよくて追放、普通はその場で処分だぜ」


 強面の手下たちすら震えあがる。

 怖い者なし荒くれぞろいなA2レイダーが唯一絶対的に恐れるもの、それが都市運営なのだから。


「だぁがよぉ。狩りの途中に事故が起こるのはよォ、そりゃあ俺たちのせいなんかじゃあないよなァ?」


 にやついたスレイドの言葉に、手下たちは顔を見合わせたのだった。


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