第八話『共に歩けば楽し』
「マキシマ、古代ってどんな感じだったです?」
巻嶋朝輝が
着の身着のまま状態でこの時代にやってきた彼は仕事を始めるより前にまず生活環境を整えなければならず、そのための準備に追われていた。
寝床こそ拠点内に用意してもらえたものの、中身は家具のひとつもないまっさらな箱。
マットとシーツを貸してもらえなければ床で寝るのと大差なかったほどだ。
そんなこんなあれこれと必要なものを見繕っている時である、同僚のルーノアがひょこっと顔を出したのは。
「いきなりどしたん。うーん? どんなって言われてもな。というかベリ太の奴が面白がって古代人古代人言ってるけど、俺のいた時代そんな古くないからな?」
「何言いやがる。ゼロイヤーなんざ十分に古代の範疇だ」
その辺を転がるベリタスを無造作に掴み、ポンポンとドリブルしてからすぽっと投げる。
ロクな家具もないのに何故か最優先で設置したバスケットボールのゴールポストへと見事に入った。スリーポイント。
ゴールポストのサイズが小さいためすぐに抜けず、バタつくベリタスをほっぽり出してルーノアに振り返る。
「そういや俺のいた時代について聞かれたのって何気に初めてかもな。興味あるのか? ルー」
「家にいた頃、古い時代の記録を見たことがあるです。異蝕体のいない世界。歩かない都市に暮らして階層もなく、空を見上げて過ごしていたです?」
「そう言われたらそうなんだけど。俺にとっちゃそれが当たり前だからなぁ。はるか昔のことって言われると変な気分だよ」
そもそも朝輝がこの時代で目覚めてからまだ一週間も経っていない。
彼の主観的な時間感覚ではつい先週まで見ていた景色が、今ではすっかりと遠い世界のことになってしまっている。
「じゃあマキシマはやっぱり元の時代のがいいですね」
「命の危険がないって意味ではそう。でもどっちがいいかっていうと……難しいかな」
命を危険に晒されることなく戦わずとも生きて行ける。
それだけで比べようもないほど上等なはずなのに、朝輝は即答できない自分に驚いていた。
(……ちょっと疲れる毎日だったからなぁ)
それは、彼の日常生活が少しだけ変わっていたせいで。
だからなのだろう。こんなにも危険で恐ろしい時代に送り込まれたというのに、妙に気分が浮きたっているのは。
(危ないのは確かだけど、その分自由っていうか)
何もなくて、何もかも一から作り直さなければならない。
逆に言えばなんのしがらみもない。
整理の途中だったエイヴリルとフォルマットから
これからどうやって暮らしてゆこうか、そんなことを考えるのが楽しくて仕方がなかった。
いきなり未来世界に放り出された驚きを上回るくらいに毎日が楽しいのだ。
「……じゃあ、マキシマも元の場所が嫌だったです?」
「そんなめっちゃくちゃ嫌ってことはないって。そうだなぁ、今は気分転換みたいに思っててまだ実感がないだけかもな」
そもそも朝輝はタイムマシンを使ったわけでもなく、時の流れた未来で目覚めただけなのである。
過去に戻るような手段はなく、たとえ望んでも元の時代に帰ることはできない。
彼にまつわる全ては過ぎ去った時の中に埋もれて消えた。
いずれそれを嘆く時が来るかもしれないが、少なくとも今ではないのだろう。
「そういうルーは家が嫌だったのか? 家族と喧嘩したとか」
「ルーの家族は……」
いきなり言葉を切り、ルーノアは考え込んでいた。
普段から何を考えているのかわからないところがあるが、いつも以上にぼうっとした視線は定まらないでいる。
不可抗力である朝輝とは違い、ルーノアは自分の意思で飛び出したバリバリの家出少年である。
何も問題がないなんてことはないのだろうと思い、話を変えることにした。
「ああいや、なんか言いづらいなら無理しなくていいよ」
「うん……嫌とかじゃないです」
ルーノアはしばらく宙を眺めて考えをまとめ、ようやく喋りだした。
「ルーの家は、面白くなかったです」
「面白くない、か」
