第四話『独り立ちの時来る』


「あっはははははは。ほんっとごめんって」

「こっちは笑いごとじゃないよ。助けた相手に殺されるかと思った」


 少女が構えていた銃火器を上に向け、ニィっと笑みを浮かべる。

 ケラケラと笑う彼女に、朝輝あさきはたっぷりの溜め息で答えていた。


「い~やいや、あたしにだって言い分がある。だってキミィ、怪しいよ? 見かけないA2アームドエイヴィスで動きは明らかに慣れてない初心者。なのに一人で一〇体ぶっ潰すかと思えば、なんっにも武器を持ってないときた。どーやったわけぇ? もう怪しくないところがなーんにもないよね!」

「丁寧な解説ありがとう。なんか普通にヘコんできた」


 朝輝としても変だという自覚はあるが、人から言われるのはまた別なのである。


「でもまー、だからこそスレイドの奴とはなーんにも関係ないんだろって。どー考えてもあんたみたいに怪しいヤツ使う必要ないし。ね?」

「いや誰だよ。そんな奴知らないんだけど。ともかく頼まれたわけじゃない、あんたが危なそうだから助けに来ただけだ」


 少女は数回目を瞬いてからじっと朝輝を見つめてきた。

 なんだかスーパーの店先で品定めされる野菜になった気分である。


「ほんっと変なの。ま、いっか。あたしは『エイヴリル』、エリーって呼んでよ。あんたは?」

巻嶋まきしま朝輝あさきだ。呼ぶなら巻嶋で頼む」

「ふーん。じゃあ、ついでにもう一つ助けてよ。街まで戻りたいけど推進器アシやられて飛べないの。引っ張ってってくれない?」

「それならちょうどいい、俺も街を探してたし一緒に行こう! じゃあ連れを待たせてるからさ、先に合流してくるよ!」

「えっ他にも居るって聞いてな……ちょっと! 待って待ってそれ全然大丈夫じゃないって!? おーいー!?」


 エイヴリルの制止も空しく、推進器の爆音を響かせながら朝輝は上空の人となっていた。


「ヤバいのが来たら迎撃しないとかなー」


 彼女はよっこいしょと銃火器を担ぎ直すと、彼が飛び去った空を睨むのだった。


 ◆


 周囲を警戒しながら待つことしばし、エイヴリルはヨタヨタと戻ってくる機影を見つけ出していた。


「ええ~。いやなによソレ」


 到着しての第一声がこれである。

 朝輝とA2まではいい、だが機体の背にいる妙なボールを抱えた子供は一体何なのか。

 普通はそんなところに人間を乗せない、というかA2ほど人を乗せるのに不向きな機械もない。


 てっきり他にもA2乗りレイダーを連れてくるものとばかり思っていたが、どうやらこれが彼の言う同行者らしい。

 彼女が反応に困っていると子供の方が感心したように呟く。


「おー。生きてたんです?」

「どういうことよ」

「なぁにそこのバカが無策で飛び出していったからな。間に合わないかと思っただけだ」


 明らかに子供のものではない声が返ってきて、エイヴリルがきょろきょろと見回した。

 気付いた朝輝が子供のもつボールをポンポンと叩く。


「あ、ここ。これも旅の道連れでベリ太っていうんだ」

「ベリ太じゃねぇ。ベリタスだ」

「ええ? ベリ……っていうか会話可能なロボットって、もしかして」

「はいです。機械知性マシンオースですです」


 恐る恐るといったエイヴリルの問いかけに子供ルーノアが頷く。

 マジのマジ? はいです。


「ええー……思ってたよりヤッバぁい」

「ヤバですー」


 いつの間にかルーノアはエイヴリルの隣にいた。

 お前はどっちの味方なのか。


「うーん。その反応からするにベリ太……というか機械知性か? って今どういう扱いされてるんだ?」

「ほぼ都市管理用途として、厳重に護られてきた極々少数しか残ってないですよー」

「そんなの都市の支配者しか触れられない……というかまずその辺歩いてちゃダメなやつ」

「へー、思ったよりスゴかったんだなベリ太」

「うむ、わかったらもっと丁重に扱え」


 はいはいと生返事でベリタスを抱え上げる朝輝を見る、周囲の目がどんどんと胡散臭いものになってゆく。

 そこでふとエイヴリルが何かに気付いた。


「ふーん……結構ワケありってことね? ところでマキシマ! あんた、どこか行き先はあんの?」

「決まってない。とにかく生きてる人を見つけるのが最優先だったから。強いて言うなら一番近い街とか?」

「行き先も決めずに街から出るってさー、普通は追放される時くらいなんだけどさー……あんたやっぱ犯罪者じゃ?」

「まさか! 悪いことなんて何もしてない。うちの家訓でもお天道様に顔向けできないようなことはするなって」


 驚くべき白々しさだが、もうその程度でいちいちツッコむ気も起きない程度にはエイヴリルも慣れてきた。


「はぁー……よしわかった! いいよ、命の借りがあるからね。深くは聞かないでおく。でもトラブルの元だから本気でヤバい時は先に言ってよ? できそうなら逃げる手伝いくらいはしたげる」

