第三話『人ほどにしぶといものもなく』


「おおー眩しいね~」


 眼下に広がる緑の絨毯。

 大きく翼を広げて巡航形態クルージングモードをとったアームドエイヴィスA2に吊り下げられ、朝輝とベリタスは滑るように飛んでいた。


 廃棄都市ウェイストシティを旅立ち飛び続け、その間目に入るのは自然の緑色ばかり。

 雄大ではあれど疑問も残る。


「俺、もっとこう荒野みたいな景色を想像してた」


 ベリタスの丸いボディがくるりと振り向いた。

 彼はA2の背面に増設された接続部にすっぽりと収まっている。


異蝕体オルトが現れて人類の活動が後退したからな。その分自然が繁茂しだしてもう数世紀になる」

「酷すぎない?」


 かつての文明の痕跡も掻き消えて久しい。

 どこまでも続く旅路を、一人と一体はたわいもない会話を続けながら進んでゆく。

 いずれどこかで人の営みに出くわすこともあるだろうと信じながら――。


「えーとマキシマ。その、なんだ。レーダーの反応を信じる限り……この先にがいる」


 ――なんて覚悟を決める暇もなく、その時は思ったよりものすごく早く訪れていた。


「ええぇ~!? こんな簡単に見つかるってことはもしや人類ピンピンしてる?」

「本機に聞くない。いちおう警戒して、まずは遠くから光学観測で確かめてみんぞ」


 これで人間に似たナニカでした、ときては笑い事にもならない。

 A2と連動したベリタスがカメラをズームする。


 緑に埋め尽くされた世界を分断するかのように、木々が無く草原が線のように伸びた場所。

 木の根もとにやたら堂々と立つ人影――見る限り確かに人間だ――が親指を上に向けたポーズをビシッとキメている。


「なんだありゃあ。上に何かいんのか?」

「あっ! 違う、違うって! あれはだ! つーかここ道でも何でもないのにヒッチハイクぅ!?」


 A2を通じて視覚を共有していた朝輝にはすぐピンときた。

 しかし意図は理解しても意味はわからない。


「……まぁいいか! とにかく、せっかく普通の人間を見つけたんだ。話聞こう」

「あれを普通と捉えるのは無理があんがな。と言って放っておく手もないか」


 速度と高度を落としゆっくりと近づいてゆく。

 人影の方もすぐに彼らに気付いたらしい、ぶんぶんと手を振って。


「おー。本当に来たです。こっちでーすよー!」


 ずいぶん可愛らしい声で言った。

 ハイトーンの声が良く通る、小~中学生くらいに見える小柄な人物である。


 朝輝は装着するA2・クロウゴーストに巡航形態を解除させると地上へと降り立った。


「ほんっとーに来たですね~」

「え?」

「ふっるーい映像記録にこのポーズをしていたら迎えが来るってあったです。やってみたら大成功です!」


 それは車が通りかかることが期待できる道路だからこそ意味があるのであって、こんな大森林のど真ん中でやることではない。

 そうぼやくも「でもお前が来たよね」と言われて黙らざるを得なくなる朝輝なのだった。


 A2の背中でくるくると回っていたベリタスがアイカメラをキュイと絞る。


「だとしてもよぉ。今回はたまたまこのバカが通りがかったから良かったものの、来なかったら野垂れ死にだ。その前に異蝕体に襲われるかもしれん。いずれにせよ正気まともとは思えんね」