「普通で、真面目で、何も変わらないことが一番大事で、それが良いことで。すごく精巧にできた模型みたいな、面白味のない家族だったです」
またずいぶんな表現である。
朝輝は困ったように後ろ頭をかいた。
「普通って、俺としては羨ましい限りなんだがなぁ」
退屈するほど普通であれば、あんなにも息苦しくなかったのだろうか。
その時、ようやくゴールポストから脱したベリタスがむすっとした様子で布団の上に陣取った。
「退屈したから都市から出たってか。皆が都市と安全を求めてる中、剛毅なことだな」
「外の危険で死ぬのは一瞬です。でも退屈で死ぬのは長く、苦しいです。だとすればさっさと都市を出て試すのが賢いです」
「おう。想定より一段上の阿呆だなお前」
ベリタスが処置なしとばかりに細っこいアームを竦める。
対照的にルーノアは得意げだ。
「都市を出たおかげでマキシマたちと出会えました。だから大正解だったですよ」
「うわなんか俺のせいっぽい」
「マキシマはとても面白いです。わけのわからないことしか言わない古代人! 見ていて飽きないですよ」
「いや何一つ褒めてないよなそれ?」
「世話をする側としちゃあ手間で手間で仕方ないがね。どうしてこうもトラブルに首を突っ込むのか」
なんだか風向きがよろしくない。
朝輝はむすっと腕を組んだ。
「首を突っ込んでるつもりはないぞ。ただ困ってる人がいたら助けろって巻嶋家家訓にもあるからな。ちなみに第五条だ」
「知らんがな」
「それそれそういうところです。他人が困っているから、で異蝕体の群れに突っ込む人間そうはいないですよ」
ルーノアがキャッキャと笑って手を打つ。
朝輝はここはぜひ反論せねばと思ったが、しかし考えるほどに言われた通りかもしれないと思えてきて押し黙った。
別段彼とて己の身を犠牲にしてまで他人を助けに行こうとは考えていないが、手許に手段がある時くらいは前向きでいいじゃないかと思っている。
「古代人って皆そんなに面白いんです?」
「いやあくまでうちだけの家訓だな。家訓っつうか、ほぼ親父の受け売りなんだけどさ」
「……父親。マキシマは父親が、いい人なんですか」
それまで身を乗り出すように聞いていたルーノアが急に落ち着いたのを見て、朝輝は首をかしげた。
「いい人だしすごい人だったよ。他人に手を差し伸べて、皆を笑顔にするのが上手かったんだ。まぁ結構ちっさい頃に亡くなっちまったんだけど。俺はその真似事をしてるだけ」
「……いい、ですね。つまりマキシマは代々面白かったですね」
「いやなんでそうなる」
「そいつぁご立派なことだな。だが、そういうのは平和な古代だけにしておいて欲しいもんだ」
「へいへい、悪うございましたね」
朝輝はすっかりとへそを曲げ、ベリタスを押しのけるようにマットの上に横になった。
ベリタスはさっさと転がって避難している。
ルーノアがにわかに立ち上がった。
「そうですマキシマ、お出かけするです。ルーの機体を借りにいくですよ」
「え、ああ。そういう話あったな。いいんだけど俺もど素人だ。エリーさんに見てもらったほうがよくないか」
常識にも疎い古代人だからして。
まだ機嫌は直り切っていなかった。
「エリーもフォルマットも忙しいです。マキシマは暇です」
「言い逃れ不可なところ突かないでくれ。じゃあ行くか……あっそうだ、ここに専門家がいるじゃないか」
転がり去ろうとしていたベリタスを捕まえ持ち上げる。
諦めたようにアイカメラがキュイっと一回転した。
「そんなもの好きなもん選んでこいや」
「そこを何とか! 専門家のご助言を!」
「……フン。世話の焼ける奴らだ」
いかにも仕方ないという風を装いながら、転がり方が得意げなのを朝輝は見逃していなかった。
どうやら機械知性というのは頼られるのが大層好きらしいと、彼はだんだんと理解しつつあるのだった。
◆
「ようこそ傭兵管理組合『ブルーヘブンス』へ。ご利用を歓迎します」
都市の中で
受付で適当な端末を受け取り、一行はさっそくレンタルA2のカタログを広げていた。
