第六話『仕事は受けなきゃ始まらない』


「たのもー。ルーも傭兵登録したいです」

「は?」


 傭兵管理組合ブルーヘブンスの受付に立つ白髪交じりのナイスミドルが、らしからぬ間抜けな声をあげた。

 あるまじき失態だと気付いたのか、すぐさま咳払いで誤魔化すもバレバレである。


 とはいえ集まる視線は同情めいたもの。

 何故ならカウンターにへばりついて申し込みをしているのが、やたらちんまりとして愛らしい子供ルーノアだったからである。


 ガキが転がり込んでくるだけならそう珍しいものでもないが、これだけ別嬪となるとまずいない。

 明らかに傭兵になる必要ないだろ――そんな周囲の視線をものともせず、当人はニコニコ顔で手続きを進めていた。


「いよっし、三人もいたら完璧! ああ~うちの傭兵部隊マーセナリーコープで『燃料狩りブラッドハント』に参加できるなんて夢みたい~!」

「いや感極まってるとこ悪いけど、それはいったいなに」


 ルーノアの手続きを見守りつつ、くねくねと踊り狂うエイヴリルをやんわり遠巻きにしつつ、朝輝あさきはぼやいていた。

 傭兵の仕事であるからには異蝕体オルトと戦うであろうことは想像がつくのだが、肝心の詳細がさっぱりである。

 なにせ唯一ちゃんと内容を把握しているエイヴリルが完全にダメになっているからして。


「軽く調べてやったぜ。どうやら都市運営直々の依頼みてぇだな」


 朝輝が背負ったリュックサックからもごもごと声が聞こえてきた。

 言うまでもなく中身はベリタスである。

 同行しようにも明らかに目立つため、窮余の一策でこうなった。

 こんもりと膨らんだリュックサックの怪しさなんて些細なものである。


「なんだかヤバい臭いしかしないんだけど?」

「だぁいじょうぶ。ブラッドハントはむしろ一番新人向けな優しい仕事だから! その割に実入りもあるしコスパ良好!! イェー!」

「おう、還ってきやがったか。お前がちゃんと説明してやれ、先輩の仕事だろうが」

「はいはい~」


 ようやく正気に返った、いやまだ半分は夢見る瞳のエイヴリルが指をふりふり話しだす。


異蝕体あいつらはねぇ、都市のになんの。だから定期的に狩ってこないといけなくて、それがブラッドハントってわけ」

「へー、そんな利用法があるんだな。でも必要だからってあいつら結構凶暴だろ」

「そ。だから安全に、そして狩りの成果を安定させるため大勢集めんの。ま、都市運営くらいしかできないゴリ押し依頼ってのは確かね」


 なるほどと朝輝は頷いた。

 宇宙生物に侵略されて滅茶苦茶になったように見えて、この時代の人間たちだってなかなかに逞しく生きているようである。


「んでちょっと手順があるんだけど、詳しくは現地で説明するわ。見ないと分かんないでしょ? それよりも~。イッヒ、楽してそこそこ稼げるい~い依頼なのよ~しかも群れにボコられて死にかけることもなし! 最高!」

「追い詰められてんなぁ」


 過酷な毎日が彼女をこんな風にしてしまったのだろうか。

 だがしかし、エイヴリルが上機嫌でいられたのはここまでだった。


「おぅやおやおやぁ、エイヴリルじゃねぇか。珍しいねぇ、依頼を受けに来るなんて」

「……スレイド」


 その声が聞こえてきた瞬間、彼女から浮かれた雰囲気が消え去った。

 長身痩躯でモヒカンヘアーをおっ立てた男――スレイドはにやにやと笑いながら大股に歩いてくる。


 距離が近づくほどエイヴリルの顔が嫌悪に染まってゆく、朝輝は一瞬で関係を把握した。


「どれどれ、何を受けたんだぁ。は、ブラッドハントだぁ? おい見たかよ、都市様のお情けで生かしてもらってるんだとよ!」


 取り巻きの男どもが笑いだす。

 どいつもこいつもスレイドと似たような小汚いツラだ。


「みじめだなぁ? あんなゴミ部隊コープにいつまでも縋り付いてるからよォ」


 エイヴリルが反論もせず黙っているのに気をよくしてか、スレイドは黄ばんだ歯を剥き出しに笑いながら顔を寄せてくる。


「なぁエイヴリル、俺んとこ来いつってんだろ。お前はあんなゴミ溜めにいるにゃあ勿体ないタマだ。今ならタイガスさんに取りなしてやってもいいんだぜ。何せ俺、あの人の右腕だかんよぉ」