「なんだか扱いひどいなぁ」

「しゃーなし。怪しいのは確かだからよ」

「一番怪しい機械知性がそれいう?」


 エイヴリルがA2を操作し、拡張した視界に情報を表示する。


「街ね。じゃあ、あたしの住んでるとこはどう? 歩航路チャートによるとまだそんなに離れてないし」

「歩航路?」

「コイツありえないほど何も知らないんだけど? どうやったらそんな状態で生きてけんのよ」

「しゃーねぇ。古代人だからな」

「だからあんたがソレを……もういいわ」


 ぶつくさといいつつ、彼女は何度目かの諦めの溜め息を吐いた。

 そろそろ在庫が切れるのではという勢いである。


「約束通り案内はあたしがする。飛ぶのはお願い」

「よし任せてくれ」


 推力を上げ、朝輝とクロウゴーストが浮き上がる。

 機体の上にはルーノアとベリタスが乗ったまま。

 さらにはエイヴリルとそのA2が掴まっているものだからもう見るからにいっぱいいっぱいな様子である。


「頼むから落ちないでくれよ!」

「がんばるですー」

「よし出発、方向はあっち」


 速度なんてあげようもなく一行はのろのろとした動きで進みだした。


 眼下は緑にあふれた世界。

 宇宙生物に侵略され未来の人類は戦い続けている――はずが、あまりの長閑さに実は平和なのではと錯覚しそうになる。


 だがしかし、背中に装着されたクロウゴーストの存在が朝輝に告げるのだ。

 こんなに危険な兵器を背負って平和も何もあったものじゃないと。


「見えてきた! あそこの遮蔽塔クローキングロッド!」


 そうして考え事に沈んでいた彼を、エイヴリルの叫びが引き戻した。


「あの宙に浮いてる塔? みたいなのがエイヴリルの街なのか」


 それは木々の上に浮く、塔のような形の建造物だった。

 タワーマンションほどの大きさの塔が浮いている光景は圧巻といえばそうだが、何となく街としては物足りなく思える。


「違うって! そこからわかんない感じか」

「さすがは古代人ですね!」

「感心されても嬉しくないぞ」


 どうやら勘違いらしい。

 知らなければならないことがたくさんあるなと朝輝は一人ぼやいていた。


「あれの機能で街本体が見えないように隠してんの。そうしないとオルトリングに見つかって異蝕体あいつらがボロボロ降って来るでしょ」

「へぇー。なんかすっごいんだな!」

「わかってないでしょ? いっか、そろそろから。その様子だと街を見たらブッ飛んじゃうんじゃない?」


 目を輝かせて説明を聞いている朝輝に、エイヴリルが苦笑を返す。


 その瞬間、確かにを越えた感覚があった。

 実際に壁があったわけではない。

 境界線の内側に入ったと感じた途端、朝輝の見る景色が一変したのである。


「ほら、あそこをんのがあたしの住む街。浮動都市アンビュレイトシティNo.816……通称『ハイラテラ』よ」


 ――ズシン、ズシン。

 天まで伸びる巨大な柱のようなを踏み出すたび、重々しい響きが周囲に広がる。


 それはエイヴリルの言う通り都市なのだろう、上部にはビル街と思しき構造物が林立している。

 そこから巨大な機械とも生物ともつかない身体があり、下側からはビルよりもはるかに太く巨大な足が伸びていた。

 まるでヤドカリのごとく、都市を天に戴いた巨大な脚の群れ。


 一歩踏み出せば轟音が鼓膜を震わせる。

 そうか、音だ。

 景色もさながら、遮蔽塔の外側には音すら伝わっていなかった。


「ま……街って歩くものだっけ。え? 未来人って化け物ヤドカリの上に住んでるの?」

「それこそ冗談でしょ。歩かない街なんて異蝕体オルトに食ってくれって言ってるようなもんじゃん」


 宇宙生物が跋扈する未来の世界では都市の概念すら根幹から変わってしまうものらしい。

 異常な状況が続いてどこかふわふわとしていた朝輝に、それは衝撃と共に未来世界の洗礼を浴びせていた。


 A2の背中でベリタスがくるりと振り返る。


「ちなみにだがよ。本機がいた廃棄都市ウェイストシティ、あれも生きてる頃は歩いてたぞ」

「どうりで降りるの大変だと思った! つうかそれ気付けって無理だろ。俺の知る限り街ってのは歩かないもんだよ!」

「古代人のいうことなんぞ知らんわ」


 ぎゃあぎゃあとした一幕がありつつ、一行は浮動都市ハイラテラの足元へと到着したのだった。


 ◆


 いったいどうやって街に入るのかとドキドキしていた朝輝だったが、最下部に乗り降り用のエレベーター施設があると聞いて胸をなでおろした。

 余談だが、A2で飛んだまま直接都市に入ると最悪侵略行為と判断されて都市に撃ち墜とされる、と説明されて震えあがったりもした。


 外に比べ驚くほど静かなエレベーターで上がると、そこには都市の入り口ゲートがあった。

 シャッターの下りたゲートをくぐろうとして、エイヴリルがぽんと手を打ち付ける。

 