「来たからいいのです。結果オーライというのは人生最良の選択肢だとおじいが言ってました」


 知らんがな、ベリタスは賢明にも音声出力はしなかった。


「それにルーのことを呼ぶなら『ルーノア』か、愛称のルーちゃんがいいです。あと嬢ちゃんじゃなくと呼ぶべきです」

「…………さいで。そりゃ失礼ぶっこいた許してくれ」

「ぶっこき許すです」


 ふふん! と何故か得意げに胸を張るルーノア。

 わりとどうでもよくなってきたベリタスが細めたアイカメラを朝輝へと向ける。


「で、どうすんだ。このバカ二号を連れてゆくつもりか」

「バカ一号はもしかして俺? そりゃどう考えてもこんなところに放り出しておけないだろ」

「言うと思ったぜ……」


 そろそろ朝輝の考えが読めてきたベリタスなのであった。


「まぁいい。ちょうど都市街道トレイルロードも見つけたしな。これを追えばいずれ都市に辿り着ける」

「街道って? どこも舗装されてないみたいだけど」

「古代人め。森に開けた直線はなんだよ」

「街が……あるい……た?」


 ベリタスとルーノアが顔を見合わせる。


「見た方が早い」

「です」


 息ぴったりに告げられ、微妙に納得のいかないままとりあえず頷く朝輝なのだった。


 ◆


「ふわぁぁ! はっやいですねぇ!!」

「あんま騒がないでくれ、慣れてないし落ちたらヤバい」

「戦闘でもねー限りそうそう落ちんだろ」


 巡航形態をとり翼を広げたクロウゴーストが荷物を満載して飛んでいる。

 下方には朝輝を吊り下げ、上にはベリタスとしがみついたルーノアがいた。

 バランスもへったくれもないがクロウゴーストは危なげなく飛び続けている、なかなかにタフだ。


「ルーはA2乗ったの初めてです! 一度乗って見たかったですよぉ!」

「奇遇だな、俺も昨日が初めてだよ!」

「というかルー、お前はなぜあんな場所にいた」

「よくぞ聞いてくれたです。ルーは一大決心を胸に、目標を実現するための一歩を踏み出したところなのです」

「まさかそれ家出ってことか?」

「そうともいうかもです」

「家出で都市から飛び出す奴がいてたまるかよ」


 そんなこんなわいわい騒がしく飛んでいると、朝輝はふと空にうっすらと走る一本の線を見つけ出していた。


「ああっ! あれ、もしかして軌道エレベーターだよな!? すげー完成してた……というか残ってるんだ!!」


 軌道エレベーターは朝輝の生きていた時代では建造真っ最中だった。

 そりゃあ七〇〇年も経てば完成していてもおかしくはないが、世界規模の災厄を経て残っているというのは驚きであり嬉しくもある。


 ようやく馴染みのある人工物を見つけて喜ぶ朝輝を、ベリタスの冷静な指摘が遮った。


「残念だったな、ありゃあお前の考えているものとは違う。そもそも人類文明の産物ですらない……異蝕体によって築かれた。『オルトリング』だ」

「うそ……だろ。いずれ月資源の開発が始まるって、あんなに盛り上がってたのに」

「異蝕体の襲撃後、月に逃れた者はいたんだぜ。地球より先に全滅したそうだがな」

「うーん。聞きたくなかった」


 そう考えればロクでもない様子であっても人類の生き残っている地上の方がマシなのかもしれない。


オルトリングを知らないですか! も初めて都市を出た感じの人です?」

「どころか西暦時代のご出身だとよ。つうかお前まで古代人とか言い出すなよ? 本機は古代人世話向けのモデルじゃあねんだぞ」

西! ふわぁ確かに古代人です! ルーは今年で十五歳のとっても現代人なので安心するですよ」

「現代を生きてそれかよ……」


 何一つとして安心できる要素などなかった。


「ベリタス、あれ!」


 そんなどこか間の抜けた旅路に異変が現れたのは、しばらく飛んでいた時のことだった。

 都市街道からやや外れた森の中、青空に灰色の線が伸びる。

 煙だ。しかも森の中に数を増やしつつあった。


「戦闘だな。異蝕体が同士討ちするわきゃあない、つまりは当然……」

「あそこで人間が、誰かが戦ってるってことか!」


 人間! ルーノアに続いて早くも二人目である。幸先がいいというべきかどうか。

 しかしその状況は歓迎されざるものだった。


「さてどうする。聞くまでもねーかもしれんが」

「行こう! 誰かが危ないんだろ。助けないと!」

「言ーうと思ったぜこのトラブル大好きバカ一号め」

「マキシマはバカなんです?」

「ルーまで辛らつだなぁ。もし助けに行かなくて、あそこで誰かが死んだら後悔するだろ」

「そうです? 死ぬのはそいつのミスだしどうでもよくないですか?」


 朝輝は思わず振り返り、ルーノアを凝視した。

 男子とは思えない可愛らしい顔立ちには、明らかに理解とかけ離れた表情が浮かんでいる。


「ここじゃおめーの方がおかしいのさ、古代人。はそこまでお気楽にできちゃあいない」

「そう……か。そうだな」


 ベリタスの慰めに落ち着きを取り戻す。

 ルーノアを薄情だと糾弾することは容易い。だがここでは朝輝こそが古代人――異物なのである。

 すっかりと姿を変えてしまった今の世界に適応し、生き抜いている者たちを責める権利などないだろう。


「だとしても俺は行きたい。やっぱ俺、そういう後悔って苦手でさ」

「そういうところが普通じゃねーっていうんだよ、おめーは」

「えぇー、今の話聞いてたです? せっかくA2に乗せてもらったのに残念ですね~」


 朝輝は強引にクロウゴーストを着陸させ、ぶーたれるルーノアを降ろす。

 それから彼の腕の中にすぽんとベリタスを放り込んだ。


「餞別です?」

「物扱いすんな」

「まさか。危険だから一緒に逃げててくれよ。終わったら迎えに来るから!」


 朝輝は返事も聞かずに舞い上がる。

 クロウゴーストの推進器が高らかに唸り、その姿が小さくなっていった。


 飛び去ってゆく彼の後姿を見送りながら、ルーノアは抱きかかえたベリタスに話しかける。


「マキシマは変な人ですね」

「おめーに言われるのも大概だと思うが」

「だって……」


 ベリタスをもち上げたルーノアは目線の高さに合わせて。


機械知性マシンオースなんて都市の管理頭脳くらいです。そんなちょーちょー貴重品を丸出しで持ち歩いて、しかも初対面の他人に預けるなんて頭おかしいです」

「おう。それには全面的に同意するね」

「ほんとのほんとに西暦時代の人なんです? もっとマシな嘘いっぱいあるですよ?」

「いちいちご尤もだが本人がそう言ってゆずらねーんだよ。まったく頭の痛ぇことだ」

「機械知性に頭痛を感じる機能があるですか」

「言うじゃねぇか」


 ベリタスは面白くなさそうにアイカメラを細める。


「で? それを確かめてお前はどうする気なんだ」

「そーですね。とりあえずついていくです! そのほうが面白そうなのです!」


 にっこりと微笑むルーノアに、ベリタスはやっぱり面倒ごとが増えたという確信を強めていたのだった。


 ◆


「みつけた!」


 朝輝が上空から近づいてゆくと、騒ぎの原因は簡単に見つかった。

 まばらな木々の間をぞろぞろと進む異蝕体の群れ。

 いまも攻撃の向かう先には、よろよろと逃げ惑う一機のA2の姿がある。


「逃げきれてない……足にくらってるのか!?」


 よく見ればA2は下部の推進器から黒煙を噴き上げていた。

 機動性の死んだA2などただの的でしかない。

 頼みの綱である防御PICフィールドも見る間に輝きを失ってゆき、もはや風前の灯といった体であった。


「いま助ける! あのていどの数、『封璽機関レガリアエンジン』の出力をあげるまでもない、さっさとぶっ飛ばして……。何を、するだって?」


 焦りと共に前のめりに。

 そうして彼は自分の口から出た言葉を信じられず愕然とした。


「あ、あれ? 俺ってこんなに好戦的だっけか」


 巻嶋朝輝はただの高校二年生ではなかったか。

 つい先日たった一体の異蝕体を相手に醜態をさらしたくらいには戦闘の素人だったというのに、一度戦ってもう気持ちが慣れたのだろうか。


「それに封璽機関って……なんだよ。そんなの知らない! 勝手に頭に浮かんで……これなんなんだよ!?」


 