 エイヴリルの後ろにいた朝輝からははっきりと見えた。

 スレイドがやんわりと彼女の肩に手を回そうとしているのが。


「ブラッドハントにいくのは俺たちのためです」

「……ああん?」


 そうして気付けば横から口を挟んでいた。

 スレイドから胡乱気な視線を向けられ怯みを覚えるも、腹に力を入れなおす。


「なんだぁ? ガキが、呼んでねぇぞ」

「マキシマ!? ちょ」

「関係ありますよ。俺、エリーさんとこの新人なんで」


 朝輝がそう言った瞬間、スレイドが人目をはばからず噴き出した。


「んぶっ。ひひひひゃははは! 新人だぁ!? ゴミ溜めにゴミが増えたってかよ!」


 見れば取り巻きたちも笑っている。


「はは! ……はん。いやぁ笑ったぜ。お礼に良いこと教えてやるよ、ガキが。てめーんとこが潰れかけてんのはよぉ、フォルマットの野郎が俺らのリーダー張ってる『タイガス』さんに喧嘩売ったからよォ。あん人はこの街の最強トップレイダーだからよォ。なぁ? お前らァ!!」


 スレイドが大きく周囲を見回すと、近くにいた誰もが視線を合わせないよう顔をそむけた。

 一言もなくとも、その態度が雄弁に肯定している。


「本当なんです? フォルマットさんが喧嘩売ったって」

「まさか、リーダーはあのとおり喧嘩を売れるような人間じゃないって。どっちかってタイガスのが嫌ってきてんの」

「そう、ですか。どこにでもいるんですね。相手の口を無理やり閉じさえすれば、何をしてもいいってやつ」


 朝輝はようく知っている、そういうやり方をしていた人間が身内にいたからだ。

 すっと気分が冷えていくのを感じた。


「だからよォ! エイヴリル、フォルマットの奴なんざさっさと見限ってよォ、俺のモノになれや。俺ァ優しいからな、そこのガキくれーならついでに面倒みてやってもいいぜェ? ま、雑用だがなァ!」


