第七話『美味しさは兵器』
机の上に並べられたごちそうたち。
ゆるく湯気をあげるそれらを前にしても、
「これは……いったい何?」
震える声で問いかければ、エイヴリルが小首を傾げた。
「何って、見ての通り食事だけど」
これが? という問いかけを朝輝はギリギリで飲み込む。
危ない、間に合った。
新人歓迎のプチパーティだと言って彼女が運んできたもの。
皿の上に盛り付けられたごちそうとやらは、何とも角ばっていた。
比喩ではない。実際にどれもこれも見た目が完全に四角形なのである。
朝輝からすれば硬めのパンかブロックタイプの栄養食品くらいしか思い当たらない形だ。
確かに中にはそういう料理があっても良いが、それしかないのはどういうことか。
西暦時代に生きていた彼にしてみればごちそうという言葉からはずいぶん距離を感じるものだった。
「今日は気合入れてお
「はは、いいとも。二人とも味わってくれよ。明日からはしっかりと稼いできて欲しいからね」
「はいはーい。食べるのは任せるですよ~!」
彼以外の誰もが揃って浮かれている。
この場で冷っえ冷えなのは朝輝ただ一人であるらしい。
いや、そうだ。ここには中立の立場にあるものがいるではないか。
傍らの机に置かれたバスケットボール――もといベリタスのアイカメラと目が合った。
朝輝はこっそりと顔を近づける。
ちなみにベリタスのマイクは高性能なのでそんなことをしなくても聞こえたりするが、ともかく。
「……これってマジで料理……いや違う。どんな食べ物なんだ?」
「
「その説明って医療食の時にも聞いたよな!?」
「そりゃそうだ、基本は同じものだからな。違いはこっちが味付けされてるってことか」
かつて朝輝に死に勝る苦しみを与えた
和やかなパーティの片隅で、ここだけ極寒の風が吹いた。
彼は声に出さずひそかに巻嶋家家訓を復唱すると、死すら覚悟して料理を口に入れる。
「…………お肉とか……スープみたいな……一個食べたらあちこちから色んな味がする……」
不思議なことに一つ食べただけで別々の料理の味わいがしてくる。
つまりは一個食べるだけで、フルコースの味わいと栄養を完璧に賄えるというわけである。
効率的という意味では極まった代物だ。
「ああ~やっぱランク高いフレーバーは味がしっかりして美味しいわ~」
「普段使いのフレーバーは薄いからね」
「もぐもぐもぐもぐ」
ギチギチと軋むような動きで周囲の様子を探る。
ある意味で未来の世界で一番大きなショックを受けたことかもしれない。
「どう、して?」
方向性の定まらない彼の問いかけを、ベリタスは正確にくみ取った。
「古代人、浮動都市をみて気付かねぇか? ここにゃ畑がねぇってよ」
「そ、そっか! スペースが足りないんだな」
「襲われないように自ら歩いて移動する都市。そりゃあ人間背負うだけで精一杯さ、とても畑だのなんだのまで手が回らねぇ。だから高効率で生産できる
その結果がこの、栄養だけを固めた食料である。
この時代の人間にとっての料理とは、万能基礎食品と
「……俺、この時代で目覚めてから今まで流されるままやってきた。だけど夢が出来たよ……自分の手で作る料理を、復活させるんだ。皆にも知って欲しい。食べ物をいただくってのはただ味つけを食えばいいんじゃないってこと……!」
その日、巻嶋朝輝は生まれ変わって初めて心底から願った。
七〇〇年も昔の暮らしを知る唯一の存在としてこの時代の食事は許しがたい、必ずや復活させて見せると。
決意に震える彼を横目に、ベリタスはアイカメラを眇める。
「おう。アーカイブから『料理』に関する記述を見つけてきたぜ。だぁが率直に言って難しいぞ。何故といって畑もなけりゃ家畜もいない。お前が調理すべき材料が何もねーんだ」
どれほど熱意があろうとも無いものは調理できない――!