「うわぁ色々あるな。これ探すの大変なんじゃ?」
さすが傭兵を束ねる組織だけあって幅広い機種を取り扱っている。
「機種選びの基準はまずもって戦い方だ。どんな風に戦いたいか、得意に合わればいい」
「でもルーだって初心者だろ」
「だからまぁ本来はお勧めの機種を素直に受け取っておけばいいんだが」
「普通じゃつまんないです」
「これだよ。まったく手のかかるバカどもめ……」
不満そうにアイカメラをキュイキュイ回しながら、それでもしっかり探してくれる辺りベリタスは本当に人(機械?)が良いなぁと思う朝輝であった。
「じゃあなんでもいい。どんなふうに戦いたいか言ってみろ」
「ズドーン! っていくです」
「おう。せめて擬音以外でしゃべれ」
「あと簡単なほうがいいです。操作が忙しないのは面倒そうです」
「よし、もう知らん。とりあえず火力盛っとけや」
投げやりに端末をベシベシ操作してゆく。
細々としたカタログスペックを端から無視してレンタル可能な機種のうちとにかくデカくて火力のあるやつを選んで。
装備類も当然、火力一色で染め上げた。
すべての項目を埋めきり、いざシミュレータで試運転となった段階で正気に返る。
「……本当にこれでいいと思いますかベリ太さん?」
「……ルーの要望を汲んだだけだ。本機は悪くない」
互いに目をそらしあう一人と一機の前に立つルーノア。
ちんまりとした彼の背中にたたずむ、明らかに不釣り合いな巨大な機影。
選ばれたのは重砲撃戦仕様の代表格『ブレイズアルバトロス』という機種であった。
朝輝のクロウゴーストに比べて一回り以上大きな筐体をしており、その性能も『とにかく大きい』というべき大味なもの。
頑丈なフレームに大ぶりな主翼。
呆れるほどの積載能力によって大型火器の搭載を得意とし、とにかく高火力が売り文句である。
足の遅さこそ泣き所であるが、その分
「ふわぁこれすごいです! いいですね。何にも普通じゃないところが気に入ったです!」
「などと当人は申しておりますが」
「そいつは結構なことじゃないか。一つ忠告しておくぞ、ルー。そいつはスペック相応にとにかく
「何か問題あるです?」
「だから、
「つまり報酬分までは撃ちまくっていいってことです?」
「お前はいいかもしれんがエイヴリルが聞いたら卒倒すんぞソレ」
曖昧に頷くことしかできない朝輝であった。
ともかく試し乗りである。
都市の演算機能を利用した仮想空間で、ブレイズアルバトロスを装着したルーノアが飛んでいる。
はっきり言って動きは遅い。
装備が少なく高機動なクロウゴーストと比べれば一目瞭然である。
そこまでは想定のうち。そのうちに仮想敵が出現し戦闘となった。
「ほう、ルーのやつ意外に目がいいな。火力はあっても重い分取り回しは良くないはずなんだが、軽々と当てて来やがる。これは思ったより掘り出し物だぞ」
「あはははははは! それそれそれもっと撃つです! 吹っ飛ぶですよ!」
「後は、とにかく全ブッパする癖を何とかしないとエイヴリルが泡吹いて死にそうだがな」
「うーん。その時はリーダーの胃薬分けてもらおう」
試し乗りの結果ルーノアはブレイズアルバトロスを甚く気に入り、そのまま契約と相成ったのであった。
「良い買い物したです!」
「マジであれにしやがった」
「いいじゃんか。費用は……その分頑張って稼げばいいってことで。やる気が出ると思えばむしろプラスだよ、うん」
「マキシマも傭兵頑張るですよ!」
「えいえいおー!」
能天気に腕を振り上げる二人を眺め、ベリタスは細っこい腕を組んでいた。
「はぁ。まだまだバカの面倒をみる必要がありそうだな。まったく世話の焼けることだ」
言いつつ、彼もまんざらでもなさそうなのであった。
かくして装備選びは誰もが納得する形に落ち着き。
後日、ブレイズアルバトロスの運用費を確かめたエイヴリルが都市中に響き渡る絶叫をあげることになるのだが、それはまた別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます