第59話 竜王様、フラグを立てる


 ポアルとの初めてのダンジョン探索を終えてから数日が経った。

 アズサちゃんは遠征中、アナさんも地方へ出張中。

 そんな訳で、今日も私はポアルとミィちゃんと一緒にダンジョン三昧である。

 あれ以来、私達はすっかりダンジョンで遊ぶことにハマってしまった。ポアルの修業も兼ることができるから一石二鳥。いや、ドロップアイテムや魔石も手に入って一石四鳥である。


「りりー、みてみて。今日はこんなにいっぱい魔石とれた!」


「す、凄いですねー、ポアルさん。……これ、十階層より下で採れるアイテムですよね。流石、変異種の階層主を倒しただけの事はあります。いや、それにしても凄すぎますけど……」


 リリーさんはカウンターに雑に広げられた魔石やドロップアイテムに目を丸くする。

 私達の現在の到達階層は十三階層。

 通常冒険者は五階層を攻略するのに二、三ヶ月かかるらしいので、これは驚異的なペースだ。

 ダンジョンは下の階層に行けば行くほど、広く複雑になってゆくので、実際にはもっとペースは遅くなる。


「えーっと換金が終わりました。全部で大銀貨5枚になります」


「わーい♪」


 今更だけど、この世界の貨幣についてだが小銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨という順で価値が上がっていく。小銅貨がアズサちゃん世界の価値で約1円。銅貨が10円、大銅貨なら100円、銀貨1000円って感じ。


 今回のダンジョン収入は大銀貨5枚。つまり五万円だ。日給五万円って考えれば、アズサちゃんの世界だとかなり割のいい収入ではないだろうか。

 まあ、これはあくまで私とポアルだからこその収入だ。なにせ経費が一切発生していない。


 普通の冒険者なら、まず仲間や装備品、食料を揃えてダンジョンに挑む。

 五~十階層攻略の推奨人数は五人。更に武器はモンスターとの戦闘で消耗するから修繕費も掛かる。狩りに私達と同じ収入を得たとしても、そこから必要経費を差っ引けば、一人あたりの手取りは精々銀貨5、6枚といったところか。


 日給6千円程度ならまだいい方だ。低ランクの冒険者ならもっと低いし、下手をすれば赤字。最悪死ぬ。ダンジョン探索ってリスクとリターンが釣り合ってないよね。

 それでも冒険者がダンジョンに挑むのは夢やロマンがあるからだろう。宝くじみたいな確率だけど、宝箱から大金を手に入れる可能性もゼロじゃないしね。


「そう考えると、私達って相当運がいいんじゃないかな?」


 なんかここ最近はアイテムのドロップ率がやたらと良いんだよね。

 ミミックじゃない宝箱も沢山見つけている。……見つけられたというよりかは、なんか私達の目の前に唐突に現れる感じが多いんだけど。

 まるでダンジョンからのプレゼントや貢ぎ物みたいに。

 特にミィちゃんが歩いた先に置いてあることが多い。


「うーん、ひょっとしたらミィちゃんは幸運の招き猫なのかもね。うりうり~」

「みぃ~♪ ふみぁ~ん♪」


 私に撫でられてミィちゃんは気持ちよさそうに喉を鳴らす。


「あまね、見て見て、こんなにいっぱい銀貨貰ったよ♪」


 ポアルが嬉しそうに今回の収入を見せてくる。


「おお、凄いねー」


「うんっ、これ全部、あまねにあげるね。ねえ、これであまね、私のこともっと好きになる?」


 屈託のない笑みを浮かべるポアルに私は何とも言えない気持ちになる。


「おい、あの子、やっぱりポアルちゃんに貢がせてるんじゃ……」


「ポアルちゃん、まだ幼いからなにさせられてるか分かってないんだな……」


「居るわよねぇ、ああいうクズ。子供に稼がせて、そのお金で賭け事するような……」


「やっぱりギルドに報告した方がいいんじゃないか……?」


 ヒソヒソと、そんな声が聞こえてくる。うん、そうだよね。私、表向きは魔力無しだから、事情を知らないとマジでそう見えるよね。泣きたい。

 ぽんと、私の肩に手が添えられる。振り返ると、リリーさんがとても冷たい目で私を見ていた。


「……アマネさん、分かっていると思いますけど?」


「わ、分かってますよ。今回の収入もちゃんと全部、ポアルの口座に入金しておいて下さい」


 ギルドには冒険者の資産を預かるアズサちゃんの世界の銀行みたいな業務も行っている。

 最初のダンジョン探索の時に、ポアルの口座を作って貰い、それ以来ダンジョン探索で得た収入は全てポアルの口座に入金している。今ではそこそこの金額が溜まっているはずだ。


