装翼のドラグーン ~高校生からはじめる! 移動都市でSF傭兵生活~

天酒之瓢

第一話『星に呪いを』


 街の光から離れた途端、空には星の瞬きが増える。

 アルバイトを上がった帰り、とっぷりと日の暮れた道を巻嶋まきしま朝輝あさきはとぼとぼと歩いていた。


「明日も朝早いからなぁ。さっさと帰らないとまた授業中居眠りしちまう」


 見上げた満天の星空の中にひときわ強く、まるで進むべき道を示しているかのような光が輝いている。


「おっ流れ星だ、ちょっとくらい願っとくか! バイト代上がりますようにおかずが増えますように通信制限かかりませんようにそれからそれから……!」


 祈って満足していると、不思議なことに周囲がどんどん明るさを増していった。

 明るく? おかしい、単なる流れ星にしてはあまりにも眩しくはないだろうか。

 訝しんで顔を上げてみれば、まさに真っ赤に燃え盛る物体が彼をめがけて飛んでくるところで。


 大気圏で燃え尽きることのなかった流れ星、それすなわちという。


「ハァ!? ウッッッソだろぉ!?」


 叫びをあげた間抜けヅラめがけ、無慈悲に隕石が突き刺さる。

 痛みを覚える暇すらなく、巻嶋朝輝の身体は地面と一緒に粉々に吹っ飛んだ――。


 ◆


「そんなバカなぁぁぁッ!? ……って」


 なり朝輝は叫んだ。

 ぺたぺたと顔をなでる。

 頭も腕もしっかりとある、ということは夢だったのだろう。


「なんだよ、酷い夢見もあったもんだ」


 これはひとつ夢診断でもしようかと無意識にスマホを探したところでふと気づく。


「つうか……ここはどこ?」


 そこは物置のような実家の自室ではない、何一つ見覚えのない場所だった。

 壁を縦横に走る配管、用途も不明な機器類に周囲を取り囲むように設置された謎の電極。

 多分何かの工場だと当たりをつける。


 極めつけはど真ん前で消火器のノズルを彼へと向けている、バスケットボールから針金のような手が生えたよくわからない機械の存在。

 どうやら夢だと決めつけるには早いらしい。


「あーっと……燃えて、ません?」


 思わず言ってしまってから、朝輝はあまりの間抜けぶりにむすっと口を閉じた。


 無人機械ドローンはしばらくバスケットボールの真ん中にあるカメラと思しき部分をキュイキュイと開閉しながら彼を観察して。

 そうして見つめ合うことしばし、ようやく向けっぱなしだった消火器のホースを逸らした。


「なんだお前は。動力炉ジェネレーターに異常があるってんで慌ててきてみりゃあ肝心のポンコツは綺麗さっぱりなくなっちまって、代わりにわけのわからん子供ガキがいる。ったく、これが百年ぶりの仕事かよ」

