第58話 ダンジョン、侵略的外来種に侵略される
――ハリボッテ王国郊外にあるダンジョンは魔素溜まりから自然発生したダンジョンである。
故にこのダンジョンには迷宮核と呼ばれる文字通りダンジョンの核が存在する。
長い年月をかけ、迷宮核は周囲や訪れる冒険者たちから魔力を吸い上げ、少しずつ、少しずつ規模を広げていった。
『ククク……力が満ちてゆく……』
魔力を溜めこんだ迷宮核は自我を持ち『名』を持つようになる。
この迷宮の名は『テュポン』という。
魔力が一定を越えた瞬間、迷宮核の中にその名前が浮かんだのだ。
テュポンのように名前を持つダンジョンは他にも存在する。
世界七大ダンジョンと呼ばれるダンジョンたちだ。ハリボッテ王国の隣国、ハザン帝国に存在するダンジョン『ファーブニル』もその一つだ。
自我と名を手に入れたダンジョンは野心を持つ。
それはより深く、より強大なダンジョンになること。
テュポンはもっともっと強大で広大なダンジョンになりたかった。七大ダンジョンにも匹敵する程の――いや、それ以上のダンジョンに。
だから貪欲に、だが慎重に、長い年月をかけ、魔力を溜め続けた。
『――ッ! なんだこの魔力は……?』
ある時、テュポンの中に莫大な魔力が流れ込んだ。
それは少し離れた森からもたらされた。
緑王樹と呼ばれる植物たちの王。その生み出す魔力の余波がテュポンにも届けられたのである。
『ククク……、クハハハ、ファーッハッハッハ! 力だ! 凄まじい程の力を感じるぞ!』
テュポンはダンジョンとして急激に成長したことで、それまで生み出せなかった様々なモンスターも生み出せるようになった。
アマネたちが戦った階層主の変異種キングゴブリンもその一匹だ。
まだ冒険者たちには気付かれていないが、実はテュポンによって五階層のキングゴブリンだけでなく、全ての階層主が変異種へと変貌を遂げていたのである。
十階層変異種エルダー・スケルトン、十五階層変異種キング・ミノタウロス、二十階層変異種グランド・バジリスク。
生み出されたモンスターは全て王級以上の力を有していた。
モンスターには魔法と同じようにその強さに応じて階級が存在する。下から下級、中級、上級、将級、王級、災害級、神災級となっている。
そして王級クラスのモンスターは、発見されれば例外なく全ての個体が歴史に残るほどの強さを誇るのだ。
『キングゴブリンはやられたか……。だが問題ない。また作ればいい』
なにせ今の自分には莫大な魔力があるのだから。
だが足りない。もっともっと魔力が欲しい。
『更に大量のモンスターを生み出し、いずれ地上に溢れ出させる……』
極まれにダンジョンのモンスターが地上に溢れ出すスタンピードと呼ばれる現象が存在する。
自我を持つダンジョンテュポンはそれを意図的に引き起こそうとしていた。その目的は、地上の混乱に乗じて、更なる力を得ること。すなわち緑王樹を手に入れることだった。
『アレを手に入れれば、ワタシは更に強大なダンジョンに成長できる。ククク、クハーッハッハ』
テュポンの高笑いがダンジョンの最奥に響き渡った。
「みゃぅー」
『……ん?』
するとなにやら奇妙な鳴き声が聞こえた。
猫のような鳴き声だ。
だがそんなはずはない。ここはダンジョンの最深部。
迷宮核しか存在しない階層だ。
声が聞こえるはずなど――。
「みゃぁ」
やっぱり聞こえた。
鳴き声のする方を見れば、一匹の白猫がいた。
『……なんだこの猫は? どこから迷い込んだ?』
「みゃぅ、みゃみゃぁー」
『ワガハイはミィである。お邪魔します――だと? 何を言っている?』
テュポンはとりあえずこの猫を殺すことにした。
『出でよ、キングゴブリン』
「――ゴォオアアアアアアアアアアアアアッ!」
ダンジョンの壁からキングゴブリンが出現する。
アマネたちが相手にしたのと同じ個体だ。
巨大なキングゴブリンからすれば、目の前の猫など虫けら同然。踏みつぶそうと足を上げた。
「みゃぅ」
ミィが声を上げた。
その瞬間――ブチャッと。
何かが爆ぜる音がした。
「……?」
キングゴブリンの頭が無くなっていた。
体がようやく頭が無いことに気付いたのか、ゆっくりと地面に倒れる。
「みゃぅ」
足元に居た
『……何をした?』
「みゃぅ~?」
そんな事も分からないのかと馬鹿にされている様な気がした。
『ッ……! ふ、ふざけるな! 死ね虫けらが! モンスター共! コイツを殺せ!』
テュポンの叫びに応じるように、あちこちに転移の魔法陣が浮かび上がる。
そこから現れたのはそれぞれの階層を守る階層主だ。変異し何倍にも強化された無数の階層主がミィを取り囲む。
「……みゃぅ~? みゃんっ」
だがミィはのんびりとした調子で一鳴きする。
するとミィの周囲の空間が歪み、無数の剣や槍が全方位に射出された。
凄まじい威力を伴って射出されたそれは、アマネの武器畑から収穫された伝説級の武器の数々だ。
ズドドドドドドドドドドドンッ!