 まるで自分の中に別の誰かがいるような、異様な気分。

 不意に胃の中に異物感を覚えた気がして思わず口を押さえる。


 だが状況は彼を待ってなどくれない。

 またひとつ大きな爆発が起こり、異蝕体の猛攻を受けて逃げていたA2がよろめきうずくまる。


 脳裏を鮮明に過る景色。

 ああそうだ。あの時、一機ひとりきりで戦っていたベリタスも、ちょうどこんな感じで倒されかけていて――。


「ッろっしゃい! 頑張れよ巻嶋朝輝。まずは行動、悩むのは後! 全てはあそこの誰かを助けてからだ!」


 両頬を平手で叩いて気合を入れると、疑問の全てに蓋をして飛び出す。


 交戦距離に入ったクロウゴーストが巡行形態を解除して戦闘形態バトルモードをとった。

 広げていた翼を折りたたみ巨大な装甲兼アームを形成する。

 推進器は下方を向き、鳥の足のような状態になった。


 高度を下げて地表付近を滑るように進む。

 木々の間に見える異蝕体へと次々にロックオンマーカーがついた。

 その数、一〇体。


「お、多いな! いきなり一〇倍ってハードル高すぎない!?」


 彼は一対一の戦いしか経験したことがない。

 だがもはや引き返せないところまで来てしまったのだ。


「はぁ、どうしてだろなぁのって! だけど今は感謝するしかない。使えるものは使わせてもらうさ……封璽機関、出力上昇!」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 鼓動が息苦しさを覚えるほどに早鐘を打ち、身体の奥から湧いてきた熱が全身に広がってゆく。

 手を見れば縦横に光の線が浮き上がっており、脈動するかのように明滅していた。


「はは……なるほどね」


 前回は己の身体を確かめる余裕もなかった。

 発光するなど、どう考えてもまっとうな人間ではない。


 だが彼はむしろ安堵を抱いていた。ああ、のだなと。

 そもそも七〇〇年もの時を経て生き返る存在が、ただの人間であるはずがないのだから。


「ちょっとすっきりした! あとはぶちかますだけだな!!」


 朝輝から流れ込むエネルギーを受け、クロウゴーストの推進器が咆哮をあげる。

 まるで獲物を前にした肉食獣、いや猛禽か。


 次の瞬間、朝輝とクロウゴーストは輝ける一本の槍と化した。

 分厚い壁と化した大気を馬鹿みたいな高出力のPICフィールドで強引に貫き進む。


 異蝕体の群れが異常の接近を捉える頃には、既に朝輝が最初の一体へと激突していた。

 くしゃり、と紙屑のようにあっさりと異蝕体が潰れる。

 まったく抵抗を感じずにそのまま次へ。くしゃり、また次へ。


 光が通り過ぎた後、進路上にあった異蝕体、実に六体が粉みじんになって吹っ飛んでいた。


「!?!?」


 生き残った異蝕体たちに動揺が走る。

 標的の優先順位が一瞬で入れ替わり、射撃器官が光の後を追った。


 しかし直後、それらは己の認識を疑う羽目になる。

 馬鹿げた速度で飛び去ったはずの光の槍が戻ってきているのだ。

 どうやって減速したのか、などと疑問を覚えている余裕はない。


 異蝕体の射撃器官が一斉に火を噴いた。

 吐き出された弾体の嵐はしかし、着弾する端から消し飛び塵と化す。

 まったくの無意味、もはや対処の方法はないと悟るも時すでに遅く。

 光の槍が残る異蝕体を貫いていった――。


 ◆


 地面に長く伸びる抉れたような跡。

 その先端で朝輝は大きく息を吐いた。


「はぁ、はぁ……良かった今回は気絶してない。ビルに突っ込まなかったからか?」


 周囲から異蝕体の反応が消えたところで身体中を走っていた光が消え、鼓動と熱も収まっていった。

 まったくのいつも通り。

 身体の不調は感じないし、クロウゴーストの状況表示ステータスも全て正常グリーンを返している。


 そうしてしばし放心していると、背後から近づく重々しい足音に気付いた。

 そうか襲われていた人が無事に生き残ったんだな、彼はそう思って笑顔で振り向き。


「あんた、よかった無事だった……んぐ」


 鼻先に突きつけられた銃火器によって続く言葉を阻まれる。


 視線が根元を辿る――翼の変じたA2の腕、多数の武装を携えた機体。

 それを背負って立っているのは、意外にも朝輝とさほど変わらない年頃であろう少女だった。


「ねぇあんた、何者ォ? スレイドんとこのだったらぶっ潰すけど」


 やたらと物騒な内容を問いかけられ、朝輝はゆっくりと両手をあげた。


「いいえ、通りすがりの高校生です」


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