第五話『就職戦線異常あり』
「新人!? マジ新人!? ぜひ俺らの
「あら可愛い子。どう? うちこない? 今ならお姉さんたちがサービスし・て・あ・げ・る」
「戦士たれば我々と共に筋肉を極めないか! 部隊に所属すれば特別に、都市で正規流通している強化プロテイン剤を分け与えよう!」
「性別なんて関係ない……さぁこのメイド服を着て私たちの
扉をくぐれば、そこは地獄だった。
あんちゃんねえちゃんマッチョにメイド、その他形容しがたい変態どもがこぞって
「えっあのその俺、確か傭兵になりに……!?」
ここは傭兵管理組合『ブルーヘブンス』。
未来の世界では傭兵とは変態の代名詞だったのか!
朝輝が戦慄を覚えていると横から助け船がやってくる。
「はいはいそこまで~。こいつはウチの新人だから。手出し無用!」
「はァ!? エイヴリルぅ! お前んとこだぁ!?」
「ええ~コレ、勧誘されてたのか……」
割って入ったエイヴリルの一言で周囲の変態どもが潮が引くように下がった。
謎の感心を覚える朝輝を他所に、全員が視線で相談し始める。
「そうかい。あんた、新人だってのに好き好んで苦労するこたねぇぞ」
「……新人勧誘は声かけ自由、邪魔は禁止。それが
「こっちも言いたかないさ、だが限度がある。なぁ? 自分が一番わかってんじゃねぇか」
「大丈夫……よ。そう思ったからうちに誘ったんだし」
周囲の一言に自覚があるのか、エイヴリルは耐えきれず視線を逸らしていた。
「はん。んじゃ最後に一つだけ忠告だ。兄ちゃん、悪いことは言わない。他の
「でもここまで案内してもらったし。世話になった分くらいは恩を返さないとだしさ」
朝輝が迷いなく頷くと、忠告してきた男は呆れたように溜め息を漏らす。
「手前で決めたってのならもう何も言わねー。せいぜい頑張りな」
男がひらひらと手を振りながら立ち去ると、後ろ姿を睨みつけていたエイヴリルが険しかった眉間をようやく解いた。
「あんまり気にしないで。よくある新人への洗礼ってやつだから!」
「エイヴリル、何か困ってるんだな」
「えっ。いやまぁそんなことも、あるかもね」
「わかった。エイヴリル、俺は感謝してるんだ。この街まで案内してくれたし、なんだかんだ色んなこと教えてくれるし」
「そ、そう……」
「だから大変だとしても手伝う。家訓でね、受けた恩はちゃんと返す主義なんだ」
朝輝としては安心させるつもりで胸を張ったというのに、エイヴリルはむしろ俯いてしまう。
何か間違えたのだろうか? 彼が内心で焦っていると溜め息が聞こえてきた。
「……はぁ。バカ素直にも限度があるんじゃない? あれこれ考えてたあたしのがバカかもね」
「なんだよそれ。そもそも俺、仕事を選べる身分でもなさそうだろ」
「……ありがとね。この後、うちのリーダーに会わせるよ。どうするかは話を聞いてから考えてくれていいから」
ブルーヘブンスで傭兵としての登録を済ませ、外で待たせていたルーノアたちと合流する。
「おー、どうでした? ルーも一回入ってみたいです」
「変わったところだった」
「?」
「登録できたってんならいい。これでお前もいっぱしの傭兵ってわけだ」
「実感ないなぁ」
「ほらうちの
ぞろぞろとエイヴリルについてゆく。
道々、彼女が街について説明していった。
「街のこともよく知らないんでしょ? 古代人。覚えとくべきはひとつだけ。
「等級……ってなに」
「はいはいそこからね。あたしたちの市民権には等級ってのが設定されてる。例えばあたしは
「へー、そういうものなのか。他の階層にはどんな人が住んでるんだ?」
「第二階層には
「入るだけで!? 厳しくないか」
朝輝が驚いて返すと、むしろ周囲が驚いた表情を浮かべていた。
「古代人ってどんな生活してたのよ? お金も払っていい生活してるんだから、払ってない奴が勝手に入ってきたら嫌でしょ」
「そう……いうものなんだな」
「ふーん。古代人はみんな一緒に暮らしてたです?」
「入っちゃダメな場所って何かの施設とかで、基本的に住んでる場所を等級で分けるってのはなかったよ」
「ええ、こわっ。そんなノリで上いかないでよ。逮捕なんてまだ優しいほうで最悪その場で射殺されんのよ?」
「射殺!? 絶対に行かないから!」
ヤバすぎる未来世界の治安事情を心に刻んだ朝輝なのだった。
その印象は一言でいえば「ごみごみしている」。
建物はとにかく密集しているし、上階同士をつなぐ通路があちこち錯綜していた。
止めにまっすぐな道なんてほとんどない。