「うっええ? なにこのお掃除ロボット!? めっちゃ喋る!」


 驚く朝輝に、キュイ、と細めたアイカメラが向けられる。


「誰が掃除ロボットだ、失礼な。『機械知性マシンオース』も知らねぇとは、よほど貧しい墓荒らしディガーらしいな」

「あっいやごめん。俺が知らないだけでなんか有名なやつだったんだな」

「フン。さぁな」


 ドローンが腕と同じく針金のような四脚をカシャカシャと動かして踵を返した。


「えっちょ待って! 教えてくれよ、ここは一体どこなんだ?」

廃棄都市ウェイストシティだよ。欲しいモノがあれば何でも好きに持ってけ。どうせここにゃ捨てられたモノしかねーからな」


 さっさと転がり去ろうとするドローンに、朝輝が慌てて縋りつく。


「いや俺は墓荒らしなんかじゃねーし! というか今目を覚ましたばかりで何一つわからんから!!」

「知らんわ。迷子の案内なんざ本機の担当業務じゃない、他所を当たれ」


 取り付く島もないとはこのことか。

 だが彼だってみすみす有力そうな情報源を逃すわけにはいかない。


「頼むよ、少しでいいから話を聞いて……」


 ――ぐぎゅるぅぅぅぅぅ。

 その時である、彼は突如として数日間何も食べていなかったかのような空腹に襲われ、倒れ伏した。


「なにこれヤッバ……頼む……なにか食べ物くだ……さい。腹減って死んじゃいそう……」

「ったく面倒くせぇ! これだからガキは嫌いなんだよ!」


 ドローンが針金みたいな手足を振り回すも簡単には振りほどけそうにない。

 最後の力を振り絞る、朝輝だって文字通り必死だ。

 もたもたと見苦しい攻防の末、先に諦めたのは機械だった。


「ああわかった、わかったよ! こんなところで野垂れ死なれんのも面倒だ、そういうことにしてやる!」

「食い物くれるのか……ありがとう……」

「そろそろ離せ。お前、食うもの食ったらとっとと出て行けよ。ついてこい」


 がっしり抱きしめていた朝輝の魔の手から逃れたドローンが、ぽいんと弾むように床に降り立った。

 ころころと転がるドローンの後を朝輝がゾンビみたいな足取りでついてゆく。

 しばらく歩いた先には『医務室』のプレート。


 そこで朝輝はじっと、設えられた蛇口からぶにぶにと吐き出されるナニかを見つめていた。


「……なに? このどう見ても腐った水道飲むの? 実は毒殺しようとしてる?」

「阿呆め。こいつは病人用の流動食ペーストだ。人間に必要な栄養素を全てみたす優秀な代物だぞ」


 なるほど、薄緑がかってドロドロとして蛇口からひり出されるコレは食料らしい。


「そうだったのか。びっくりするほど気持ちわ……いや個性的な見た目だったからさ。ちなみに衛生的には大丈夫な感じ?」

「材料は超長期保存に耐える。いい加減黙って食え。さもなくば好きなだけ餓えてろ」

「…………」


 死ぬほど嫌な二択だったが腹の訴えはとうに限界を超えている。

 覚悟を決めた朝輝は機械的な動きで近くにあった容器へぶちゅぶちゅとペーストを盛りつけた。

 しばらく容器を見つめた後、一息に口へと運び。


「まっづ」


 すぐさま顔をしかめて振り返った。


「ひたすら薬臭くて味のない歯磨き粉を舌に塗り付けてる気分」

「贅沢な奴だ。要は死ななけりゃいいんだろ」


 ものには限度というものがある。

 何せ空腹という調味料が仕事をしないくらいに味がない。


「ぐぬぅおおお……」


 だが中途半端に胃に物を入れてしまったためか空腹感はよりひどくなっていた。

 しばらく懊悩していた朝輝だったが、皿を抱えて立ち上がると目をかっぴらいて叫ぶ。


「巻嶋家家訓その二! 人からもらったご飯は残さない! 実行!!」


 涙をこぼしながらペーストを口に流し込んだ。

 もちろん嬉し涙などではない。


「どうせ他に食うやつもいないんだ、好きなだけ食べていけ。じゃあな」

「待てよ……せっかくだ。少し話し相手になっていけよ……」


 さっさと転がり去ろうとしていたドローンをむんずと掴む。


「逃がさないぜ……何かで気を逸らさないと、まずさで頭がおかしくなりそうだからな」


 掴んだ容器を傾けながら血走った瞳を向けられ、さしものドローンも怯む。


「マッズ……ぐふっ。そうだなまず自己紹介からいくか。俺は巻嶋まきしま朝輝あさき……かはっ。そっちは何て呼べばいい?」

Maximumマキシマとは大仰な奴だな。本機は機械知性マシンオース……個体名でいうならば『ベリタス』だ」

「ベリタスかぁ、うっぷ。……ところでさ」

「おい」