「わかってる。そりゃ今すぐには難しいだろう。これは俺が死ぬまでに成し遂げる夢だ。そんな状態じゃ調理器具だってないだろうし、これからコツコツと模索して……」
「ちなみに調理器具だけなら簡単に作れるぞ」
「作れんの!?」
パーティが終わった後、朝輝はベリタスを伴い
ちなみにA2は都市に入る際にいったん預けられる。
個人であればいくらかの手数料と引き換えに都市を出る際に返却され、
「言われたとおりに来たけどA2で何をするんだ? このごついアームで加工してくれるってことか?」
「A2のアームは戦闘用で細かい作業にゃてんでむいちゃいない。使うのはA2の『セルアセンブラ機能』だ」
「セル……なんだって?」
「古代人にもわかるように言やあ、要するに3Dプリンタだよ。本来は武器弾薬を自分で生成するための機能なんだがな、そこに干渉してこちらの望むものを作らせようって話だ」
「弾の代わりに鍋を作ると。よくわからないんだがそんな上手くいくものか?」
「普通は難しい。だがお前、ここにいるのは何だと思ってる? 本機は
そう言ってベリタスはクロウゴーストの背にひょいっと飛び乗った。
そのままA2のシステムに接続。
クロウゴーストは抵抗らしい抵抗も見せず、命じられるがまま機能を動かす。
「そうだな、まずは手始めに」
朝輝が見守っていると、クロウゴーストがぶるりと躯体を震わせ。
そのままにょっきりとフライパンが生えてきた。
「いや、そういう風に生えるんだ……?」
セルアセンブラ機能というもので出力しているのだ、と理屈ではわかっても戦闘兵器からフライパンが生えている図はなんともシュールである。
さらにベリタスは鍋におたまと包丁他、いくらかの調理器具を生やしていった。
「こんなもんか。あんまり
「お願いしといてなんだけど、それって大丈夫なのか? なんか悪影響とか」
「今のところお前は体当たりしかしねーからな。ほとんど弾丸を作る必要もないし、この程度の消費で困るこたーないだろ」
「うん、はい」
作られたばかりのフライパンを手に取ってみる。
馴染みのない素材だが、それを除けば特に違和感は覚えない。
ベリタスの持つ知識はちゃんとしたもののようだった。
「うーん。やっぱ道具があると料理したくなるなぁ!」
「おい今までの話聞いてたか?」
「わかってるって。肉も野菜もないから料理できない。じゃあ今在るものでやってみるのは、どうだ」
「在るものだと? まさか……」
◆
「駐機場でなにやってんの?」
エイヴリルは訝しんだ。
拠点にあるA2を格納しておく駐機場から、どうしてかいい匂いが漂ってくるのである。
もちろんA2しかないはずの場所である、少なくとも食べ物とは無縁のはずだ。
「ああエリーさん、ちょうどよかった。試食に協力してくれないか? 俺としてはけっこうイケてると思うんだ」
やたらと満ち足りた笑顔の朝輝。
A2の推進器に取り付けられた五徳、その上でじゅうじゅうと音を立てるフライパン。
傍らには皿に盛りつけられた何か――おそらくは加熱され何らかのソースをかけられた万能基礎食品――がある。
なんだこれ。
エイヴリルは救いを求めて周囲を探した。
その辺に転がるベリタスを見つけてほっと一息吐く。
説明を求めようにも古代人の言葉ではわからない可能性が高いためだ。
「何をしているかって?
「えっ。何言ってるのか全然わかんない。なにやってんの?」
「つまりこれが古代の料理だそうだ」
「料理ィ!?
彼女が目を白黒させている間に焼き立ての料理が皿に盛り付けられていた。
見た目はとろりとしたソースがかかった、うっすらと焦げ目のついた万能基礎食品である。
未だ脳は理解できていないというのに、鼻はしっかり美味しそうな匂いを捉えていた。
思わずつばを飲み込む。
「なんちゃってハンバーグ風味。お熱いうちに一口どうぞ。自分でも食べたからマズいってことはないと思う」
彼女はたっぷり一分間、己の常識と直感のどちらに従うか悩んでから結局、皿を手に取った。
いつもと同じで、しかしいつもとは違う固さの食材にソースを絡めて口に運ぶ。
「……うそ。美味しい」
食感自体はもっさりとしがちな万能基礎食品とそこまで変わらないはずだ。
しかしフライパンでつけた焼け目の固さが新鮮な噛み心地を生んでいる。
そして使っているフレーバー自体はおそらく安価な品である。
だというのにソースとしてかけられただけで味わいがまったく違う。
「なんていうのか、うまく言えないんだけれど。上等なフレーバーの美味しさとはまた違う、食べた感じがいいっていう……そういう気がする」
「よしありがとう! これで野望に一歩近づいたぞ!」
朝輝は小躍りしながらベリタスを抱えて次の料理法についてあれこれ話し合っている。
万能基礎食品を分離するだのフレーバーから抽出するだのどうやったのかと思ったが、そういえばここには都市管理級の機械知性がいたのだった。
自動調理機なんぞ彼にとっては玩具のようなものだろう。
また熱心にフライパンを振りだした朝輝の様子を眺める。
「ふーん。古代ってこんな風に料理してたんだ?」
「ああ。俺の生きてた頃は自動調理機なんてなかったから。そもそも万能基礎食品じゃなくて肉とか野菜とかから調理してたし」
「なんかすっごい面倒くさそう」
「まぁね。でも手間をかけた分だけ美味しくできるからいいんだよ」
なるほどとエイヴリルは思った。
こんな風に楽しく笑えることならば、確かに良いことなのだろう。
「そっか。こういう食べ方も悪くないと思うよ」
「よし、じゃあこれから俺が食事を作るから!」
「なんでそうなんのよ!? あんたは傭兵やりにここに居んでしょが! 料理なら自動調理機で間に合ってんの!」
「でも自分で作ったほうが美味しくできるしさ」
「それは……そうかもしれないけど! あたしらの部隊もそんな暇があるわけじゃなくて……」
「まぁた始まったか。この古代人、何かにつけて強情過ぎんだろ」
そうして喧々諤々の議論の末、たまに朝輝による手料理の日が設けられることとなった。
当人は毎食料理する野望を捨ててはいないようだが、忙しさを理由に周囲にやんわりと止められている。
それから彼は暇を見つけてはベリタスと共に万能基礎食品や自動調理機のアクロバティックな使い道を模索するようになり。
「お、美味しいね……。その、古代の人って皆これくらい料理ができるのかい? すごいものだね」
「ううう、でも傭兵は暴れて稼いでなんぼだしー……。自動調理機はお金稼いでくれないのよ……」
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「そっか。じゃあ認めてもらえるよう、もっと美味しい作り方を研究しないとな!」
「ヒィッ」
メキメキと上がってゆく腕前と美味しくなってゆく料理を前に、フォルマットとエイヴリルは誘惑に耐える日々を過ごす羽目になったのだった。
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