 にやけたツラのまま得意げに喋っていると、エイヴリルを庇うように朝輝が前に出た。

 スレイドの表情が一気に不愉快に染まる。


「おいガキ。まだ調子クレてんのかよ」

「お断りします。俺が雇ってもらったのはエリーさんたちであって、あんたじゃない。大手か何か知らないけど、人の邪魔しかできないところに雇われる気なんてない」

「珍しく古代人と同意見だな」


 一部は朝輝の背中から聞こえてきた気がしたが、すでに頭に血が上ったスレイドは気付くことなく拳を固めていた。


「新人ごときがこのスレイド様に偉そうなクチ聞いてんじゃねぇ……!」

「騒がしい」


 その声が聞こえてきた瞬間、周囲が息を呑んだのが分かった。

 スレイドがかひゅっと声なき声を上げ、ばね仕掛けのように跳ね上がり姿勢を正す。


「ひっ! た、『タイガス』さん!」

「この人が……」


 そこに居たのはまるで熊のような巨漢であった。

 決して狭いわけではないブルーヘブンスの事務所が急に手狭になったように感じる。

 体格そのものよりも放たれる威圧感がすさまじい。

 彼の名は『タイガス』、この街最強と言われるA2乗りレイダーである。


 高みからぎろりと睨まれる。

 肉食獣に睨まれたらこんな気分になるだろうか、朝輝は思わず身体をこわばらせた。


「あ、あんたのお手を煩わせるほどのもんでもねぇ、こいつらにゃあ俺が言い聞かせておきま……」


 丸太のような腕が目にもとまらぬ速さで振るわれ、気付けばスレイドが血反吐を吐きながら宙を舞っていた。


「んごへぇッ!? ど、どちて……」

「誰が、俺の名前で好き勝手していいと言った」

「ず、ずびまぜ……」


 そのまま白目を剥いて気を失ったスレイドを、取り巻きたちが慌てて引きずってゆく。

 タイガスはそれを一顧だにすることなくじっと朝輝を睨みつけていた。


「あいつのところに新人か。この街にまだそんな馬鹿が残っていたとはな」

「俺は……!」

「貴様などに興味はない。俺がわざわざ手を下すまでもない。ただお前達はそのまま飢えて死ねばいい」


 それきり興味を失ったかのようにタイガスはブルーヘブンスの奥へと消えていった。

 急に周囲のざわめきが戻ってきたように感じて、朝輝はそこで初めて自分がガチガチに緊張していたことに気付く。


っわかったぁ……!」

「マキシマ、あんたクソ度胸じゃんって思ったらしっかりビビってたのね」

「ありゃ度胸というよか無鉄砲の部類だぞ」


 好き放題言われたお返しにリュックサックを大きく振るっておく。


「マキシマー! 手続き終わったですよ~!」


 急に名前を呼ばれた朝輝がビクッとして振り返る。

 にっこにこのルーノアがぱたぱたと手を振っているのが見えて、急激に手足から力が抜けていった。


「うんうんナイスタイミングだね」

「あの子って周りのこと見えてないわけ?」

「わかってはいても関係ないんだろ。マイペースもあそこまでいくと才能だな」


 そうして一人ホクホク顔のルーノアと疲れ切った他の面々はブルーヘブンスの事務所を後にした。

 当初の浮かれた気分はどこへやら、なんなら異蝕体オルトと戦った時よりも重い足取りである。


 拠点ベースで待っていたフォルマットは帰ってきた者たちの様子を見て首を傾げた。


「どうしたんだい。まさか依頼取れなかったとか!?」

「ないない。ちゃんと取れましたって。でも……スレイドの野郎と鉢合わせして、しかもタイガスまでいて最悪」

「……そうか。仕事にはブルーヘブンスを利用しないといけないからね、いずれ顔を合わせることになると思ってたけれど」


 朝輝は聞くべきか迷ったものの結局口を開くことにした。

 このまま部隊に所属する以上、避けえないことだろうから。


「あの人たちが圧力をかけてきてるっていう。それにスレイドって人はともかく、リーダーとタイガスさんがトラブルになってるって聞きました」

「そう……だね。確かに僕がトラブルの最大の原因なんだ」


 朝輝は軽く驚く。

 いかにも気弱そうなフォルマットと熊のような威圧感に満ちたタイガスがいがみ合うところなど想像もつかない。


「あーやめましょ! これ以上あいつらの話なんて聞きたくないですリーダー! それより食べましょ! ほら新人歓迎ってことでパーッと気分転換!」

「はは、それは名案だねぇ。あんまり余裕はないけど今日くらいは豪勢にいこうか」

「いやそんな悪いですよ。別に無理しなくても……」

「あたしが喰いたいの」

「はい」

「んじゃさっそく倉庫見てきまっす!」


 いそいそと拠点の奥へと消えてゆくエイヴリルを見送る。


「そうそう、マキシマ君にルーノア君。君たちはどこか住む場所はあるかい?」

「……あ。何にも考えてないです」


 色々なことがありすっかりと忘れていたが、今の朝輝は住所不定である。

 仕事はここで雇ってもらうにせよ、住まいもなくどう日々を過ごしてゆくのか。

 拠点の隅にでも寝かせてもらうか、などと適当なことを考えているとルーノアが元気よく手を挙げた。


「はい! ルーも帰れないので根無し草です!」

「うん、なんだか悲しい話だね……。ともかく、住むところは必要だろうと思ってね。申請はしておいたよ」

「申請?」

「拠点の拡張申請だね」


 頭上に疑問符が飛ぶ朝輝を見てフォルマットもまた首を傾げた。


「もしかして知らない?」

「うむ。フォルマットの旦那、こいつは古代人なんでな。そういう色々なことをてんで知らねぇのさ」

「古代人ってなに……? えーとそうだね。都市内の建築は許可制でね。特に傭兵部隊は都市から直接管理されているから、申請が通らないと拠点の改築ができないんだ。その代わり作るのは都市任せなんだよ」

「へー。業者が来てくれるんですか」

「いやいや、やるのは都市さ。そろそろ頃だと思うな」


 まだ上手く呑み込めない朝輝を見て、百聞は一見に如かずとばかり拠点の奥へと案内される。

 共有スペースからすぐ奥には殺風景な部屋が並んでいた。

 まさしくコンクリート製の箱といった印象で、まったく何もない綺麗な立方体の空間である。


「えっと? 牢屋か何かですか」

「はは。都市が部屋を生成するとどうしてもこんな感じになっちゃうからね。家具の類をいれたらもう少しマシになるよ」

「都市が、作るんですか?」

「うん。浮動都市アンビュレイトシティからね、内部の空間を作り変えてくれるんだ。むしろこちらが勝手に作り変えたらダメというか、都市運営に逆らうことになるからね」


 驚きである。街そのものが歩いているかと思えば、内部では部屋が勝手に出来上がるという。

 さすがは遠未来、西暦時代の常識は簡単には通じないようだ。


「うーん。じゃあここに何置くです?」

「そうだなぁ。大急ぎで寝床は用意するとして……あっ。そういえば俺、お金らしきもの持ってない……です」

「おう。そういやそういうのもあったな」


 がっしりベリタスを掴んで震える。

 今の朝輝は文字通りの無一文、そもそもこの時代の貨幣を見たことすらない状態だ。


「大丈夫。新人は素寒貧も珍しくないからね。うちの部隊のツケって事で用立ててあげるよ」

「いやでも! 俺、ツケを返すような当てはないですよ!」

「そんなに心配することはないよ。ツケといっても大したことはないし。傭兵をやっていてこの程度を返せないというのはつまり、すぐに死ぬ奴ってことだからね」

「…………」


 どう返そうか、言葉に詰まる。

 フォルマットは優しそうな表情で、まるでちょっとしたジョークのように告げてきた。

 これが戦いを生業とすることの真実なのだろう。


 かくして、未来の世界での一人暮らしはなかなか波乱のスタートを切ったのである。


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