「道わからんすぎる。俺絶対この街一人で歩けないわ」
「世話のかかる古代人だ。当面は本機がついていてやろう」
「ルーもわからないです!」
「おめーは現代人だろうが」
「ほらほらついたよー。ここがうちの拠点だから」
エイヴリルが言うところの拠点は、階層の隅っこのほうにあった。
建物という印象とは程遠く、壁に穴倉のような入り口が並んでいる。
「そ、そうなんだ。なんていうかこれは……」
アリの巣、という感想を寸でのところで飲み込んだ。失礼である。
そんな入り口のひとつをくぐった。
「ああ~エリー君、無事だったのかい! 帰りが遅くて心配したんだよ~!」
入った瞬間、奥から青年が飛び出してくる。
危うくエイヴリルに衝突しそうになったところで、彼女は慣れた様子で男の顔面を掴んで止めた。
「はいはいリーダー。色々あったんだけど、ちゃんと生きてますよっと」
「おふっ。ぼかぁね、奴らが何かしたんじゃないかと心配で……。お陰で食後じゃないのに胃薬を飲んじゃった!」
「高い薬なんだからガブ飲みしないでくださいよ」
「誰のせいだと思ってるんだい! ……おや。後ろの方々は?」
リーダーと呼ばれた青年は、そこでようやく朝輝たちに気付いたようである。
慌てて眼鏡の位置を整え彼らの様子をまじまじと見る。
「えーと、その、アレ。うちに入りたいって新人かなーって」
「ええっ!? 何を言ってるんだい! ウチは瀕死の部隊なんだよ?」
「それ自分で言っちゃうんだ」
「まーね? こっちもこっちで結構な訳あり。新人どころか古代人だけど腕の方は保証ありありで」
「だからって何か騙したんじゃないだろね……うっまた胃が」
突然胃を押さえたリーダーが懐から取り出した薬を音もなく流し込む。
「ふぅ、落ち着くと頭が冴えてくる……。ようこそ新人君たち。僕は『フォルマット』、この
「おいそれ本当に胃薬か? 明らかに他の成分入ってないか」
「思ってても言うなって」
拠点の中には椅子と机が適当に置かれていた。
生前にバイトしていたコンビニの事務室みたいだ、とは朝輝の感想である。
さらにフォルマットと向かい合って座れば、なおさらにアルバイトの面接みたいな気分になってきた。
ここで働くかもと思えばあながち間違いでもない。
「俺は
「おいコラァ! 由緒正しき
「ルーはルーノアです。ルーちゃんって呼んでもいいよ」
「おいゴラ無視すんな!」
「……ねぇねぇエリーさんや? 彼、僕の目には機械知性に見えるんだけど? 胃薬足りないかな」
「胃薬にそんな効果ないってば。残念だけどマジで機械知性よ」
「心底何故に彼らを巻き込んだの?」
「あっははははー……」
乾いた笑いをあげたところで何一つとして誤魔化せてはいない。
どこからともなく運んできた飲み物を並べたところで、ルーノアの腕の中からベリタスがぽんと飛び出した。
「ともかくだ。トラブルって奴の詳細を聞かせろ。内容如何によっちゃ今からでもこの傭兵部隊を離れさせてもらう」
「ベリ太、それじゃあ恩義が……」
「黙れバカ一号。お前が危険に飛び込むのは勝手かもしれんが本機を巻き込むな」
反論しかけた口を思わず閉じた。
ベリタスは朝輝が望んで付き合わせているのだ、己の一存で決めるのは確かに間違っているように思えた。
「そうだね。では聞いてくれるかい? 大丈夫、そんなに長い話でもないからね」
そうして飲み物を一口含んでから、フォルマットが語り始めた。
「うちはね、所属してるのが僕とエリー君の二人だけっていう超々弱小なんだけど、原因があってねー……。ざっくり言うと他の傭兵部隊とモメてるんだよ。それも超大手と」
「勢力争いってことですか?」
「それもひとつ。人数は力だからね、どこも必死さ。強力な部隊ほど都市から優遇されるし、割り当てられる拠点だって大規模になる」
「それであの勧誘合戦なのか……」
朝輝は自分が体験した勧誘――というかむしろ変態祭――を思い出していた。
理解はできても納得は出来そうになかったが。
「大手に睨まれちゃうとね、辛いんだよ~。お仕事しようにも割のいい場所からは弾かれるし、人を集めるようにも避けられるし。都市からの扱いもどんどん軽くなって今じゃあ隅の隅で穴倉生活だよ」
「わ。もうどうしようもないんですね!」
「ちょっとくらいフォローしてやれや」
「ははは……いいんだよ。そんなこんな追い込まれてさ。でもいろいろ事情があってね、僕とエリー君は抜けられなくて……今に至るって感じなんだ」