「はい、承りました。これはポアルちゃんが本当にお金が必要になった時に使って下さいね」

「勿論ですってばっ」


 くすっとリリーさんんは笑うと、カウンターの奥へと引っ込んでいった。……ギルドマスターからある程度事情は聞いてるはずだから、たぶんからかっているだけだと信じたい。


「はぁ……、ポアル今日はもう晩ごはんここで食べて行こうか。なんか疲れちゃった」


「わかった」


 ポアルも賛成したので、私達は注文を取って適当に席に着く。

 このギルドに併設された食堂もすっかり行きつけになっちゃったな。


 本日のメニューはハリボッテ牛のシチューだ。器になみなみと盛られたシチューに、パンとサラダが付いてたったの大銅貨5枚。サービスランチが大銅貨2枚だし、本当に価格設定が良心的だよね。美味しいし、これは冒険者たちが常連になるのも分かる。

 ご飯を食べていると冒険者たちの話が聞こえてくる。


「おい、聞いたか? またあの仮面のコンビが出たらしいぜ?」


「マジかよ。仮面のコンビっていうとあれだろ? 強いモンスターを倒しては、その手柄を別の冒険者に譲っちまうって言う変わり者の……」


「ああ。ダンジョンにしかでねぇらしいから、ちょっと行ってみねぇか? ひょっとしたら手柄を分けてくれるかもしれねぇぜ?」


「はっはっは。馬鹿言うんじゃねぇよ。他人の手柄なんて貰って何が楽しいんだよ。俺達は冒険者だぜ? つえぇモンスターは自分の腕で倒してこそだろうが」


「がっはっは、ちげぇねや」


 なにやらそんなお話が聞こえてきた。


「ふーん、仮面のコンビねぇ……」


 変わった人達もいるもんだねぇ。


「なんかカッコよさそう!」


 ポアルはその話に目を輝かせている。

 いったいどこが琴線に響いたのだろうか?

 まあ、ダンジョンは広いし、一つじゃない。どうせ会う事もないだろう。

 この時の私は、そんな感じに軽く考えていた。




 一方その頃、不死王は不朽の森にある洞窟に居た。


『――そろそろ本気を出さねば……』


 そう自分に言い聞かせて早三日。

 不死王は未だにバカンス気分から抜け出せずにいた。

 いや、やる気はある。やる気はあるのだ。しかしいざやるぞとなると、途端に「なんか今日はもういいかな」的な気持ちが湧きあがってくるのだ。


『魔力は日々増加している。にも拘らずそれに反するように気力がそれがれてゆく……』


 アマネの眷属となった不死王にはアマネからの魔力が日々流れ込んでいた。

 これはポアルやミィには見られない現象だ。理由はアマネが不死王の事を眷属として認識しておらず――というか、そもそも眷属にした事に気付いていない事が原因だ。


『あぁ……我が主の為に、この世界をよりよい世界にしなければいけないのに、なぜ我はこの布団とから抜け出せぬのだぁぁ……』


 自分の不肖を嘆きながらも、布団の中でごろごろ。

 ここ最近、アマネが布団にドハマりしていたせいか、不死王にも魔力を通じてその居心地の良さが伝わったらしい。

 カタカタと不死王の武器である不転の大鎌――現在は竜王の大鎌が揺れる。

 まるで「喋る暇があるならとっとと体を動せや」と急かしているようだ。


『済まぬ、鎌よ……。明日から、明日から本気出すから……』


 既に今日ではなく、明日と言っている辺り、不死王は本格的に駄目になりつつあった。

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