「そっか、読めて来たよ! マキシマ、どうせ身分証とかもないんでしょ。そっちは?」

「高校の学生証ならある……そういや無くなったんだった。ゴメン何も持ってなかったわ」

「ルーは大丈夫です。そもそもルーもここに住んでたです」

「んだぁ? じゃあ知らん間に家出は終わりか。なんか悪かったな」

「面白い出会いがあったのでルーは大満足ですよ!」

「さよけ」

「そういやコレも結構な問題ね……」


 身分証も何もない自称(?)古代人に、あってはならない野良機械知性マシンオース

 どう考えても無事に街へと入れる気がしない。


「いまさらだけどどうしようか。ベリ太は荷物でゴリ押すとして」

「おいコラ」

「身分証のない人間を都市に入れるのって面倒なのよね。手続きなっがいし」

「ふむ。じゃあ本機に任せろ」

「何する気よ。言っとくけど都市法に逆らうのだけは絶対にやめな。そんなことするなら恩人といえどぶっ殺さないといけなくなる」


 エイヴリルの目が真剣マジである。

 致し方ない。

 都市法に反した者には当然罰則が与えられ、最悪の場合は都市から追放されることになる。

 都市の外に安全などなく、つまり追放とはそう遠くない死を意味するのだ。


「安心しろ、違法なことは何もしない。ただ、ここの都市管理機構体から許可をもらうだけだ」

「まったく安心できなそうなこと言ってる!?」


 止める間もあらばこそ、ベリタスがさっさと通信をつなぎ。

 ぽん、という間の抜けた音と共にゲートが開いた。


「おっ、これもう通っていいんだよな」

「開いた……うっそ……マジそんなことあっていいの……?」


 目を剥いたエイヴリルを置き去りに、朝輝はベリタスを抱き上げるとさっさとゲートをくぐる。


「マキシマの身分を本機が保証しただけだ。許可は付与したんで、今後は本機がいなくとも出入りできるぜ」

「なんか悪いな、ベリ太。この借りは……」

「止めろ言うなこれ以上面倒を増やすな」


 その後ろをほてほてついてゆきながら、ルーノアは興味深そうに頷いていた。


「うーん都市のセキュリティにこんな抜け穴があったですね、知らなかったです。でもまー当然ですか。どこの世界に都市管理級の機械知性を持ち歩くバカがいるかです」


 なにせ都市管理機構体とは文字通りに都市を管理する頭脳そのもの。

 厳重に保護されているとかそれ以前に、取り外して持ち運ぶという発想自体がありえない代物なのである。


「どーやらマキシマは喋るボールくらいにしか見てないですし……これは面白くなってきたですね!」


 自由を夢見て飛び出した先には、思っていたよりも面白くそして危険な存在がいた。

 なかなか退屈とは無縁の生活を送れそうである。


 ◆