ブルーヘブンスで周囲に止められた理由がなんとくなくわかってきた。
この有様ではこの部隊に所属するメリットは皆無どころかデメリットの方が断然大きく感じる。
あれは彼らの優しさだったのだろう、しかし。
「そんなわけだから。エリー君が何と言ったのか知らないけど、まだ間に合うよ。他の部隊を当たって……」
「お話はわかりました。でも俺、ここの部隊のお世話になろうと思います」
「くれれば……ってんへぇ!?」
妙に強く断言する朝輝に、フォルマットは面食らったようにズレた眼鏡を直した。
ベリタスが激しく跳ねて抗議する。
「おい話聞いてたか。それとも古代人は耳が遠いのか?」
「聞いてたって、落ち着けよ。なぁベリ太、考えてくれ。人の少ない部隊って俺たちにとってはむしろ条件悪くないと思うんだ」
「……チッ。言いたいことがわかったぞ、隠れ蓑ってことだろ」
「さすがベリ太。あの、フォルマットさん。なんていうか俺たちもちょっと訳アリなんです」
「そりゃあこんなのを連れて歩いてるんじゃあね」
フォルマットの視線がベリタスから離れない。
朝輝にもようやく、自分がかなりとんでもないものを連れ出したのだという実感が湧いてきつつあった。
「えっと理由はベリ太だけでもないんですけど、要するにあまり大っぴらにするとマズいってことで。この時だ……街に慣れるまででもいいので、ここで働かせてもらえませんか?」
「いやでもうちには圧力かかってるんだよ? エリー君だってちゃんとした狩場にもいけない状態なんだ」
「そ。おかげでドマイナーかつ危険な狩場に行っておまけに群れにぶち当たったと。ま、悪いことばかりでもなかったけどね」
なるほど、あの時のエイヴリルを見舞った不運の原因がよくわかった。
状況はなかなか深刻といえよう。
「だったら尚更。このままじゃエリーさんが危険なんでしょう。俺、世話になったんで。助けになりたいんです」
「大丈夫! こいつ、フォルマットさんが想像しているよりずっとめっちゃくちゃな奴だから」
「そこまで言われるほど変なことをした記憶はないんだけど」
「本気で言ってんのこの古代人?」
「断固抗議するね」
「です」
思わぬ全会一致を見てしまい、朝輝が怯む。
彼らのやり取りを眺めていたフォルマットが深く息をついた。
「……そこまで言うなら、わかった。部隊への入隊を認めるよ」
「よし決まり! あーこれでようやく最低限の
エイヴリルが小躍りしてガッツポーズを決める。
相当ストレスが溜まっていたらしい。
「だけど! 最初は研修期間にするからね。その間に無理ってなったら、その時は他の部隊を紹介してもいい。それが僕たちにできる精いっぱいだ」
「ありがとうございます! お世話になります!」
深々と頭を下げる朝輝にフォルマットの困惑は深まる一方である。
何と言って、第三階層の住人はなんだかんだ粗野な人間も多い。
彼からすれば朝輝の育ちの良さは上位等級の出身に見える。
ならば何故こんなところにいるのか――などとフォルマットの胸中では余計な疑惑が深まっていた。
その時、横で話を聞いていたルーノアがいきなり手を挙げた。
「はい! はい! ルーもこの部隊に入りたいです! すぐブルーヘブンスに登録いくです!」
「え。何言ってんだ。傭兵だぞ、戦うんだぞ!? その歳でやることじゃないって」
驚く朝輝に、ルーノアは心外だとばかりに可愛い顔を膨らませる。
「マキシマもそんな歳かわらないですよ~」
「いやでも! そうだ、A2はどうするんだ。俺はたまたま持ってたけどルーにはないだろ」
「そんなのブルーヘブンスが貸し出してるです」
「あっそうなんだ」
何とか説き伏せようとあれこれ悩む朝輝の隣で、エイヴリルがにんまりと笑って告げた。
「本人が決めたことなら認めようよ~。あんたもそうだったでしょ~?」
「っぐ。……わかったよ」
「よっしゃ二人も増えた! こっれはもう次の『
飛びあがって天を仰ぐ。エイヴリルのテンションが天井知らずだ。
「そんじゃルーの登録ついでに参加申請するよ! さぁ善はマッハ!」
「エリー君落ち着いて!? 新人だよ、もうちょっと場数を踏んで……あっでもブラッドハントなら新人研修には向いてるかな?」
混乱するフォルマットを他所に、一行は上機嫌のエイヴリルによって引きずられるようにしてブルーヘブンスに舞い戻るはめになったのだった。
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