第二話『反撃の翼よ、飛べ』


「わかっちゃいたが厳しいもんだよ」


 機械知性マシンオースベリタスがぼやく。

 彼の操る強化戦闘躯体バトルドレスは満身創痍だった。両腕は既になく、残るのは片足のみ。


 対する異蝕体オルトは憎たらしいことにほぼ無傷である。

 先ほどまで熱心に弾体をばら撒いていた射撃器官をほどき、異なる部位を形作りながら近寄ってきた。


「ありゃあ捕食器官かよ。野郎、本機を喰うつもりだな。そりゃちょうどいい。ところだったしな。自爆シーケンス、起動待機ホットスタンバイ


 バトルドレスが軋むモーターを回し、片足だけで無理やり身体を起こす。

 アイカメラが近づいてくる異蝕体を睨んだ。

 自爆に巻き込み少しでもダメージを与えるべく、慎重に間合いを測り。


 あと数歩で直撃する、というところで異蝕体がいきなり歩みを止めた。


「何故止まる、気付かれた!? いや何かを探して……推進器の噴射音を検知!」


 遅れてベリタスもそれを認識する。

 崩れたビル街の谷間に響くジェット推進音――。


「発生源を視認した、あれは……マキシマだとぉ!?」


 ◆


「どこだ、どっかにないのかよ……!」


 ベリタスのもとから走り去り、朝輝あさきが目指したのは都市の外ではなく地下だった。


「あーもうわけわかんねぇよ! 七〇〇年後ってなんだよ宇宙キノコってなんだよベリ太ってすごいよ!!」


 若干錯乱しつつ、地下の通路をやみくもに走り出す。


「こちとら成績並盛り健康だけが取り柄の普通の高校生だぞ! 撃ち合いとか戦いとかゲームでしか知らないって! だけど……何か武器を、探さないと」


 平和な日本で暮らしてきた高校生にとって、戦いとは画面の向こうで繰り広げられるもの。

 学校では銃の扱いなんて教えてくれないしゲームパッドもなしに戦ったことなどない。


 だからと言って黙って殺されたいなんて欠片も思わないし、一方で他の何かの命を奪うことも恐ろしい。

 しかしそれ以上に今、彼を駆り立てるものがあった。


「巻嶋家家訓第四条……受けた恩は必ず返す! 恩人ベリタスを見捨てて逃げるなんて家訓違反もいいところだ、なぁそうだろ親父!!」


 それは、早くに亡くなった父親との約束。

 あまり居心地のよくなかった実家において彼を支え続けてきた、決して破らざる誓い。


「俺は! 絶対に恩知らずにはならない!」


 ゆえにこそ、彼が彼自身であるためにやらねばならぬ――!


 胸中に湧き上がる熱に浮かされるまま走り続け。

 気付けば彼は『動力室』のプレートがついた部屋の前に居た。

 彼自身にもうまく説明ができないが、ここに求めているものがあるような気がする。


「はぁ、はぁ。そっか、ここで目が覚めて……そうだよ。未来なんだから銃のひとつくらいあってもいいよな!」


 まったく根拠にならないことを呟きながら部屋の中を物色する。

 部屋にあるのはほとんどが目的不明な機械類だったが、奥のほうで異様な存在を見つけ出した。


「なんだこれ。死体と……?」


 倒れ込んだ白骨死体、それだけならば不気味で恐ろしくはあれどまだわかる。

 問題はその背中にある戦闘機を半分にぶった切ったような奇怪な装備の存在だった。


 見たところ装備は朽ちておらず、なぜだか朝輝には


「この際武器なら何でもいいや。すみません緊急事態につきお借りしまっす!」


 白骨死体に手を合わせてから背中の装備を外そうとして。

 差し出した朝輝の腕をいきなり、ほっそりしすぎで真っ白な手――というか骨が掴んだ。


「うぉぁぁッ!? し、死体が動いたぁッ!」

「……封印……阻止……戦闘……」


 生き返った時より異蝕体に襲われた時より、今が一番驚いたかもしれない。

 思わず飛びのきかけた彼の腕が思いのほか強い力で引っ張られ、逆に白骨死体が起き上がってくる。


「……零号……封ずるべし……」

「痛ッたぁ!?」


 朝輝の腕が軋みを上げた。

 骨しかない身体のどこにこれほどの力があるのか。


「寝てるとこ邪魔したのは謝る! だけど俺、どうしても武器が必要で……!」

「……戦闘……起動……」


 返答の代わりにジェットエンジンの猛烈な吸気音が耳朶を打った。

 確かに生きている。朽ち果てた白骨死体に背負われながら、機械の翼はまだ動く!