 しっかり会話しているように思えて瞳の焦点がぼやけてきているのに気づいて、ベリタスはそっとアイカメラを逸らした。


「そんで話はバイト帰りに隕石に当たっちゃって、おっ死んだらしいところから始まるんだけど」

「この食事に幻覚成分は入ってないんだが?」

「残念ながら大マジなんだよなぁ、俺も夢だと思いたいんだけど。そんでこれまたわけのわからないことに目が覚めたら動力室だか? にいたってわけ」

「何一つ意味が解らんな」

「奇遇だな、俺もそうなんだ。ちなみにここってどこ? ていうか今日っていつ?」

「場所はというなら廃棄都市No.二一七で、日付というなら六九二年六月二十三日だ。これで満足か?」

「惜しいな、何もわからん。そもそも抗歴ってなに? 西暦じゃあないのか」

「西暦だとぉ? これまた暦を。換算してやると西だな」

「は? せいれき……にせんななひゃくはちじゅうろくねん? え? なにそれ七〇〇年後ってこと? いや笑えないんだけど」


 驚きのあまりぽかんと開いたままの口からペーストがこぼれてゆく。

 そんな小汚い朝輝の様子を見つめ、ベリタスがキュイキュイとアイカメラを細めてから距離を取った。


「つまり何だ。お前は自分がその、西暦時代の住人だと言ってんのか?」

「そう、だよ。少なくとも俺が覚えてる最後の日付は西暦二〇X九年九月一九日だ」

「西暦二〇X九年だって!? おいおいじゃないか!」


 朝輝の顔に疑問符が浮かびまくるのを見てベリタスは察した、こいつ本当に何も知らないと。


「本機としちゃあお前がおかしい方が助かるんだがな」

「それには俺もちょっと同感かな」


 などと話しているうちに食器は空となっていた。

 勝利。解放感からガッツポーズを決めた朝輝の肩をほそっこい手足が叩く。


「ようし。飯は出してやったし話も聞いてやった。満足したな? じゃあとっとと出てけ」

「ええ~薄情だな。っていうか出たくてもどう行けば外かがわからんとです」

「そもそもお前はどうやって入ってきたって話だが……まぁいい。来い、案内くらいはしてやる」

「わかったよ。巻嶋家家訓その三、約束は守るだ。大人しくいく。その前にあとひとつだけいいか」

「まだあんのかよ」


 ベリタスの前で朝輝はすっと姿勢を正すと、深々と頭を下げた。


「食べ物くれて、話を聞いてくれてありがとう。ベリ太が居なかったら俺死んでたよ」

「……ッ。本当は墓守の仕事じゃあねんだがな。……今回だけ、特別だぞ」

「ちなみにうちの家訓でさ、受けた恩は返してゆく派なんだけど」

「いらん。さっさと行け!」

「ですよねー」


 ◆


「ベリ太のやつ、本当に放り出すんだからなー」


 朝輝はぶつぶつと愚痴りながらエレベータの壁にもたれかかる。

 外に通ずるエレベータは随分と長く、ようやく扉が開いたところで眼前に崩れた街並みが現れた。


「はぁ雰囲気あるぅ。本当の本気で捨てられた街って感じ」


 半ばで折れたビル、亀裂が縦横に走った地面。

 どれ一つとっても


「ってか七〇〇年も未来なんだからさぞすごいビルが並んでるんだろうと思ったけど、意外に親しみある」


 廃棄都市としては十分に雰囲気のある景色だが、そこに未来的な色は見いだせない。

 よくあるビル街だったのだろうなという感想が浮かぶくらいである。


「はー! とにかくこれが記念すべき第一歩ってね!」


 まったく空元気である。

 せめて声を上げてやる気を高めないとやってられない。


 そうして決意を込めて空を見上げたところで――彼は走る一筋の光を見つけてしまった。


「いや嘘だろ……また!?」


 顔をしかめたのも仕方がない。

 何せ流れ星には嫌な思い出がたっっっぷりとある。


「ってな! まっさか人生で二度も隕石に当たるなんてあるわけ……」


 なんて軽口は激しい衝撃波によって吹き飛ばされた。

 爆発にも似た腹に響く音、舗装が砕け煙がまき散らされ、衝撃を受けた彼は地面を転がる。


「なかったらよかったー!! 痛ってぇ! 二度も隕石くらうとか俺の人生どうなってるんだ!? 当たるならもっと宝くじとかに……」


 びたっと口を閉じる。


 ――


 もうもうと立ち込める土煙の奥から何かがひび割れ砕ける音や、ワイヤーが張り詰めたような甲高い音が聞こえてくる。

 息をのんで耳を澄ましていると、風が土煙を洗い流し音の正体を露わとした。


「なんだよコレ……キノコ?」


 もこもこと膨らんだ上部、そこから伸びる柄のような胴体。