「マキシマは街初めてだっけ? 何回聞いても意味わかんないけど。とりあえずここが都市の湾口エントランスねー」


 ゲートの先には人々の喧騒があった。

 物を売り買いする人や、荷物を運ぶ一人乗りの小さな車が行き交っている。


「すげー。賑わってるんだな」

「そりゃ街の出入りは基本ここだもの」


 さっさと歩き出すエイヴリルの背中を見失わないよう慌てて追いかける。


「マキシマ、どうせあんた仕事とか何も決まってないんでしょ」

「仕事! そうか、そうだよな。暮らすなら、そういうのしないとよな」


 未来の世界で目覚めてから今までまったく忘れていた。

 どんなに驚異的な出来事があろうとも、人が生きてゆくには稼がなくてはならない。

 普遍の法則ははるか未来においても健在であった。世知辛い。


「仕事……コンビニバイトくらいしかしたことないんだけど。あ、就職活動もしたことないや」

「何言ってんだ。古代の儀式かなんかか?」

「当てはないってことでいいね? じゃ、ものは相談なんだけど! あんたA2レイダーなんだから『傭兵』やってみない?」


 笑顔のエイヴリルからの提案に、朝輝が目を見開く。


「傭……兵!? 戦場とか行くのか。俺、ただの高校生なんだぞ。そんな危ないことできないって」

「一人で異蝕体一〇匹も蹴散らしといてよく言うわ」

「あ。傭兵って異蝕体と戦う感じ?」

「基本はそうですー。いちおー都市の予備戦力って面はあるですね」


 予備戦力という言葉には怯みを覚えるも、しかし朝輝は考えた。

 ただの高校生を自認する彼に、未来世界を一人で生き抜くだけのスキルなどないのではないか。

 しかし偶然とはいえ彼はA2を所有し、戦闘能力を持つことができた。


 そこには己自身にもわからない謎があり、恐怖は残っている。

 だが使えるものは使うべきだ――そして彼はとある事実に気付いて頷いた。


「わかった。俺、傭兵やってみるよ」

「よし決まり! 仕事するならまず傭兵管理組合ブルーヘブンスで登録よ! さぁ出発!」


 意気揚々と歩き出したエイヴリルの背を眺めながら、彼は考える。


「もしかして……もしかして俺、これから一人暮らしが始まるってことなんじゃ……!」


 一人暮らし! 彼は高校を卒業したら実家を出て一人暮らしを始めようと考えていた。

 とてつもなく乱暴な形ではあるが、その願いがこれから叶いそうなのである。


「何だか俺、頑張れそうな気がしてきたよ!」

「? そりゃ結構なことだ。やはり人間は集まると元気になるのかね」


 ベリタスの疑問そうな視線も何のその、朝輝は胸中に湧き上がる期待を無視できそうにはないのだった。


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