「……撃滅せよ……我ら夜明けの七騎セブンスドーンにかけて……!!」


 白骨死体の眼窩に炎が灯り、朝輝の喉を掴み上げてくる。

 抵抗もままならず意識が遠のいてゆく――情けない、ベリタスを助ける前に死体の仲間入りを果たすのか。


「ぐっ……かはっ、いい、さ。どうせ一度は、死んでるみたいだし。そんなに戦いたいなら、俺のついでに異蝕体も、倒しちまえよ!」


 彼の叫びを聞いた白骨死体が力を緩めた。

 眼窩の奥の炎が不可解気に揺らめく。


「ベリ太が、戦ってくれてるんだ。あんなに、俺のことなんてどうでもいいって、言ってたのに!」


 喉をわしづかみにしている白骨死体の腕を、逆に掴み返し。


「いい奴だよなぁ、見捨ててなんていけるものか! このまま恩知らずでいるくらいなら、死んだ方がマシなんだよ!!」


 白骨死体の瞳の炎をひたと睨み据える。

 目を逸らせば負ける、そんな予感がして朝輝は必死に食らいついた。


「……封印、継続すべし……戦う者よ……ならば覚悟せよ……零号を目覚めさせること……罷りならぬ!」


 みじり、と形容しがたい音と共に白骨化した掌が喉に食い込んできた。

 肌が易々と貫かれ冷たい指が体内に入り込んでくる。


「……試練……貴様は封印足りえるか……」


 眼窩に炎を灯した髑髏が間近に迫り――そこで朝輝の意識は暗転した。


 ――――轟!!


 劈くような爆音に鼓膜をぶっ叩かれて意識を取り戻す。


「俺は何を……いや! 骸骨野郎はどうしたんだ!?」


 唐突に訪れた目覚めに慌てて周りを見回すも、白骨死体の姿は影すら見えず。

 白昼夢? 彼がそう思ったのも無理からぬこと。


 だがそれも残された物に気付くまでのことだった。

 機械部品をこねくり回して無理やり鳥の形にまとめたような物体。

 白骨死体が背負っていた装備だけがそこに在る。


 どうしていいかわからず朝輝が戸惑っていると、それは勝手に動き出した。


起動アクティベーティング――着装形態アーマメントシフト


 推力だけで浮き上がった機械の鳥は一気に彼の背後まで回り込むと機首をと開く。


 慌てている間に機首であったものが腰回りに巻き付いた。

 薄い光の波紋が全身に広がり、背後で機械の鳥が姿を変えてゆく。

 広げた翼は分割し装甲に、脚は自在に動く推進器に。


「うわ、うわ。何か見える! 拡張現実ARってやつ……!?」


 唐突に彼の視界に浮かびあがる各種の状況表示ステータス


対異蝕体戦用個人装着型強化武装アームドエイヴィス・クロウゴースト――実行待機スタンバイレディ


「あーもう、なんっにもわかんねー! これがゲームなら低評価つけてやるのに! だけど武器が手に入ったんだ。後は俺次第ってことなんだよな、骸骨さんよ! 動かし方とか知らないけど! とにかく行っけー!」