 全体から垂れ下がる菌糸とも蔦ともつかない糸状器官。

 それは大きさと素材を除けば、まるでキノコの子実体のようだった。


「いやそんなわけないよな、地面食ってるし。……食ってるんだ?」


 糸状器官が盛んに周囲のアスファルトやコンクリートの破片を巻き込み、そのたびにキノコオバケは大きさを増してゆく。


「いったい未来に何があったんだよ。マジ説明してくれ……」


 やがてコンクリートに満足したのか飽きたのか、キノコオバケが食事を止めた。

 糸状器官をギリギリと編み上げるようにまとめて細長いと化すと、地面を叩きながら歩き出したのである。

 まさか歩くと思っていなかった朝輝がぎょっとしてのけぞった。


「嘘ぉ! 次は俺を食おうとか思ってないよな? ほらコンクリなら周りにいっぱいあるぞ。俺だと歯ごたえが足りないんじゃないか。やめとけよ、な?」


 眼があるようには見えなかったが、キノコオバケは明らかに彼の存在を捉えていた。

 ギチギチと脚を動かしにじり寄ってくる怪物に彼は慌てて後退る。


 しかし走り出そうとした瞬間に足がもつれ無様に倒れ込んでしまった。

 逆さまになった視界に映り込む、バスケットボールのような影。


「つくづく厄介ごとに縁があるな、マキシマ」

「ベリ太!?」


 倒れた朝輝を見下ろし、ベリタスはアイカメラをキュイと細める。


「こいついきなり空から隕石がキノコオバケになって! なんなんだよ一体!」

「落ち着け。『異蝕体オルト』を知らんとはお前、どうやら本当に古代人なんだな」

「ずっとそう言ってんだろ!」

「んなもんはいそうですかと頷くわけがねぇだろ。ともかくだ」


 話している間にもキノコオバケはゆらゆらと近づいてくる。


「こいつは『異蝕体オルト』。簡単に言やあだ」

「うえぇ、未来の世界ってキノコに襲われてるの?」

「キノコじゃねぇし炭素系生物ですらねぇがな。こいつが何でも食い荒らすお陰で人類は滅びかけちまったんだよ」

「うっそん……」


 彼らが話している間にも異蝕体はミヂミヂと音を立てて形を変えていた。

 糸状器官が絡み合いながら突き出し――棘か槍か、はたまた砲身を形成したのである。


「ど、どうしたらいいベリ太」

「こいつらの対処なんざひとつしかねぇ。来い、強化戦闘躯体バトルドレス!!」


 ベリタスが針金のようにほっそい腕を振り上げ、わざわざ指をパチンと鳴らす。

 直後、空気を切り裂くジェット推進の騒々しい叫びと共に影が降り、続いて本体がズシンと重々しい足音をたてて着地した。


 ――巨人。

 思わずそんな感想が浮かんだそれは、鋼でできた大柄な人型だった。

 全高三メートル、筋肉質な造形の躯体に分厚い装甲、そして戦闘用だと声高に主張する火器を両腕に携えていた。


 仕上げにぽいんと跳ねたベリタスが巨人の頭の位置にすっぽりと収まる。


「異蝕体の侵入を確認……敵性存在を排除する。さぁて久しぶりのだ。おい古代人、お前は逃げろ」

「ま、待ってくれ。俺にも何か手伝わせてくれよ!」


 朝輝がぶんぶんと首を振るのを見て、ベリタスがアイカメラを眇めた。


「言っとくがありゃあ生身でどうこできる相手じゃねぇ。それとも対戦車ミサイルでも持ち合わせてんのか?」

「そりゃない、けど」

「だったら足手まといなんだよ。さっさと走りやがれ」


 同時、破裂音とともに足元の地面が弾けた。

 ベリタスではない、異蝕体が撃ってきたのだ。


「……わかった!」


 撃たれた! そう理解した瞬間、朝輝は弾かれたように駆けだした。

 それでも去り際に振り返って。


「ベリ太! 死なないでくれよ!」

「さっさと行け。ったく余計な心配だってぇの」


 リアカメラで走り去る人影を確かめながら、ベリタスは確かに安堵を覚えていた。


「……やぁれやれ、ガキが逃げて安心するたぁな」


 自嘲気味に呟く。だが仕方がないではないか。


「機械相手に頭を下げてだと? ……まったくそんなことで喜ぶなんざ、本機も所詮は機械知性ってことだよ!」


 ――かつて機械知性は人類を助けるべく生み出された。

 その役目も失われて久しいが、それでも本能のごとく記憶領域の片隅に残っていたらしい。

 もしもベリタスに口が実装されていれば、笑みのひとつも浮べていたかもしれない。


「さて待たせた、異蝕体。こっからは本機と遊んでもらうぜ」


 バトルドレスの両腕の火器が、戦いの始まりを告げる。


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