一瞬で、全ての階層主は粉微塵になって消滅した。
カラン、コロンと、魔石が転がる音だけがフロアに響く。
『……馬鹿な』
テュポンは目の前の光景が信じられなかった。
いったいこの子猫はなんなのだ?
「みゃ♪ みゃ♪ みゃぁ~ん♪」
カリッ、カリッ、カリッとミィはリズミカルにダンジョンの床に爪を立てる。
床に真っ黒な穴が開いた。
ぬるりと、そこから這い出てきたのは一体のカブトムシ――のようなナニカだ。
『い、今のはまさか……ダンジョンを別の空間に繋げたとでもいうのか?』
あり得ない。
テュポンは絶句した。
今、この子猫はダンジョンの床とどこか別の空間を繋げたのだ。
テュポンは知る由もないが、これもキャスパリーグの九つの能力の一つなのだ。
『ココガ、ダンジョン……。確カニトテモ広イ……』
現れたカブトムシの化け物は、吟味するように周囲を見回している。
こちらは子猫とは違い、はっきりとその魔力が認識できた。
――控えめに言って化物である。
テュポンが全魔力を注ぎ込んでモンスターを生み出したとしても、この化け物には及ばないだろう。そうはっきりと理解できるほどの圧倒的な魔力量。
『ああ、そうか。ワタシはここで終わるのか……』
テュポンは己の最後を悟った。コイツらはおそらく自分の魔力を喰らおうと、ここへやって来たのだろう。テュポンが緑王樹を求め、スタンピードを企んでいたように。
弱肉強食。それが自然の摂理だ。弱い者は、強い者の糧となる。自分も所詮は食われる側の存在だったのだ。
『……ウン、ココナラ僕達ノ巣ニ丁度イイ。蜂ヤ蜘蛛達モキット喜ブ』
「みゃみゃ~う♪」
『アリガトウ、ミィ、相談ニ乗ッテクレテ。蜂ト蜘蛛ノ子増エスギタ。ココナラトテモ広クテ住ミ易ソウ』
「みゃぅ~。みゃぁみゃぁ♪」
『ウン。樹ノ魔力、モット循環サセルヨウニスル。ソレニ、ミィノ穴カラ何時デモ森ニ戻レル』
先程から彼らはなにを話しているのだろう?
なんか自分を喰おうとする気配が微塵も感じられないのは何故なのか?
『あの……えーっと?』
思わずテュポンが話しかけると、二匹はこちらを向いた。テュポンは思わず震える。
『コノ丸イ球体ガココノ大家サン?』
「みゃぅ」
『ソッカ。僕達ト同ジ樹ノ魔力ヲ感ジル』
カブトムシの化け物がテュポンに近づく。
今度こそ、テュポンは死を覚悟した。
『ヒッ……こ、殺さないで! お願いします!』
でもやっぱり死ぬのは怖かった。
テュポンはもはやなりふり構わず命乞いをした。
『コレカラ、オ世話ニナリマス』
『なんでも! なんでもしますから命だけは―――って、はい?』
ぺこりと、頭を下げられテュポンは途方に暮れる。
彼らはなにを言っているのだろうか?
『えっと、ワタシ、殺されないの?』
「みゃみゃぅ?」
テュポンの問いに、ミィは「え、なんで?」と逆に首を傾げられた。
ミィは子供が増えすぎた蜂と蜘蛛から相談を受け、新しい住処を探していただけだ。このダンジョンにも緑王樹の魔力が流れていたので、新しい住処として丁度いいと思い、五階層のボス部屋に転移のマーキングをして、こうして挨拶にやってきただけなのである。
一方的に住むのは良くないから、ちゃんと同意を得たかったのだ。
『よ、よかった~~~……』
テュポンは思わず安堵の息を漏らす。……球体なので息は出ていないが。ともかく殺されないのであれば何でもよかった。
『ジャア一旦、帰リマス。同意モエラレタシ、次ハ皆ト一緒ニ来マス』
「みゃぅ~」
なんかそう言って、二匹はダンジョンから去って行った。
『……え? ちょっと待って。みんなってなに? ねえ、ちょっと。もう少し詳しく話を――』
こうしてハリボッテ王国郊外にあるダンジョン『テュポン』は人知れず、化け物たちの新たな拠点として利用されるのであった。
その後、テュポンの願いはある意味叶えられ、とんでもないダンジョンへと変貌を遂げるのだが、それはまだ先の話。
あとがき
本日、本作書籍版発売です
加筆や書き下ろしマシマシです
イラストもめっちゃ可愛いので何卒よろしくお願いします
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