 ヤケクソな朝輝の叫びに呼応するように推進器が唸りを上げて炎を吐き出した。

 身体が浮き上がり、止める間もなく部屋から飛び出し突き進み始める。


「ひょうわー!? これ絶対狭い通路に向いてねーって!」


 幸いにもある程度はこの『アームドエイヴィスA2』なる装備の側で受け持ってくれるようであり、朝輝は通路の染みとならずに飛びぬけることができた。

 食いしばっていた口元に無理やり笑みを浮かべて叫ぶ。


「待っててくれよベリ太! 今助けに行くからな!」


 ◆


 鋼鉄の翼が影を落とす。

 推進器から甲高い轟音を響かせ、朝輝は戦場へと戻ってきた。

 ベリタスがその雄姿をアイカメラに捉え――。


「マキシマ、このバカが! 何故戻ってきやがった!?」


 開口一番これである。


「バカはこっちの台詞だ! ベリ太、やられてんじゃねーか! 何一人で格好つけてるんだよ!」

「お前がいたところで共倒れがせいぜいだろうが!」

「だからっておめおめ逃げられるかよっ!」


 抗議の声をまるっと無視し、朝輝はベリタスを庇うような位置に降り立った。

 アイカメラをキュイキュイと回し、ベリタスは不審げに叫び返す。


「お前、別に戦闘職ってわけじゃあないんだろ。普通は逃げて当然だろうが」

「そう……かもしれない。でも俺にはそういうの、できなくてさ」

「当たり前のことができねーで無謀なことだけできる。とてもまともとは思えねぇな。いったい古代で何やってたんだ?」

「なにって、ごく普通の高校生なんだけどなぁ」

「どうやら古代とは『ごく普通』の意味が違ってるらしい」

「いやそんなことないから。さーて。じゃあま、大見得切ったからにはらないと。何か銃を……」


 白骨死体から受け継いだこの翼、当然何か武器があるだろうと朝輝は思い込んでいた。

 そんな淡い期待は視界に浮かぶ表示によって裏切られる。


『武装スロット:エンプティエンプティエンプティ――』


「銃は……ない。えっ嘘、ない!? なんにも? 本当に!?」


 状況表示が告げる無情な現実に、顔色のほうが青くグリーンになってゆく。


「おいどうした。何を棒立ちに……まさかお前」


 背中に庇ったベリタスの問いかけに、彼は恐る恐る振り返る。


「多分そのまさかかな。えーとこいつ、翼だけで武器とかついてなかったみたい……な?」

「救えないぞこの大バカ野郎がッ!!」

「ごめん! てっきりすごい武器がついてると思ってた!」


 ――キュインッ。


 不毛な言い争いは、突然眼前で弾けた光によって遮られた。

 異蝕体が伸ばす射撃器官からの遠慮ない銃撃あいさつが光の壁によって遮られたのである。

 身体の中に満ちていた興奮が一気に引いてゆくのがわかった。


「う、うわヤバい! どうにかしないと!?」

「落ち着け! アームドエイヴィスA2には『防御PICフィールド』がある。そう簡単にはやられん」

「だからってこれジリ貧だろ!?」

「どこまでも世話の焼ける。これだから素人ガキは嫌いなんだよ!」


 言うなりガラクタと化したバトルドレスを脱ぎ捨てベリタスがぽいんと飛び出す。

 そのまま朝輝の背中にあるA2へと着地、細っこい手足を伸ばして掴まった。


「強制接続、都市管理機構体より管理権限取得命令! クソッ、本当になんにも積んでないぞこの機体! ……んん?」


 A2の情報を検索していたベリタスが訝し気に唸る。


「何も……動力源エネルギーセルすら積んでないだと!? じゃあどこからエネルギーを得てるんだ!? まともじゃなさすぎる……?」


 そうしてベリタスは機体の最奥に格納された情報までたどり着いた。


「『封技・破』……実行待機中? これしか機能がない、だと」


 あるべきものが何もなく、にも拘らず動いているまるでA2。

 ベリタスの呆然とした呟きを朝輝の耳が捉えていた。


「何か見つけてくれたんだな。サンキュベリ太!」

「いや待て、これが攻撃かどうかすら定かじゃない……!」

「でも他にやれることもない。それなら迷うだけ時間の無駄だろ。やるだけやってみる!」


 呆れるほどの脳筋理論と共に朝輝は躊躇いなく機能の実行を命じた。

 どんな攻撃が始まるのかと身構えた彼の耳にが届く。


『……封印を妨げしもの、排すべし……封璽機関レガリアエンジン、第一制限解除。出力上昇……』


 瞬間、朝輝の心臓がドクン、と跳ねた。

 熱い。胸の中が燃え上がり体中に延焼しているかのように熱くなってゆく。

 見れば彼の生まれた光が紋章のような図形を描きつつ、全身を駆け巡っていた。


「マキシマ!? どういうことだ、何故お前のほうが光って……A2内のエネルギー流量が急激に上昇してる? これもお前のしわざなのか!?」


 ベリタスの叫びに答える余裕はない。

 朝輝の身体を覆う光が勢いを強めるにしたがって、A2に流れ込むエネルギーもまた暴力的なまでに高まってゆき――。

 流れ込む激流のようなエネルギーの全てを推力へと変換し、A2の推進器が咆哮をあげる。


 ――『封技・破』。


 瞬間、ベリタスはA2の推進器がぶっ飛んだのだと思った。


「なぁんっだっ!?」


 のっかっていただけのベリタスをあっさりと振り落とし、朝輝は一筋の光と化す。

 速すぎる。回避など許さずまっすぐ異蝕体へと激突し、諸共に背後にあったビルへと突っ込んでゆく。

 どう見ても自殺行為としか思えない突撃ぶちかましだ。


 一拍遅れてぽいん、とベリタスが地上に落ちた。

 アイカメラを細める――センサーが捉えていた異蝕体の反応は綺麗さっぱりとなくなっている。


「……こりゃあ。いったいどうなってるんだよ」


 問いに答える者はなく、ただ静けさだけがその場にあった。


 ◆


「本当にこれ、俺がやったのか?」


 ビルには大穴が空いていた。

 ブルドーザーが突っ込んだか砲弾でも撃ち込まれた跡にしか見えない。


「本当も何も本機がお前を引っこ抜いて医務室まで運んでやったんだよ。感謝しろ」

「あッス。本当、色々感謝してる。ベリ太には恩が積もってばっかりだな」

「……お前に恩を売るのは色々と面倒な気がしてきたぞ」


 彼らが異蝕体と戦ってより丸一日の時が流れていた。


 あれから色々あったらしい。

 らしいというのは結局、朝輝は肝心な時に意識を失い、つい先ほどまで眠りっぱなしだったからだ。

 やはり医務室で振舞われたを目覚ましにしてきたばかりである。


「異蝕体は粉々、核の一欠けも残っちゃいねぇ。その勢いで突っ込んでおきながらお前とA2がまるで無傷ってのが納得いかん。お前、物理って知ってるか?」

「授業じゃ点数はそれなりに取れてたよ。とりあえず危険な宇宙生物は死んだってことだよな! ならよかったじゃないか」

「お前は生きやすそうで羨ましい」


 ベリタスに溜め息をつく機能はない、実に残念だった。


「まー偶然とはいえA2こいつが手に入ったのはラッキーだったよ。武器はないけどこうしてちゃんと戦えるってことだろ」

「本機にとっちゃ何にも良くねぇ。仮にも都市を管理する本機の知らないがあって、しかもマキシマは光りだして挙句にぶちかましで異蝕体を倒すときた。それで勝てるなら今頃人類が完全勝利しとるわ」

「いや俺に言われても……」


 くどくどと文句を並べ続けるベリタスから視線をそらす。


 そこには分離したA2が主翼をたたみ、推進器を兼ねる両脚ランディングギアでちょこんと佇んでいた。

 駐機形態スタンバイモードと呼ばれる状態で、そのもの機械の鳥といった雰囲気である。

 なんとなく和んだ。


「それでベリ太。目を覚ましたばかりでなんだけど。俺、出発しようと思ってるんだ。やっぱり他にも人間が生き残ってるのかとか、気になるからさ」

「ほう! そりゃあいい、またぞろ居座るつもりかと思ったぞ。まぁ見送りくらいはしてやろ……う」


 朝輝がベリタスのボディをむんずと掴み持ち上げる。


「何しやがる、離せ」

「ところでベリ太。お前が言ったことだよな、この街から持ち出してもいいって」

「ああ確かに。ここは廃棄都市ロストシティ、惜しむものなんざない。餞別ってわけじゃあないが何でも好きなだけ持ってけ」

「何でもいいっていうのなら……持ち出すのはでも、いいってことだよな」

「……は? な、良くあるか! なんだその屁理屈は! このうえまだ本機にガキのお守りをしろってのか!」

「やっぱ助けてもらった恩を返しきれないまま離れるって嫌だしさー」

「わがままか!? お前は恩という言葉について一度深く考えやがれ!」


 ほそっこい手足をバタつかせて抵抗するベリタスを目線の高さに合わせる。

 まん丸なアイカメラをじっと見つめて。


「なぁベリ太、人類って本当に生き残ってると思うか?」

「……さぁな、本機には推測しかできん。何せお前が百年ぶりに会った人間だよ、古代人」

「そうなんだよ。探しても誰にも会えないかもしれない。単に遠い場所で暮らしてるならまだ良くて、もしかしたら本当に……滅びてるかもしれない」

「…………」


 落ち着いて考えれば理解できることだ。

 空から降ってくる宇宙生物と数百年間戦い続けているという人類が、どれだけ数を減らしたのかを。


「本機がついてったところで人間と会えるようになるわけじゃあねーぞ」

「もちろん。だけど話し相手がいるだけで全然違う」

「本機は異蝕体と戦うこともできねぇ。武器が残ってねーからな」

「そりゃ俺が頑張る。あっ、でもまた気絶するかもな……その時だけ助けてくれってのは?」

「……はぁ。ったく手のかかる奴だ」


 やはり甘えすぎているのかもしれない、ベリタスを掴む手が緩む。


「だがまぁ古代人。お前をこのまま野放しにするというのも都市管理としちゃあ責任感に欠けるってもんだな」


 朝輝がガバっと顔を上げて。


「付き合ってやるよ。どうせこの街は放っておいて問題ねぇしな」

「はは! ありがとうな! 改めて宜しくベリ太!」

「おいやめろ投げるな本機はボールじゃねぇ!」


 ベリタスをぽんぽんと投げ上げながら小躍りして喜んだのだった。


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